「ごろうく〜ん、宿題見せてあげる」
「あ?何だよ、しょうこから宿題見せてくれるなんてさ。それにごろうく〜んってのも、なんか気持ち悪いんだけど」
「あら、失礼ねぇ。あたしの方から親切に見せてあげるっていうのにぃ」と甘ったるい声を出しながら、しょうこはごろうの前の空いていた席に座って後ろを振り返る。
自分はカモフラージュ女だと勝手に思い込んでしまっているしょうこは、ごろうのために一生懸命尽くしているつもりなのだろう。
…俺はそんなことして欲しいなんて、言ってないのに。
「なぁ、しょうこ」
「あっ、ここね。ちょっと引っ掛け問題だと思うの。だから―――」
ごろうの話なんか聞いちゃあいないしょうこは、ご丁寧に宿題の解説までし始めた。
それを見ていた周りの女子は、『やっぱり、彼女だったの?!』とか、『うっそー、どうして??あんなフツーの子なのよぉ』と今にも言い出しそうな言葉をグッと飲み込む。
そんなしょうこを呆れ顔で見つめるごろうだったが、これでも前よりは距離が縮まっているのだからと、いい方に受け止めるしかなかった。
◇
「ねぇ、しょうこ。彼ってどうなの?あっちの方は」
「あっちって、どっち?!」
あっという間に学校中に二人が付き合っているという噂は広がり、まるで芸能人のカップル誕生かと思うほどの注目を集めたしょうこのところへ、連日興味津々の女子が芸能レポーターのようにやって来る。
てっきり、イジメにでも遭うと覚悟を決めていたのに時代は変わったのか…。
それともシンデレラストーリーに憧れた彼女達は、しょうこの次を狙おうとしているのかもしれない。
―――ところで、あっちって、どっちのことよ?!
しょうこには、みんなの言っていることがさっぱりわからない。
「やだぁ、あっちって言ったら、えっちに決まってるじゃない」
「はぁ????」
何ということだろう…。
若き乙女達は、そんなことを想像していたとは…。
実際付き合っていない二人の間に、えっちもあっちもあったもんじゃない。
そういうことは本命とよろしくやっているかもしれないんだから、あいつの方に聞いて欲しい。
「どうなの?彼って、すごそうよね」
「あのねぇ、あたし達は、そんなんじゃないんだから」
「え…まだなの?てっきり、済んでるものとばかり思ってた。だって、しょうこってスタイルはいいもん」
「『スタイルは』は、余計よ」
それって、体目当てみたいじゃないの。
まぁ、顔はフツーだけど、胸はそれなりにあると自分でも思ってる。
どうせなら、胸なんてなくてもいいから顔を可愛く生んで欲しかったわ。
「きっと、我慢してるのよ。しょうこのガードが固いから」
「そんなこと…」
「ダメよ、彼のことも考えてあげないと。それで、別れるカップルもいるんだからね。どう考えたって、しょうこの方が不利なんだし」
―――あたしって、そこまで言われてるの?
フツーの子がいい男と付き合う苦労って、計り知れないんだわ…。
「言いたい放題言ってくれるじゃない。あたしは別にあんなのにフラれたって、構わないのよ?」
「またまた、そんな強がり言ってぇ。掴んだチャンスは、モノにしなきゃダメよ!絶対離したらダメなんだからっ」
鼻息荒い友達は唾を飛ばしながら尚も熱弁を振るっていたが、しょうこはそれ以上耳には入っていなかった。
こんなことなら早いところ、本命にバトンタッチしなければ…。
予想していなかった展開に、疲れ果ててしまうしょうこだった。
◇
「しょうこ、帰ろうぜ」
「えっ、うっうん」
カモフラージュ女になってからというもの、毎日一緒に登下校している二人だったが、友達に言われたことを思い出してカーッと顔が熱くなるのをなんとか抑えるしょうこ。
―――ごろうも本命の彼女には、その…。
したりするのよね?
あたしには、到底あり得ないことだけど…。
「どうしたんだよ。顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」
「やぁっ、そっそんなんじゃ」
急に顔を覗きこまれたと思ったら、おでこをこつんとくっ付けられた。
―――そういうことは、本命の彼女とやってよ。
見られたりしたら、どうするのよ。
慌てて周りをキョロキョロしたが、運良く誰も見ていなかったようだ。
ホッ…。
「熱はないみたいだな」
「だから、違うって言ってるじゃない」
顔も合わせずにスタスタと歩いて行ってしまう、しょうこの後を追い掛けるごろう。
傍から見れば、彼女にゾッコンな彼氏というふうに思えるかもしれない。
実際、そうなんだけど…。
「しょうこ。最近、可愛くなったな」
「はぁ?あんたこそ、熱があるんじゃないの?」
―――突然、何を言い出すのかと思えば…。
さっき、おでこをくっ付けた時は熱はなかったと思うけど、何か別のモノにやられてるのかも。
「照れてるところがまた、可愛い」
「あのねぇ、あたしをからかうのはやめてよ。怒るわよ」
「だって、ほんとのことだから。しょうこ、可愛くなった。それって、俺と付き合うようになってからだよな。ということは―――」
「だーっ!誰が、あんたと付き合ってるの。あたしは、カモフラージュだっつうのに」
あまりにマジに言うごろうにしょうこはさっきよりも顔を赤らめたが、それを隠すように早足で歩き出す。
みんなにも『しょうこ、可愛くなったね』って言われるのは、お世辞だとばかり思ってた。
カモフラージュとはいえ、ごろうの隣にいて恥ずかしくないようにって少しは努力してたから、そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいけど…。
だけど、本命の彼女と上手くいってるとか言ってたくせに、人を喜ばせるようなこと言わないでよ。
「何、恥ずかしがってんだよ」
「ねぇ。本命の彼女とは上手くいってるんでしょ?だったら、あたしの役目は終わりにしてもらってもいいわよね」
「え?何で…」
ずっとこのままでいたいごろうには、今、しょうこに役目を降りられるとひっじょーに困る。
都合のいい話かもしれないが…。
「何でって、こんなところを見られたりしたら、いくらカモフラージュのあたしでも彼女がいい気持ちしないでしょ?」
「そんなこと…ないと思う」
「あんたがそう思っても、彼女はそうは思ってないわよ。だから、今日限りでお仕舞い」
「ちょっ、ちょっと待てって。そんなの困るよ」
「何が困るのよ」と言い捨てると、しょうこは走ってホームに滑り込んで来た電車に乗ってしまう。
好きって言葉が、どうして言えないんだろうか…。
近くて遠いこの言葉を何度も繰り返して、ごろうは大事に胸の奥に仕舞い込んだ。
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