とうとう夏も終わり、今年も痩せるどころか、これからの季節、食欲の秋でまたまた太っちゃう。
やっぱり、甘いものの食べ過ぎかなぁ。
だけど、ヤメラレナイ、トマラナイなんだから、しょうがないわよねぇ。
でも、何で出るとこが出ないで、出なくてもいいところが出てくるのかしら?
ふと周りを見渡すと自分と同じ制服を身に纏った女子高生の、自分のそれとは違う細い足が目に飛び込んでくる。
はぁ―――。
竹本 歩(たけもと あゆみ)は、少し太り気味の自分の身体を見下ろすと大きく溜め息を吐いたが、気を取り直してダイエットに関する本でも探そうと家に帰る途中の最寄り駅にある本屋に寄ることにする。
ダイエット、ダイエット…と。
本棚の上に付いているジャンル別の案内板を見ながら探して行くと、ダイエットと書かれた文字が目に入る。
どこまでもずらっと並んだダイエットに関する本の数々、ざっと見回してみるとかなりの種類の本があるのに驚かされる。
―――おぉっ、こんなに。
カロリー計算とか学校で習ったけど、あれって面倒なのよね。
左から順番に指で追いながら、”プチ断食ダイエット”かぁ、1食抜いたってきついのに断食なんてねぇ。
食べて痩せられるってのは、ないのかなぁ。
まぁ、そんな楽なものがあったら誰も苦労しないって…。
”1日1.5リットル水飲みダイエット”
ん?水を飲んだだけで、痩せられるの?
これだったらできるかも、あながち楽してダイエットもありかもしれないと独りぶつぶつ言いながら順番に真剣な表情で見ていると、不意に背後から声を掛けられた。
「あれっ、竹本?」
声に振り向くと、そこにいたのは同じクラスの佐藤 晋(さとう しん)君だった。
「佐藤君」
「お前、こんなとこで何、真剣に探してるんだ?」
「そ、そっちこそ、どうしたの?」
「俺はこれから塾なんだけどさ、あと1時間くらいあって暇だからパソコンの本でも探そうかなってここに寄ったってわけ」
「お前は、何の本探してるんだ?」と聞かれて思わず持っていた本を後ろに隠そうとしたけど、それより早く佐藤君に奪い取られてしまった。
「うん?何々、“夏に付いた余分な肉を落とす”?!」
―――「何だこりゃ」ってねぇ。
まいったな、マズイところを見られちゃったわね。
大体なんで、こんなところに佐藤君がいるわけ?
「別になんでもない。返してよ」
「お前、ダイエットしようとしてるんだ〜」
佐藤君が、あたしの上から下へ視線を落とす。
―――どうして、そんなに見るのよぉ。
恥ずかしいからやめてよ。
「うるさい。いいでしょ!!人が何したって。もう、返してよ」
あたしは佐藤君から本を取り返すと元の場所に戻して、その場を逃げるように後にした。
一気に本屋を掛け出ると、『ふぅっ』少し息の上がった呼吸を整える。
―――あぁ恥ずかしい、なんなのよ。
あんな、大声出して言わなくたっていいじゃない。
佐藤君とは高校2年になって初めて同じクラスになった。
2年生になって半年が経とうとしているけど、あたしには何も接点がないから話したことなんてほとんどなかったといっていい。
サッカー部のレギュラーで勉強も出来て何よりカッコいい、必然的に女子にはダントツで人気があるけど、おまけに面白いから男子にも人気がある。
あたしもその1人というかなんだけど、このあたしなんかには彼は遠くから拝むだけが精一杯の憧れの存在でしかないわけで。
あ〜ぁ、よりによってそんな人にあんなところを見られるなんてぇ…。
今日は、人生最悪の日だわ。
下を向いてとぼとぼと歩いていると、誰かに後ろから腕を捕まれた。
「えっ、誰?!」
その反動で振り返るとあれからあたしの後を追ってきたのか、息を荒げた佐藤君がいた。
「お前、足速い」
まだ、はぁはぁ、いってる。
そりゃあ、あんな現場に遭遇したら、自分の持ってる力の何倍もの力が出るってもんでしょ。
「ごめん」
「え?」
佐藤君がいきなり謝るから。
もしかして、これを言うために追いかけて来たとか?
「ごめん。気を悪くしたなら謝るよ。だから、ちょっと俺に付き合って」
「はぁ?」
佐藤君はあたしの意見なんて聞く耳持たずで、さっき掴んだままの腕をそのまま引っ張りながら歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。どこに行くの?」
聞いてもただ笑ってるだけで、教えてくれない。
仕方なく付いて行くと、そこは白いスーツを着た白髪の恰幅のいいおじさんが入口でお出迎えのフライドチキンの前だった。
「ちょっと!!人がダイエットの本を見てたってのにどうしてここなわけ」
―――カロリーめっちゃ高いでしょうに。
「まぁ、いいじゃん。俺お腹空いてるんだよね。それにさっきのお詫びに奢るからさ」
そう言って、背中を押されて中に入る。
カウンターの前に立つと、歩(あゆみ)達と同じ年頃の女の子が営業スマイルで問い掛ける。
『こちらでお召し上がりですか?』
「はい」
佐藤君が答えて、メニューをあたしの方に寄せてくれる。
「何でも、好きなの頼んでいいよ」
「え?あっ、じゃあ、ウーロン茶」
「他は?」
「いい…です」
「どうして?」
「だって、もうすぐ夕飯だし・・・」
「育ち盛りの高校生が、何言ってるかなぁ」
『ご注文はお決まりですか?』
「えっと、レッドホットサンドセットを2つ」
『お飲み物は、何になさいますか?』
「ウーロン茶とコーラで」
―――ちょっとっ!!レッドホットサンドセット2つって…まさか、佐藤君が2つ食べるわけじゃないわよね。
注文した品を手際よく揃えると、笑顔を崩さない女の子が答える。
『レッドホットサンドセットが2つで1,320円になります』
『ごゆっくりどうぞ。ありがとうございました』
佐藤君は会計を済ませ、トレーを持って2F席に上がる。
二人は禁煙の窓際の席に座ると佐藤君は一人分のレッドホットサンドセットと親切にもウーロン茶にストローを挿してあたしの前に置く。
そんな彼は、ウエットティッシュで手を拭くとコーラにストローを挿して一口飲む。
次にポテトを一本口に入れようとした時、あたしが俯いたままなのに気付いた佐藤君が問い掛けた。
「食べないの?」
「え?うん」
あたしもウエットティッシュで手を拭いて、ウーロン茶を一口。
「俺、これ食べるの初めてなんだ」
そう言って、レッドホットサンドのフィルムを広げて食べ始めた。
「あっ、ウマイ」
彼の初めてとは微妙に違うが、こんな近くで佐藤君と話をしたけど、なんかカッコいいというイメージより可愛いかもって思った。
自然に笑みがこぼれてしまう。
「竹本、これ好きなんだろ?俺も今日から好きになった」
「どうして知ってるの?」
「あぁ、大久保と話てるの聞こえたから」
大久保というのは高校に入ってからずっと同じクラスであたしの一番の仲良しの大久保 麗子(おおくぼ れいこ)ちゃんのこと。
麗子ちゃんは、あたしと違って出るところはちゃんと出てるのに足なんかすっごく細くて、お人形さんみたいに可愛いの。
あんな可愛い子があたしなんかと仲良くしてくれること自体、世界の七不思議って感じ。
きっと、佐藤君は麗子ちゃんみたいな子が好きなんだろうな。
「好きなのになんで食べないんだ?ダイエットのこと、まだ気にしてるのか?」
「え?、まぁ」
気にしていないと言えば嘘になる。
「竹本のどこが太ってるのか、俺には全然わかんないんだけど」
佐藤君は何気に嬉しいことをまるで普通に言いながら、黙々と食べ続けている。
「足なんかすっごく太いし、お尻も腕も全部だもん」
「それ以上痩せたら、胸もぺったんこになっちゃうぞ?」
「いいもん。どうせ、元からぺったんこなんだから」
気にしてるのに、どうしてそんなこと言うのよ。
「竹本が太ってるって言うなら、俺は太ってる子の方が好きだけどな」
―――えっとぉ?それは、どーゆー意味?
「だから、気にするなってことだよ」
あたしは佐藤君にうまく騙されたような気がしたんだけど、レッドホットサンドが大好きだったから、誘惑に負けてつい言われるままに食べてしまった。
ポテトは、さすがに佐藤君にあげたけどぉ。
佐藤君の塾の時間もあったから、ほんの短い間しか話すことはできなかったけど、塾は週一回サッカーの練習がない時にだけ通っていること。
実は同じ駅を利用していて、佐藤君は駅からバスに乗ることもついさっき知った。
一年以上学校に通っていたのに一度も会ったことがなかったのは、佐藤君はサッカーの練習で毎朝早かったのとあたしがいつも遅刻ぎりぎりで学校に行っていたからだった。
「なんだか、奢ってもらっちゃってごめんね」
「いいよ。あれくらい」
「あのね、今日のことなんだけど…。えっと、黙っててもらえる?」
やっぱり、ダイエット本なんか見ていたのを誰かに言われるのは恥ずかしいから。
「今日のことって、本屋のこと?」
あたしは、黙って頷く。
「いいけど、ひとつ条件があるなぁ」
「なっ、何?」
「それ以上、痩せるなよ」
「へ?」
何を言い出すかと思えば、痩せるななんて。
太るなって言われても、痩せるななんて言われることは絶対ないと思うのに。
「それ以上、痩せたらみんなに言う」
「そんなぁ…」
「じゃあ、俺行くわ。付き合ってくれてありがと。言っとくけど、お前はそのままでいいんだから」
そう言い残して、佐藤君は笑顔だけを歩みの心の中に残して足早に行ってしまった。
―――何のなのよ、さっきから…。
そんなふうに言われたら、都合のいいように受け取っちゃうじゃないね。
それでも、一緒に話ができてすごく楽しかった。
学校でも今みたいに話ができたらいいんだけど、やっぱり無理だよね。
さっき、佐藤君に捕まれた腕がまだ少し熱い気がする。
「あっと、いけないっ」
気が付いて時計を見ると、もうとっくに6時を過ぎていた。
早く帰らないと、お母さんにお小言言われちゃう。
膨れたお腹を少しでも引っ込めるために、走って家まで帰った。
お名前提供:竹本 歩(Ayumi Takemoto)&佐藤 晋(Shin Satou)/大久保 麗子(Reiko Ookubo)… みかん さま
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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