恋の病
4


―――とは、思ったものの…。
何て、ことなの。

彼が手際良く準備した料理がテーブルの上にずらっと並び、それはたとえ有名なシェフが腕を振るったものであっても、ミシェルにはものすごく特別なものに思えてならなかった。
そして、照明を落とした室内から見えるマンハッタンの夜景のなんと美しいことだろう。
住む世界が違うと何度思い知らされても、きっと彼の魅力に取り付かれてしまうに違いない。

「口に合わなかった?」
「えっ?そんなこと…」

あの時と同じ、真っ直ぐに自分を見つめるレオンの視線が痛い。
―――あぁ、今は二人っきりで邪魔者が入らないということが、こんなにも苦しいなんて…。
せっかくの料理も、これじゃあ喉を通らないわよ。
何か話題を変えなきゃ、とはいったって…。
ひたすら、お腹の中に詰め込むしかないじゃない。
なのにこの人ったら、大食い女の私にまるで愛しい女性(ひと)でも見ているかのような目を向けるのよ?

レオンにとっては、ミシェルの行動全てが心を惹き付けている。
彼にしてみれば、それをわかっていないのは彼女ということになるらしい。
無意識にミシェルの口元に付いたソースに指が伸びた。

「ひやっ、なっ何?!」
「ソースが付いてるよ?」
「え…。こっ、子供っぽいって言いたいんでしょっ」

ミシェルは負けないようにと言い返したが、動揺して言葉もどもっていたし、何よりレオンが指をペロッと舐める姿が妙にセクシーで、どうしたことか体の奥底が意に反して熱を帯び始めた。
一応、医者だからそれなりに男性の裸なんぞも見慣れてはいるものの、彼の服の下は…。
―――かぁっーーーっ。
私ったら、何てことを考えてるのっ。
欲求不満なんだろうか…。
かもしれない。
こんなにいい男に誘われたことなんて今までなかったわけで、それもお金持ちときている。
そこへきて、これだけの筋書きを整えられたら、罠にはまらない方がおかしい。
いっそ、騙されて捨てられても…。

いかん!!いかん!!

誘惑に負けちゃダメ!!

彼は私の反応を見て、おもしろがっているだけよ。

簡単に堕ちては、思う壺。

もっと、重い病にかからせなきゃ。

「あぁ~お腹いっぱい。ごちそうさまでした」

「美味しかったわ」と席を立つと荷物を持って、早々にこの魔力に覆われた空間を退散することにする。
でなければ、息が詰まって窒息してしまいそうだったから。

「待ってよ。まさか、帰るって言うんじゃないだろうね」
「かっ、帰りますとも。明日も診療所は休みじゃないし」
「はは~ん、逃げるんだ」

腕組しながら、ニヤっと微笑むレオン。

―――なんですって!!
だけど、図星なのよねぇ。
だってぇ、この状況で逃げるしか方法が見つからないんだもん。
悔しいけれど、卑怯でも何とでも言っていい、彼の魅力に勝てるなら手段を選んでいる場合ではないのだ。

「逃げるなんて…失礼ね」
「素敵な夜は、これからだよ?ミシェル」
「もう、十分に素敵な夜は味わったわ」

「まだまだ、こんなもんじゃないよ」とすかさず腰に捲かれたレオンの腕、そして耳元に吐息が掛かっただけで、麻酔を打たれたように体が自由に動かない。

「そういうのは私じゃなくって…ほらっ、この間の綺麗な女性(ひと)がいるじゃない」
「彼女は関係ない。君は特別なんだ。そんな潤んだ目で見られたら」

レオンの唇が、それ以上、何も言えないと物語っていた。
お互いの体を電流が駆け抜ける。
このまま、溶けてなくなってしまえばいいとさえ、思えるほどに。

「ベッドへ行こう。今夜は帰さないよ」

再び重なる唇にミシェルは―――。

『逃げられない』

そう、確信したのだった。


To be continued...


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