愛より先に。
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「ねぇ。外見はそこそこ、年収は500万円以上。歳はそうねぇ私よりプラスマイナス5歳以内で、恋愛に夢を描いてなくて、でも結婚頼望のある人っていない?」

自分で言ってて、そんな人がどこにいるのかとツッコミを入れたくなるが、切実にこの基準に当てはまる男性を探しているのだからどうしようもないのだが。
同期で一番仲良しの川上 菜摘(かわかみ なつみ)の開いた口が塞がらないという表情を見れば一目瞭然ではあるが、もしかしたら世界中のどこかにいるかもしれないし。

「は?そんな。あっ、一人いるかも」
「どこに?」

ダメ元で聞いてみたが、灯台下暗し、意外に身近にいたということか。

「広報部の高山 蒼大(たかやま そうた)さんって知ってる?ほら、背が高くてイケメンで噂の」
「広報部の高山さん?イケメン?」

そんな人がいたかと、挨だらけの記憶の引出しを開けて中身を引っ掻き回してみる。
おっ、高山さんってもしかしてもしかするとあの人かも?
たまに広報部にいる同期の女子のところへ顔を出すと目立つ男性が。
確か、そんな名前だったような気もするし。
しかし、その人が遥(はるか)のお眼鏡に叶う相手だというのだろうか?

「なんとなく、あの人かもっていうのは」
「高山さんも遥と同じようなことを言ってて、お見合いしまくってるらしいんでけどね。上手くいってないって聞いたから」
「へぇ、イケメンなのに」
「だって、恋愛なんかどうでもよくて、結婚だけしたいなんて人よ?いくらイケメンでも女っていうのは素敵な恋愛をして、その延長線上に結婚があるって思いたいじゃない」

「跡取り息子を産んだら家政婦みたいにこき使われるのは目に見えてるし、いくらイケメンでもあたしはパス」菜摘の言いたいこともわからないでもないが、現実にはそんな夢物語は存在しない。
彼のように割り切ってしまう方がどれだけ傷つかずに済むか。

「そりゃあ、遥と高山さんが二人並べば、超お似合いだとは思うんだけど。なんなら、一度会ってみる?」
「機会があれば」

菜摘はあまり乗り気ではないようだが、遥は自ら恋愛を否定し、結婚だけを公言している男性にできれば会ってみたかった。



「待って、乗りま〜す」

「すみません」閉まりかけたドアの間をすり抜けてエレベーターに乗り込んだ遥。
自分の他には、もう一人しか乗っていなかったようだ。

「畑佐 遥(はたさ はるか)さん、ですよね」
「え?」

真横に立っていた男性に不意に名前を呼ばれて見上げたが、なんて背が高いのかしら?
それにいい男、しかし、どこかで見覚えが。
胸元のネームを見てハっとしたのは、彼があの高山さんだったからだ。
面識はないはずなのにどうして私の名前を知っているのだろうか?もしかしたら、菜摘が既に例の話をしたからかもしれない。

「あなたのような人が、僕と同じ結婚観だとは正直意外でした」
「それは、どういう意味でしょう?」
「いえ、燃えるような恋をしたいという顔をしているので、そう思っただけですよ」
「は?」

いつ、どこで、私がそんな顔をしてるって言うのよっ!!発情期の猫みたいな。
そりゃあ、ちょっと前まではそう思ってたわよ?それは否定しないけど。
もう恋愛なんかクソくらえ、溺れて自分が見えなくなるような恋は二度としないって誓ったんだから。

「あなたとゆっくり会える日を楽しみにしてますよ」

「じゃあ」チーンという音と共に開いたドアから右手を軽く上げて出て行く。
な〜にが、『あなたとゆっくり会える日を楽しみにしてますよ』カッコ付けちゃって、そんなだから見合いがダメになるんでしょ。
興奮のあまり遥は危うく次の階で降り損ねるところだったが、正式に会う前からお互いは絶対上手くいかないだろう確信だけは持てたような気がした。


それから、一週間ほどした土曜日の午後。
遥は都内にあるゴージャスなホテルのラウンジで彼が来るのを待っていた。
菜摘の計らいにより高山さんと会うことになったのはいいが、約束の時間より30分も早く着いてしまったのはいつものクセ、決してその気があって早く来たわけではない。
あぁ〜なんで、こんなとんでもない話を受けちゃったんだろう。
よりによって、あんなムカつく男と見合いまがいのことをしなきゃならないなんて。
やっぱり、菜摘に付いて来てもらうんだったと後悔してももう遅い。
まぁ、適当にこの場をしのいでチャラにできればそれでいいんじゃないだろうか、別に彼とどうこうなろうというつもりなど毛頭ないわけだし。

「おい」
「あっ、なっ、何なんですか。びっくりしたぁ」

仰け反って抗議したが、ものすごく目の前に彼の顔があって驚いたなんてもんじゃない。

「一人でブツブツ言ってたのは、あんただろうが。おかしな顔して変なやつだったぞ」

スーツ姿の彼は悔しいけれど素敵だと認めざるを得ないが、それにしてもこの口の聞き方はなんなのか。
初対面で一応、見合いだっていうのに随分失礼で馴れ馴れしい。

「いつから、そこにいたんですか?」
「かれこれ、5分くらいか?」
「そっちの方が、よっぽど変なやつじゃないですか」

「言われてみれば」微笑みながら、ブラウン系でシックにまとめられた一人掛けのソファーに腰掛けるとさり気なく足を組む。
何もかもが様になっているが、きっと腹の中は真っ黒に違いないのだ。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「この人と同じ物を」

「かしこまりました」黒い制服姿のウエイトレスは、ちらっと遥を見ながら伝票を持って奥に下がる。

「イチゴのムースが好きなんですか?」
「甘いもの全般が好きなんだ」

あら意外、この顔で甘いものが好きだなんて。
スイーツ男子なんて言葉も流行るほどだから、今時普通なのかもしれないが、自分の彼氏、もしくは夫となる人には甘い物好きは失格だ。

「何か問題でも?」
「彼氏、もしくは夫となる人には甘いもの好きでない方が希望だから」
「どうして?」
「私は大好き───」
「僕は甘いものが苦手だから、君が全部食べていいよって言われたいからか。それで、恋愛願望がないなんてよく言えるな」

どうして、この人にこんな言い方をされなきゃいけないの?
顔がいいとか、結婚観がどうのとか、そういうこと以前に人格に問題があるんじゃないの?

「甘いもの好きの旦那だったら、一緒に食べられていいじゃないか」

そういうことじゃなくって。
言ってもらいたいだけなんだとしたら、やはり恋愛願望があるということになるのだろうか?
「お待たせいたしました」さっきと同じウエイトレスが彼の前に紅茶とイチゴのムースを並べる。

「あの、デザートのメニューを持ってきてもらえますか?」

この男は、まだデザートを食べるつもりなんだろうか?
それだけ食べてもメタボとは程遠い体型のようだし、いくら食べようが遥には知ったこっちゃない。
メニューを持って戻ってきたウエイトレスに、彼はいくつか指差して注文している。
暫くしてテーブルの上がデザートでいっぱいになったのがちょっと恥ずかしかったが、どれもこれもイチゴのムースと迷って僅差で却下されたものたちばかり。
悔しいが、この人とデザートの好みは一致するらしい。

「ほら、好きなだけ食べていいぞ。俺の前ではおちょぼ口なんて気を使う必要ないし、大口開けて食べても何も言いやしないさ」

「言っとくけど、太るからなんて邪道なことは言わないでくれ」彼は自分が食べるために注文したのではなく、遥が好きだと言ったからこんなにたくさん。

「遠慮なく、いただきます」

満足げに微笑む彼の顔を見ていたら、腹立たしさもどこへやら。
こんな顔もできるんじゃない。
どれが本当の彼なんだろうか?もっと知りたいと思う自分がいるのも確か。

「俺が結婚したい理由は、まぁ出世、世間体、親孝行、ありきたりなもんだ。次男だから家を継ぐ責任もない。もちろん絶対浮気をしないと誓う、生涯君だけだ。子供は嫌いじゃないから君が欲しいだけ生んだらいい。子育てにも協力する。収入は同じ会社に勤めてるんだ大体予測はつくだろうが、貯金もそれなりにあるし専業主婦になっても十分食わせていけるだけのものはあると思うが、働きたいっていうのを無理に止めるつもりはない。ただ、結婚10年目になぜダイヤを贈らないんだと責められるのは御免だ」

言いたいことを一方的に話すと黙々とデザートを食べ始める。
彼との人生を歩めば、おしゃれをしても髪形を変えても甘い褒め言葉は永遠に出てこない、結婚記念日も誕生日もチェックすることはなく、クリスマスやバレンタインは他人事。
なんというか、この人は恋愛や女性に対してどう接していいのかわからず、ただ不器用なだけなのかもしれない。

「他に質問があれば、何でも答えるが」
「聞かなくても、だいたい想像つきますから」
「君はどうして結婚したいの?俺みたいのを選ばずとも男には困らないように見えるが」
「高山さんは。私のこと勝手に推測してばかりですね」

『燃えるような恋をしたいという顔をしている』とか、占い師?というくらい当たってはいるが、そんなにわかりやすいのだろうか。

「この人は私のことを好きでいてくれるんだろうか?私なんかより、他の女性(ひと)の方がいいんじゃないか?嫉妬とか嫌なものが絡み合っていがみ合って、そういう思いをしたくないっていうか。全部通り越して家族になりたいんです。その方が楽だから」

誰にも話したことなどなかった思い。
初対面でお見合い相手にこんな話をしているなんて、洗いざらいをさらけ出す彼だから吐き出せたような気がした。

「何か、それで傷ついたことがあったのか?」

今までで一番優しい声だった。
だからといって、同情なんか受けたくない。

「いえ、煩わしいだけです」


お名前提供:畑佐 遥(Haruka Hatasa)&高山 蒼大(Souta Takayama)/川上 菜摘(Natsumi Kawakami) … 麻希 さま


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