「ね~ぇ。ホテルで盛大な結婚式もいいけど、海外で身内だけってもの捨てがたいわよね」
「ハワイとか」それこそ、今にもとろけそうな顔で結婚式のパンフレットを見ている遥。
「マリッジ・ブルーじゃなかったわけ?」
「誰が?」
「まったく、これだから」二人の関係がこじれているかもしれないと心配して損したと苦笑するしかない菜摘。
恋愛抜きで結婚したいなんて言っていたが、今の彼らは正にらぶらぶ。あまあま。恋愛真っ只中。
神様の計らいにより、出会うべくして出会ったのだと思うし、何より友人の幸せな姿を見ているのは嬉しいが。
ゴージャスなホテルでもハワイでも、何でもやってよ。
た・だ・し、後にも先にもこれっきりにしてね。
お互いの気持ちを知ってからというもの、蒼大(そうた)は毎月、あの突然のプロポーズをした日に真紅の薔薇を贈るのが日課になっていた。
変われば変わるものだと自分でも呆れるくらいだったが、それが快感になりつつあるとは思いもしなかった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「はい。これ」いつものように可愛いパッケージに入った真紅の薔薇を手渡す蒼大。
花束を持って歩くのがちょっと恥ずかしいという男性の間では評判の店のアイデアだったが、待っている彼女もそれ以上に可愛いと気に入ってくれている。
そして、今夜は特別にもう一つ渡すものがあったが、それは腹ごしらえの後に。
「ありがとう。お腹空いたでしょ。今夜は、遥特製ハンバーグよ」
「それと、アボガドと小エビのサラダとポテトのスープに。そうそう、お薦めだってワインも冷えてるから」話しながら嬉しそうに薔薇の花を覗き込む彼女を見ていると、こういうのが幸せなんだなと改めて感じずにはいられなかった。
これから、毎日続くのだと思うと自然に顔が緩んでしまう。
「式は決めたのか?」
「ホテルもいいけど、海外ウエディングもいいかなって。菜摘に話したら、どうでも好きにしてって真剣に聞いてくれないだもん」
「後にも先にもこれっきりにしてねなんて。縁起でもないこと言うし」ジューっとハンバーグを焼く音と匂いが胃袋を刺激する。
まぁ、人の結婚式などはっきり言ってどうでもいいのはわかるが、別れることなどあり得ない。
「蒼君はどう思う?海外でやっても、ご両親とか賛成してくれるかしら?」
「そうだな。両親は海外なんて行ったことないし、お袋は連れて行けってしょっちゅう親父にせっついてるみたいだけどな」
「うちも同じ。だからっていうのもあるんだけど、身内だけでハワイで式を挙げて、蒼君の将来もあるし、その後会社の人を招待して披露宴を兼ねた会費制のパーティーを開くっていうのはどうかなって思ったんだけど。新婚旅行も兼ねられるし」
遥の母は一度はハワイに行ってみたいと常々言っていたから親孝行のつもりで海外挙式を考えてみたのだが、どうだろう?
ハンバーグに焦げ目を付けた後、オーブンに入れて中まで火を通す。
その間にさっぱりとした大根おろしの和風ソースを作り、冷蔵庫で冷やしたサラダとスープを準備すれば出来上がり。
「いいんじゃないか?俺は賛成だけど。両親も親戚も喜んで来るさ。暇人だからな」
「ほんと?」
「あぁ」蒼大が返すと遥の表情はさっき以上に明るくなった。
これで、いよいよ結婚式が具体的になってきたが、どこまでも続く青い海に青い空、純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女はどんなに美しいことだろう。
「お待たせ。特製ハンバーグの出来上がり」
「おぉ、美味そう」
「美味そうじゃなくって。美味しいの」
「わかってるって」蒼大がワインの栓を抜くと2つのグラスに注ぐ。
料理上手の彼女だったが、どこかの調査では夫が料理上手だとより夫婦円満らしいから、少しは男も料理の腕を磨かないといけないだろう。
次の記念日には蒼大の手料理を披露できるようにこっそり練習しなければ。
だから、今夜は後片付けを喜んで引き受けることにしよう。
「何に乾杯?」
「いつまでも、この幸せが続くように」
「クっさい」彼女自身も何を言うのか毎回楽しみになってはいたが、相変わらずのクサさにツッコまずにはいられない。
それでも、蒼大は平気だった。
これがないと言う意味がないとまで思ってしまうほど。
「コーヒーは俺が入れるよ」
食事が済んで一息吐くと蒼大がコーヒーを入れにキッチンに入る。
別にこだわっているわけでもなんでもないが、彼女にしてみると自分がやるより美味しいのだそうだ。
例え、お世辞だとしても、それで喜ぶならなんだってするさ。
「ありがとう。蒼君の入れるコーヒー美味しいんだもん」
「当たり前だ。愛がこもってるからな」
クっさいと思っても、今度は口には出さないでおくことにする。
遥は、テーブル越しに彼のコーヒーを入れる姿を見るのが好きだった。
きっと、蒼君のことだから、私がおばあさんになっても入れてくれるんだろうな。
想像したら、心の奥がジンっと熱くなった。
「蒼君特製のコーヒーが入りましたよ。お嬢さん」
ふざけた言い方でカップを遥の前に置く蒼大。
「あぁ、いい香り。ん?これ」
ソーサーの上に乗っている小さな箱に視線を留めた。
「開けてみて」
「いいの?」
「何だろう」リボンを解いて包みを開けると中に入っていたのは、限りなく透明に近いダイヤモンドのリングだった。
「もしかして」
「遅くなったけど、婚約指輪。渡してなかったから」
蒼大は指輪を手に取ると、細くて華奢な彼女の薬指に嵌めた。
寝ている間にこっそり紐を巻きつけてサイズを測り、店に持って行ったのだがピッタリだ。
「気に入らなかった?」
「ううん。そんなわけ。すっごく嬉しくて、何を言っていいかわからなかったの」
光り輝くダイヤモンドの指輪を天高くかざしてみる。
結婚すると決まっていても、これは全てを受け入れてくれた証のように思えた。
「ありがとう。蒼君」
「どういたしまして。お礼はキスで」
懲りずに○○○エプロンと言いたいところだったが、せっかくのいい場面でグーが入るのは勘弁、この場では我慢しておくことにしよう。
しかし、彼女の柔らかい唇が触れた瞬間、我慢の限界だった。
「ちょっ、蒼…っ…」
今夜は覚悟するようにと無言の意思表示で蒼大は遥を抱き上げると、そのままベッドルームへ向かう。
「もうっ、まだコーヒー飲んでないのに」
「コーヒーなら、いつだって入れてあげるさ。10年後もね」
そっと、ダイヤに口づけて誓うのだった。
ひとまず、おしまい。.
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