ヤマンバな彼女
−僕のモノ−
<前編>


「大丈夫だよ」

不安げな表情の麗の手にそっと自分の手を重ねる詩音。
彼のためにも、もちろん自分のためにも絶対に合格しなければならない。
これは、二人の約束だから。

あれは、今から1年ちょっと前にさかのぼる。
高校を卒業して半年あまり、フリーターをしていた当時ヤマンバギャルだったあたしは、友達と待ち合わせていたファーストフード店で偶然中学の同級生だった佐々木 詩音と再会した。
といっても、この時は見掛けただけで会話をすることもなかったけれど、彼は誰が見てもわかるように一流大学に通う優等生。
そんなとても釣り合わないような二人が、今ではすっかり恋人同士。
いつまでもヤマンバギャルにフリーターではダメだし、彼に似合う彼女になるぞ!と心を入れ替えたあたしは、心機一転大学受験をすることに。
もちろん彼に家庭教師をお願いしたんだけど、なんと出された条件が同じ大学に入ること。
その結果が、今日下される。
大学にバイトにと忙しい間をぬってあたしに勉強を教えてくれた彼のためにも、絶対に合格しなきゃ!!
でもね、自信はあっても、こればっかりは蓋を開けてみなければわからないこともあるわけで…。

「どうしよう…落ちちゃったら…」
「だから、大丈夫だって言ってるのに。麗は頑張ったんだから、必ず合格する。僕がそう言うんだから、間違いないよ」
「うん…」

―――そうは言ってもねぇ…。
やっぱり、不安なんだもん。

彼にしっかりと手を握られて、大学の門をくぐる。
2年遅れちゃったけど、こうやって一緒に通えたらいいなぁ。

既に合格者は掲示板に貼り出されているようで、早くもバンザイの掛け声も聞こえ、胴上げなんかをしてる人もいる。
よく見ればテレビカメラの取材なんかも来てて、さすが有名な大学だけのことはあるなぁとまるで他人事のように思ったりもして。

「あ〜緊張するぅ」
「もしも、今回ダメでも来年があるよ」
「そんなこと言ってたら詩音、卒業しちゃうじゃない」

このままずっと合格できなかったら、詩音は先に卒業してしまう。
これじゃあ一緒に通うことなんて、できないじゃない。

「麗が合格するまで、待ってるから」
「待ってるって?」
「留年する」
「はぁ?!」

―――何もそこまでしなくても…。
と思っても、詩音のことだから本当にしそうで怖いのよ。

「ほら、麗。受験番号何番だっけ?」
「あっうん、えっと…」

麗はバックの中から受験票を取り出して、番号を確認する。

168・・・

ここまできたのだから、今更どうこう言っても遅い。
潔く結果を受け止めなければ。
あぁ〜でも…。

「麗、ちゃんと自分の目で見てごらん」
「うん…」

上から順に番号を目で追って行く。

160・・・166・・・168・・・

「あっ」

―――うそ…あった…。
見間違いじゃ…ないのよね…。

「僕が言った通りだろう?麗は、必ず合格するって」
「うん、あったけど!うそ…やだ、どうしよ…」

―――あたしったら、何言ってるの…。
自分でも何が何だか気が動転していて、言っていることがわからない。
ただひとつだけ言えることは、ものすごく嬉しいということ。

「良かったな、麗。これで、僕と一緒に通えるんだよ」
「うん。すっごく嬉しい」

詩音と同じ大学に通えるなんて、夢みたい。
今度こそヤマンバギャルを卒業して、本当の自分に戻って新しいスタートを切るの。

周りのことなど全く目に入らなかった二人は、みんなに見られているとも知らずに抱き合って喜びを噛み締めたのでした。

+++

4月から晴れて大学に通い始めた麗だったが、詩音と同じ学校とはいっても学年も学部も違う。
行き帰りとお昼を共にする程度で、ほとんど彼と顔を合わせることなどできなかった。

「麗、元気ないね。どうしたの?」
「あっ、希良(きら)ちゃん」

大学に入って一番初めに声を掛けてくれた藤沢 希良は、おっとりしているように見えて意外に行動派のお嬢様。
現役合格でつい最近までキャピキャピの高校生だったのだから、それは当たり前かもしれないが、明るくて可愛くてすぐに麗と仲良しになった。

「何よぉ、女子大生がそんな顔してちゃだめでしょ?」
「そうだよ、麗ちゃん。大学に入ったんだから、もっと楽しく過ごさないと」
「木谷くんまで」

希良の隣にいた木谷 恭介は、彼女と同じ高校の出身だと言っていた。
進学校に通っていた彼らの学校からは、この大学に多数の合格者を出しているそうだ。
みんな高校の3年間は必死に勉強してきたのだろう、大学に入ったら思いっきり遊ぶと口々に言っているのをよく耳にする。

「パーっとみんなで、遊びに行こう。ね?」
「でも…」
「もうっ、麗は真面目なんだからぁ。社会人になったら、遊んでなんていられないんだからね?今、しっかり遊んでおかないと」

希良の言葉は、麗が何も考えずにフリーターをしていた頃と同じことを言っているなと思う。
それは、先をしっかり見据えた彼らも、フリーターだったあの頃の麗も、根本はそう変わらないということなのかもしれない。

「じゃあ、決まり。麗ちゃんが来るなら、みんな喜ぶよ」

木谷のひと言で、あっさり決まってしまう。
―――そうよね?大学は4年もあるんだから、初めから頑張り過ぎても疲れちゃうし。
つい、みんなに乗せられてしまった麗は詩音のことをすっかり忘れてしまうのだった。



―――麗、どこにいるんだ?何度電話を掛けても出ないし、メールの返事も来ない。

詩音はさっきから何度も麗の携帯に電話を掛けているが、コール音ばかりで一向に彼女が出る気配がない。
メールも同じで、やっぱり返事は返って来ないし…。

麗が詩音と同じ大学に入るために1年以上も二人で頑張ってきたというのに、これは予想外の展開だったかもしれない。
お互いすれ違いも多く、逢う時間もあまり持てなくて、何のために麗を同じ大学に入学させたのか、これじゃあわからなくなってくる。

半ば諦めモードで携帯の通話ボタンを押すと、3コール目でやっと麗が電話に出た。

『…も…し…詩…』
「麗?ちょっと聞き取りにくいんだけど、今どこにいるんだ?」

雑音なのか騒音なのか、後ろがうるさくて、ものすごく麗の声が聞き取りにくい。

『…カ…オケ…』
「え?どこ?」
『…カラオケ…』
「カラオケ?」

道理でうるさいわけだ。
っていうか、これでは着信音も聞こえないだろう。

『…う…ん、お友…達…と…』
「そっか、じゃあ家に帰って来たら電話くれる?」
『…え?…何?…聞こえ…ない…』
「後・で・電・話・く・れ・る・?」

自分の部屋にいた詩音は階下まで聞こえるくらい大声を張り上げ、母親が何事かと廊下に出て階段を見上げていたくらい。

『…わっ…やだ…木…谷…くん…ったら…』

背後からは「麗ちゃん、電話なんてしてないで、一緒に歌おう」と、うるさい中でも明らかに男の声が聞こえる。
てっきり、女の子同士だとばかり思っていた詩音は呆然…。

―――ちょっと待て、木谷って誰だよ。
麗に何してんだ。

「麗、どうしたんだっ。麗っ!」

ツーツーツー

無常にも通話は切れていた。
彼女の言っていたように一緒にいるのは友達なんだろう。
その中に男がいたからといって、それをどうこう言うつもりは…。
自分だって、仲間といる時は女の子もいるのだから。
でも…それをわかっていても、彼女を独り占めにしたいと思ってしまうのは、我侭なのか?
そんなモヤモヤした気持ちの中、その夜、詩音の元へ麗から電話が掛かってくることはなかった。


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