ヤマンバな彼女
SIDE STORY
−FRIEND 恋人未満−
<前編>


「麗。佐々木さんに拉致られてたけど、大丈夫だった?」

人気者の麗はつい周りの友達の誘いを優先してしまい、彼氏である詩音との時間が少なくなってしまっていた。
そんな時、偶然ボーリング場で一緒になった詩音は、仲良くしている麗と友達に嫉妬して拉致ったのだった。

「うん。なんとか…」
「でも、佐々木さんって素敵よね?」

中学の同級生だと言っていた麗と詩音が、藤沢 希良(ふじさわ きら)には羨ましくて仕方がなかった。
お互い別々の高校に通っても、彼はずっと麗のことを想っていて…。

「うん、あたしにはもったいない彼氏かな」
「そんなことないと思う。麗すっごく可愛いし、それに頑張り屋さんだもん」

フリーターだった麗が一大決心して大学受験を決めた時も同じ大学に通うことを夢見て二人で頑張った話を聞き、希良は本心からすごいなと思ったのだった。

「希良ちゃん、褒め過ぎ」

はにかみながら微笑む麗は希良より2歳お姉さんだが、本当に可愛らしいと思う。
ヤマンバだったという彼女の姿は携帯画像でしか見たことがなかったけれど、今からはとても想像できない。
きっと、彼女なりに色々考えたり悩んだりしていた時期があったのだろう。

「でも、いいなぁ。あたしも、素敵な彼氏が欲しい」

希良には、今のところ付き合っている彼氏はいない。
というか、高校受験、大学受験と受験受験の毎日で、彼氏など作る暇がなかったのだ。
この大学に入ることだけを夢見てきた希良にとって、目標を達成してはじめて、自分は恋すらしていなかったのだと今更ながら気付かされたのである。

「木谷くんは?」
「木谷?彼は、単なる同じ高校に通ってたってだけだもん」

木谷 恭介(きや きょうすけ)と希良は同じ高校に通っていて、志望大学も同じだったから、良き相談相手でありライバルという関係だった。
塾にも一緒に通っていたし、側にいるのが当たり前みたいな存在ではあったが、異性として意識したことはない。

「え〜でも、仲良しじゃない」
「仲良しっていうか、腐れ縁?って感じかな。高校も塾も一緒だったしね。だけど、それ以上でもそれ以下でもないんだけど」
「そうなの?なんか、いい感じなのかなって思ってたのに」

麗は初め二人を見た時、絶対付き合っているのだと思った。
お似合いだし、仲も良いし。

「やめてよぉ。木谷には、彼女がちゃんといるんだから」
「えっ、木谷くん彼女いるの?」

これまた、初耳?!
恭介に彼女がいたとは…。

「そうよ。あいつ、人あたりもいい、あの容姿だし。すっごいモテるのよ」

確かにモテるというのは、わかるような気がする。
でも、側にこんなに可愛い彼女がいるというのに彼は手を出さなかったと言うのだろうか?

「モテるのはわかるんだけど、木谷くんは希良ちゃんのこと誘ったりしなかったの?」
「あいつが、あたしを誘う?ないない、あり得ないって。だって、あたしのこと、女だって思ってないし」
「うそぉ、希良ちゃんのことをそんなふうに思うわけないもん」

希良はこんな言い方をするが、大学内でも彼女のことを狙っているであろう男子学生は、たくさんいるに違いない。
なのに恭介は女性だと思っていないなど、それこそあり得ないだろう。

「ありがと。麗がそう言ってくれるだけで嬉しい。誰か、佐々木さんの知り合いとかでもいいから、いい人がいたら紹介してね」
「うん」

とは言ったものの、麗にはどうしても恭介が希良をそんなふうに思っているとは信じられなかった。

+++

―――木谷ねぇ…。

希良は麗に言われたことを思い出して、溜め息を吐いた。
あたしだって一応女なんだから、あいつにそういう対象として見てもらいたいと思わなかったわけじゃない。
だけど、あいつの目に自分は映っていない…。
それがわかっていたから、みすみす傷つくようなことはしなかっただけ。

「藤沢、どうしたんだ?こんなところで、ボーっとして」

次の講義までの空き時間、キャンパス内のベンチで本でも読んで過ごそうと思っていた希良を覗き込むようにして見ている恭介。
あまりに目の前に顔があって、希良は慌てて彼から離れた。

「えっ…うっ、ううん何でもない」
「そっか?ならいいけど」

恭介は何の迷いもなく、希良の隣に腰を下ろす。
わざわざ、隣に座らなくてもいいのに…。
希良は思ったが、たまたま彼女が別の講義だとかそんなところだろう。

「木谷こそ、どうしたの?こんなところで。彼女は?」
「彼女って?」
「彼女は、彼女でしょ。ほら、サラサラロングヘアの」

サラサラロングヘアの彼女と言われても、初めわからなかった恭介は、暫く考え込んで「あ〜」という素っ頓狂な声を上げた。
―――自分の彼女がわからないわけ?この男は。

「あいつは、彼女でも何でもないさ。ただの友達」
「友達?」

腕を組んで楽しそうに歩いている姿を何度も見掛けたというのに、彼女じゃないとは…。
まぁ、希良にとってはどうでもいい話だけど。

「そう。彼女はどう思ってるかわからないけど、俺にしてみればただの友達。っていうかさ、藤沢、今夜時間ある?」
「何で?」
「見たい映画があんだよ」

―――映画?映画なんて、一人で見に行きなさいよ。
それか、誰でも良いから誘えば付き合ってくれる人、いっぱいいるでしょうに。

「あたしじゃなくても、いっぱいいるでしょ?映画に付き合ってくれる人」
「はぁ?いたら、お前を誘わないだろうが」

まるで、『心外だ』とでもいうように希良の言い方にちょっと不機嫌な返事を返す恭介。
―――だって、今まで誘われたことなんかなかったんだもん。
いきなり言われても、困るのよ。

…ん?その前に映画に付き合ってくれる彼女がいない?!

「うそ、いるでしょ」
「いないって」

希良が顔を横に向けると、またしても彼の顔がすぐ目の前にあって…。
―――近くで見ると、やっぱりいい男かも。
なんて、再確認したりして…。

「いるってば」
「いないって、言ってるだろっ」

こんなマジな恭介の顔は、高校生の時だって見たことがない。
いつだって、おちゃらけたような態度で誰にでも声掛けて…。
なのに…。

「あっ、あたし。そろそろ、行かなきゃ」

なんだかこの場に居づらくて、希良は急いで立ち上がろうとするが、恭介が素早く彼女の手を握る。

「わぁっ、ちょっ何よ。離してっ」
「映画に付き合ってくれるなら、離してもいいけど」
「だ・か・らっ、何であたしがっ」

実のところ、男の人と手を握るのは中学生の時にダンスを踊って以来かもしれない。
彼の手はゴツゴツとしていたけれど、大きくてあったかい。

「お前と…藤沢と行きたいんだよ。他に理由なんか、あるか」
「あっ、あたしは行きたくないもん」

どうして、こんなことを言ってしまったのか…。
自分で自分が、ほとほと嫌になる。

一瞬、恭介の手が緩み、希良は今度こそベンチから立ち上がると足早にその場を立ち去った。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.