ヤマンバな彼女
SIDE STORY
−FRIEND 恋人未満−
<後編>
『ふぅ〜何なのよ、木谷のやつ。いきなり映画に行こうとか誘って来たと思ったら、手なんか握ったりして…』
走ってきてまだ息が荒い中、希良は掴まれた左手を見つめながら、まだ感じている彼の温もりをどう処理していかわからない。
「希良ちゃん、希良ちゃん」
「・・・・・」
「希良ちゃんてっばぁ」
「あ?麗」
「あ、じゃないでしょ?さっきから呼んでるのにボーっとして、どうしたの?」
ボーッと手を見つめながら突っ立っていた希良に何度も声を掛けた麗だったが、やっと気付いてくれたと思えば気のない返事。
何か、あったのだろうか?
「ううん、何でもない」
「そう?ならいいんだけど。あっそうそう、木谷くんがこれを渡して欲しいって」
麗から手渡されたのは小さなメモのようなもので、2つに折ってあった。
―――何、かしら?
開いて見ると、汚い字で大きくこう書いてあった。
『17:00に駅で待ってるから、来るまで待ってる。木谷』
―――うわぁっ、汚〜い字でまたデッカく書いてぇ。
っていうか、何なのよこれ。
さっき行かないって言ったのに、彼はまだ誘ってくるというのはどういうつもり?
来るまで待ってる―――なんて…。
大体、今時メモを渡す人なんていないでしょ?メールアドレスくらい、教えているのに。
そういうところが、彼らしいのかも。
「あ〜希良ちゃんったらぁ、木谷くんからのお誘い?」
「やっ、これはねっ」
急いで隠しても、もう遅い。
しっかり麗はそのメモに書かれていた内容を見ていて、ニヤニヤと笑ってる。
―――だからぁ、麗ったら違うんだってぇ。
「そんなに慌てなくても、いいでしょ?で、木谷くんと、どこへ行くの?」
「え?なんか、いきなり映画に行こうって」
「映画?いいなぁ。あたしも、見たいのがあるのよね」
恭介が何で映画に誘って来たのかということよりも、麗には映画を見に行くという方が重要らしい。
「あたしは別に見たい映画なんて、ないんだけど」
「ん?希良、あんまり乗り気じゃないの?」
「だって、意味わかんないもん。今まで、一度も誘って来たことなんてないのに突然なんて」
麗が恭介との仲を聞いた時も、ただの友達だと言っていた。
だから希良にとって、この誘いの意味がよくわからないのかもしれないが、こうやって誘うということは彼はもしかして、もしかする?!
「木谷くん、希良のこと好きだったんじゃない?」
「はっ、木谷が?」
―――うそ…木谷が、あたしのことを好き?
そんなこと、絶対あり得ないって。
でも、彼女だと思っていた人は彼女じゃなかったみたいだけど…。
「きっとそうよ」
一人ゴチている麗だったが、希良にはどうしても恭介が自分のことなんか好きになるとは思えない。
「ねぇ、麗にお願いがあるんだけど」
「なぁに?」
「あたし、やっぱり行けないからって、言ってもらえない?」
「え、どうして?用事でもあるの?」
せっかくの彼の誘いなのに断るなんて、それにこういうことは麗に頼むのではなく自分からきちんと言うべきなのに。
「ないけど…さっきも、行かないって言ったのよ?なのにこんなメモを麗に渡すなんて、ズルイわよ」
誘われる理由もないし、一応断ったのにこんなふうに麗にメモを頼むなんて…。
「そういうことは、希良ちゃんの口から言った方が」
「あいつだって、メモを渡してきたんだもの。おんなじでしょ?麗、悪いけどお願いね」
「ちょっ、希良ちゃんってば」
「あ〜ぁ、行っちゃった…」
それ以上、麗の話など聞かずに希良は行ってしまった。
…だけど、希良ちゃん用事はないって言ってたのに、どうしてあんなに頑なに木谷くんの誘いを断るんだろう?
希良ちゃん、木谷くんのこと嫌いなのかなぁ。
恭介に希良が行けないことを言うのは、何となく気が引ける麗だった。
◇
恭介がどういうつもりで誘ったのかわからないが、もしかしたら希良が思うほど深い意味はなかったのかもしれない。
となると、あんな言い方をしてしまって、かえって悪いことをしたのかも…。
「希良、これからパーッとカラオケに行かない?」
「カラオケ?」
希良を誘いに来たのは大学に入ってから仲良くなった子で、明るくてとても気さくな可愛らしい子。
今はパーッとカラオケになど行く気にはなれなかったが、もしかして彼女は気分が晴れない希良のことを知っていて誘ったのかもしれない。
「うん、いつものメンバーでね。希良、元気ないみたいだって聞いたから」
「そんなことないのに」
―――あぁ…やっぱり。
なんだか、気を使わせちゃったみたいで申し訳ないわね。
「じゃあ、大丈夫?」
「うん、わかった」
気晴らしには、歌を歌うのが一番。
あんまり上手じゃなかったけど、歌うのは大好きだったから。
彼女に連れられて、行きつけのカラオケ店に足を運ぶ。
そこには麗の姿はなく、最近彼氏と仲良くバイトを始めたかららしい。
今時、珍しいかもしれないスーパーのバイトだったが、詩音は随分と前からやっていたそうで、麗も一緒にさせてもらうことになったと言っていた。
希良が思うに、麗に悪い虫がつかないようにと彼氏がそうさせたに違いない。
そして、姿がない人がもう一人…。
「木谷くんも誘ったんだけど、大事な用があるんだって」
「大事な用…」
それが何なのかは希良にはわからなかったけれど、やはりあんなふうに誘いを断ってしまった手前、一緒にここへは来辛かったのかもしれない。
こんなことで今までの関係に変化が起きるようなことになるのは嫌だが、じゃあどうすれば良かったのか…。
「希良、希良の番だよ〜」
「うっ、うん」
考えても始まらない。
明日はきっと、今まで通りに話ができるはず。
そう、信じたかった。
◇
「まさか、こんな時間になってるとは思わなかった」
「希良ったら、いつになく張り切って歌ってたもんね」
つい、調子に乗って歌い捲くってしまい、気が付けば夜の8時をとっくに過ぎている。
家に帰ったら母の第一声は、『こんな時間まで、どこほっつき歩いてたの!』に決まってる。
大学に入るまでは真面目な優等生だったはずなのに、入学してしまったらこの調子では心配するに決まっている。
「早く帰らないと、お母さんに怒られちゃうから」
「じゃあ、また明日ね」
「じゃあね。今日は、ありがとう」
友達の優しさに感謝しながら、母の雷が落ちないことを祈りつつ、希良は駅に急ぐ。
と、そこには見覚えのある人物が、恥ずかしくもなく地面に腰を下ろし、それも胡坐?で正面を向いたまま微動だにしない。
―――げっ、木谷…。
何やってるのよ、こんなところでこんな時間に…。
「木谷、あんた何やってんの?」
腰に手をあてて、スラッとした足で仁王立ちした希良を恭介は下からゆっくりと見上げる。
「藤沢。遅いんだよお前、やっと来たのかよ。待ちくたびれただろうが」
―――待ちくたびれただろうがって言われても、待っててなんて言ってないし…。
っていうか、この男はここで3時間以上もあたしを待っていたわけ?
麗に行けないって頼んだのに何でこの男はここで待ってるの、聞いてなかったわけ?
「待ちくたびれたって、あたしは行かないって言ったでしょ?麗から聞いてなかったの?」
「聞いたけど、俺はメモに書いただろ。『来るまで待ってる』って」
「確かにそう書いてあったけど、あたしは行かないって言ってるんだから、いくら待ってたって来ないのに」
「来るって、信じてたから」
「はぁ?」
―――来るって、信じてた?
バッカじゃないの。
あたしは、そんな人間じゃないわよ。
「バッカじゃないの?あたしは来るつもりなんて、これっぽっちもなかったの。ただ、偶然通っただけなんだから。もし通り掛らなかったら、あんたいつまで待ってたのよ」
「さぁ、終電くらいか?」
「馬鹿…」
呆れて、馬鹿…って言葉しか出てこない。
こんなところに座り込んで、終電まで来るはずのない人を待ってるなんて…。
『やっぱり、馬鹿ね』と思いながらも希良は、彼の横に並んで座る。
低い位置で行き交う人々を見ていると、なぜだろう不思議と心が落ち着いてくるような気がした。
「ねぇ、どうして?どうして、急に映画に誘ったりなんか…それに信じて待ってたなんて」
「あのさ。藤沢と俺って、どういう関係?」
「関係?」
どういう関係かと聞かれれば、友達と答えるだろう。
「友達じゃないの?あたし達って」
「友達か…」
フっと笑う恭介の顔が少し寂しげに見えたのは、気のせいだろうか…。
「木谷は違うの?」
「違わないけど、変えたいって思った。友達以上になりたいなって」
「え?」
―――友達以上?
それって…。
「藤沢は嫌?俺と友達以上の関係になるの」
「嫌っていうか、そんなことはないけど…」
「だったら、いいってこと?」
またまた、横を向くとすぐ目の前に彼の顔があって…。
やっぱり、いい男だなと思う。
でも、ちょっと結論を出すのが早過ぎやしないだろうか…。
「わぁっ、ちょっ何よ」
「あのなぁ、そんな声出さなくてもいいだろ?手を握ったくらいで」
「だってぇ」
手を握ったくらいでというが、希良はこういうことは初めてで慣れてないのだから仕方がない。
「だってぇも、クソもないの。凹むだろ?」
「あたし、初めてなんだもん、男の人と手を繋ぐの」
「俺だって、そうだよ」
「えぇ?」
―――うそ…木谷も初めて?信じられな〜い。
高校生の時も結構付き合っているように見えたけど、あれはそうではなかったということ?
「何だよ、その顔は信じてないな」
「木谷って付き合ってた子、いなかった?」
「いないよ。お前、なんか俺のこと誤解してるよな」
「案外、真面目なんだ」
「案外じゃなくて、真面目なの。言っとくけど、俺は藤沢としか付き合うつもりはないから」
指を絡めるようにして握られて、希良の心臓は一気に鼓動を早めた。
恐らく希良が気付かなかっただけで、彼はずっと前からそう思っていたのだろう。
「彼氏が欲しいんだろ?だったら、いいじゃん俺で」
「それ、誰に聞いたの?」
「麗ちゃん」
―――やっぱり…。
麗ったら、余計なことを話してぇ。
木谷の言う通り、彼氏にするには十分過ぎるというか、もったいないくらいね。
「わかった。木谷とは友達以上になってもいいけど、恋人になるのはもう少し待ってね」
「何だよ、それ」
希良の提案に納得できない恭介だったが、誘いを断られた時点でダメだと思っていたことを考えれば、ここまで来られたことはヨシとしなければいけないのかも。
「あたし、ちゃんと木谷のこと好きになりたいんだもん」
友達じゃない、一人の男の人として彼を好きになりたい。
だから、今はまだ恋人未満。
To be continued...
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