「ノエル、今年こそは彼氏できた?」
そんな嫌味なことを言ってくるのは、一人しかいない。
首藤 亜佐美(しゅとう あさみ)、ノエルとは中学から短大まで同じ学校に通っていた同級生で、親友。
しかし、この時ばかりは、親友をやめさせてもらおうと毎年思うのである。
「うるさいわね。いいでしょ、そんなことどうだって」
「今年もダメだったの?かわいそうに…」
―――ちっとも、そんなふうに思っているようには見えないけど。
金子 ノエル(かねこ のえる)、21歳。
去年短大を卒業して、今年社会人2年目である。
そして、どうでもいいが彼氏いない暦21年、もうすぐ22年になろうとしていた。
名前の通り、ノエルは12月25日生まれ。
よりによって、なんでこんな日に生まれたのか…。
はぁ…。
「いいの。そういう星の下に生まれちゃったんだから、仕方ないでしょ」
「ノエル、すっごく可愛いんだから、もっと自分に自信をもちなさいって」
亜佐美なんかよりもずっとノエルは可愛いし、優しくて人の世話ばかりやいている本当にいい子。
なのになぜ、彼氏ができないのか?
女子校に通っていたこともあって、男性とは縁がなかったといえばなかったかもしれないが、それでも亜佐美には彼氏ができた。
奥手という部分もあるが、たまに無理矢理合コンに誘うと男性陣の目は100%ノエルに注がれているのがわかるのにうまくいかないのは、自分のことより周りを優先させてしまうから。
そんなノエルの態度を見た男性は、その気がないものと思って離れていってしまう。
悪循環なのかもしれない。
「可愛くないから、彼氏ができないんじゃない」
「そんなことないって。あたしが男だったら、絶対惚れるもん」
「ありがと。その言葉だけで十分」
今年のクリスマスこそ、ノエルに彼氏ができますように…。
そう心の中で願う、亜佐美だった。
+++
―――こんな時間まで付き合わされるとは、思わなかった。
まだ、週末だっただけ救いだわ。
今日は、年末には少し早いがノエルの職場の忘年会だった。
早めにやってしまわないとどこのお店も予約でいっぱいになるし、何かと忙しい時期なので、毎年師走に入るとすぐに済ませてしまう。
あまりお酒の飲めないノエルだったが、2次会まで付き合わされて、気が付けばこんな時間。
問題は、終バスに間に合うかどうか。
―――バス、行っちゃうかな。
バスに乗れないと徒歩で30分以上かかる。
タクシーも週末ともなれば長蛇の列。
ノエルの家には車はないから、自力で家に帰るしかない。
―――あ〜間に合って…。
車両の奥に押し込まれていたノエルがホームに降り立つだけでも時間がかかり、尚且つ改札を抜けるまでが大変だ。
やっとのことでバス停に辿り着いた時には、既にバスの姿はなかった。
―――あん、もうっ。
バス行っちゃったじゃない!それに雨降ってるし!!
無常にも大粒の雨が、どんどんノエルの着ていたコートに染みを作っていく。
―――こういう時に限って傘、持ってないし…。
今朝の天気予報では、雨が降るなどひと言も言っていなかった。
それなのにどういうことよ!
と叫んでみても、雨が止むわけじゃない。
―――あっ、そんなことよりタクシー並ばないと。
こんなところで、モタモタしている場合ではない。
慌てて気持ちを切り替えて、タクシー乗り場へと向かったが、時既に遅し…。
大粒の雨が降る中、ノエルは最後尾に並ぶも、自分の番が来るのは一体いつになることやら…。
いつもならたくさんのタクシーが並んでいるロータリーも、今は見る影もない。
この分だと30分以上はここで待たなければ、乗ることは出来ないだろう。
まして、雨の中傘もないというのに…。
―――うそ…どうするのよ。
はぁ…。
こんな時間では、雨宿りできそうな店も開いていない。
困った…。
仕方ない、どうせここで待ってても濡れるのは同じだし、歩いて帰るかぁ。
暫く考えた後、ノエルはタクシーを諦めて歩いて帰ることにした。
道も車の多い大通りをひたすら歩いていけばいいし、いざという時のために携帯を握り締めて歩き出す。
こんな時間、雨の中を歩いている人すらいなかったが、それでもなんだか気持ちよかった。
プップーッ―――
プップーッ―――
5分ほど歩いた頃だろうか?一台の車にクラクションを鳴らされた。
初めは自分に対してのことではないと思ったノエルは気にせず歩いていたのだが、何度も鳴らされて足を止めた。
「おいっ。こんな雨の中、歩いて帰るのか?」
それは、誰もが知っている高級外車の助手席側のウィンドウを開けて、顔を出す若い男性。
暗がりでも、かなりのいい男と確認できる。
年齢は20代半ばくらいだろうか?
しかし、ノエルの全く知らない人物。
「あの、どちら様ですか?」
「俺?俺は通りがかりの者だけど」
―――通りがかりの者って…。
確かにその通りなのだが、他に言い方はないのか…。
「その通りかかりのあなたが、何の御用ですか?」
「だから、雨の中、歩いて帰るのか?って、聞いただろうが」
―――そうだけどっ。
何、その偉そうな態度は。
「だったら、なんだと」
「アホか!こんな時間に女が一人歩きなんて」
―――アホか!って、いきなり何よ。
失礼な。
「あなたに言われる筋合いは、ありませんっ!」
「おいっ、待てよ。危ないから乗れって、送ってやるから」
―――あなたの車に乗る方が、よっぽど危ないでしょうに。
「ご丁寧にお断りさせていただきます」
ノエルはにっこりと微笑むと男性の言葉を聞き入れることもなく、再び歩き出す。
―――こんなふうに声を掛けて来る人もいるんだわ。
気をつけないと。
「おいっ、人の話を聞いてないのか」
まだ諦めていなかったのか、男性はノロノロと車を動かしながらノエルに話し掛けてくる。
「もうっ、うるさいわね!あなたの車に乗る方が、よっぽど危ないってのよ」
「あはは、それは大丈夫だ。って言っても、信じてもらえないか」
「わかってるじゃない」
「ここからまだ、30分近く歩くんだろう?何かあってからじゃ、遅いだろうが」
―――えっ、どうして知ってるわけ?
この男性は、私の家を知っている?
もしかして…ストーカーとか…どうしよう…。
そうだっ、携帯で家に連絡―――。
「ぎゃぁっ…」
家に電話をしようと思ったら、いつの間にか男性は車を降りてきてノエルの頭からバスタオルをかぶせたのだが、何が起きたのかわからない彼女は悲鳴にも似た声を上げて暴れだす。
「こら、黙れっ。こんなに濡れて、風邪でもひいたらどうするんだよ。馬鹿タレが」
…え?
言葉は多少乱暴だが、そのあまりに優しい声にノエルも一瞬動きを止めた。
「ちゃんと無事に送り届けてやるから」
彼を100%信じられるわけではないが、きっと悪い人ではないと思う。
ノエルは、大人しく車に乗り込んだ。
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