ひとりぼっちのHoly Night
STORY4


「お姉ちゃん、お姉ちゃんったらっ」
「えっ…あぁ、睦月(むつき)」
「あぁ、じゃないでしょ。どうしたの?寒いんだから、早く家に入ったら?」

家の門の前でボーっと突っ立っていたノエルを不思議そうに見つめる、妹の睦月。
車の止まる音にノエルがタクシーにでも乗って帰って来たのだろうと思ったが、一向に家の中に入って来る気配がないので様子を見に出たのだ。
睦月は名前の通り、1月生まれの高校2年生。
彼女は、生意気にもノエルと違って彼氏いない暦に最近終止符を打ったばかりだった。

「…うん」

―――私、もしかして…もしかしなくても…キスされた!?
ファーストキス、速水さんに奪われちゃった…。

「お姉ちゃん」
「あっ、うん。今、行く」

そっと唇を指でなぞると、訳もなく体の奥がカーッと熱くなってくるのがわかって、なんだか恥ずかしかった。


+++


「亜佐美、お弁当食べないの?」

お昼休みの時間にお弁当も食べずに亜佐美は、真剣に雑誌を見てる。

「イヴまで、もう一週間じゃない?彼にあげるプレゼントで迷っちゃって、まだ買ってなかったのよ」

そう言えば、クリスマス・イヴまで一週間。
世の女の子達は、彼のために一生懸命プレゼント探しをしているのだろう。

「そう言えば、ノエルはどうするの?彼と一緒にクリスマスを過ごすんでしょ?」
「え?」
「違うの?」

速水にはほとんど毎朝送ってもらっているし、たまに食事をということも言われていたが、ノエルがお礼をした日から彼の仕事が忙しく、とてもそんな雰囲気にはなれなかった。

「忙しいみたいで、とてもクリスマスって雰囲気じゃないんだもの」

それに…キスはされたが、好きだとか付き合って欲しいという言葉は、まだないし…。

「でも、25日はノエルの誕生日じゃない。彼も知ってるんでしょ?」

つい、名前を聞かれて誕生日まで言ってしまったのだが、おまけに彼氏いない暦21年という話まで…果たして、彼は覚えているのだろうか?

「そうなんだけど…」
「待ってるだけじゃ、ダメなんだからね?」
「うん…」

―――速水さんとクリスマスを過ごせたら…。
彼と過ごす憧れのクリスマス…かぁ。

「あっ!ちょ、ノエルっ」
「どうしたの?そんな、大きな声を出して」

亜佐美は大きな声を出しながら、手でテーブルを何度も叩いている。

「ちょっ、これ見て」

雑誌を出されて「ここっ、ここっ」と指で示された場所には…。

「えっ、速水さん」
「ずっと、どっかで見たことがあるなって思ったのよ。たまに雑誌で見掛けるっていうか、あの人、うちの会社の専務だから」
「えぇぇ、専務!?」

只者ではないと思っていたが、まさか自分の勤める会社の専務だったとは…。

「いわゆる、御曹司ってやつ?父親が、社長。ノエルの彼氏が、次期社長なんてね。すっごい玉の輿じゃない」

―――そう言えば、うちの社長って、速水って名前だった。
だから、会社の所在地を知ってたのねって、当たり前かぁ。

相当興奮気味の亜佐美だったが、初めこそ驚いていたノエルは意外にも落ち着いている。

「ノエル?嬉しくないの?」
「なんで?」
「なんでって、彼氏が御曹司なのよ?」
「まだ、彼氏じゃないもの」
「何?その棘のある言い方は」

速水が彼氏ではないのは、本当のこと。
でも、良かった。
そんなすごい人と、お付き合いすることになっていなくて…。

「亜佐美に教えてもらって良かった。変なことになる前に知って」
「変なことって何?まさか…」

相手が御曹司だからって、諦めるとか…そういうことじゃないでしょうねぇ。

「でも、自分の会社の専務の顔も知らなかったなんて…」
「社長の顔は知ってても、他の役員の顔や名前まで、いちいち覚えてないわよ」
「だけど、そんな偉い人に毎朝送ってもらってたなんてね。社長に知れたら、クビにされるかも」

冗談を言いながら「あはは…」と笑うノエルだったが、心境は複雑。
クリスマスを一緒に過ごすどころか、もう今までのように話すこともできないかもしれない。
明日から、どうすればいいのだろう…。
彼の顔が浮かんできて、胸の奥がキュンと切なくなるのだった。


+++


次の日の朝、迷った挙句ノエルはいつもの時間に家を出た。
これが、彼に逢う最後の日になるかもしれない。
短い間だったが、本当に楽しかった。
バスの列の最後尾にいたノエルはそんなことを考えながらジーっと足元を見つめていると、小さくクラクションを鳴らされて、目の前に高級外車が止まる。
初めの日こそ、『ノエルっ』と大きな声で呼ばれて困ったが、今はそう呼ばれることもない。
カチッとドアのロックが外される音がして、ノエルは助手席に乗り込んだ。

「おはようございます。今朝も寒いですね」
「あぁ、おはよう。俺さ、朝がめちゃめちゃ弱いんだ。目覚ましなんか、10個くらいセットしないと起きられなくてさ。それに寒いのは、もっとダメ。ベットから出られなくて」

―――将来の社長が、目覚ましを10個もセットしているなんて…。
そういうことを知っている人も、あまりいないのだろうな。
なんて、ちょっと嬉しかったりもする。

クスクスと笑い出すノエルに…『また、笑われたか』と思う速水だったが、今この笑顔を独り占めできる男は恐らく自分だけのはず。
そう思っただけで、顔がニンマリしてしまう。

「朝が弱いのに今のところ毎朝同じ時間にここを通るなんて、すごいじゃないですか」
「それって、褒められてるのか?」
「えっ、あっ。そんなつもりじゃ」

―――ヤダ、私ったら。
専務に向かって、失礼なことを言っちゃった…。

「別にいいんだけど。っていうか、ノエルに毎朝逢いたいから、これでも頑張って起きてるんだ」
「え?」

―――逢いたいから…。
そんなことを言われると、勘違いするじゃない。

「遅刻しないのは、ノエルのおかげだな」
「速水さん、遅刻するんですか?」

―――専務なのに遅刻するの?

「そりゃ、俺だって遅刻するだろ」

自信満々に言うことではないが、そこが彼らしいところなのかもしれない。
また、クスクスと笑い出すノエル。

「あのさ―――」

そんな彼女に速水は、意を決してクリスマスを一緒に過ごして欲しいと誘おうとしたのだが…。

「速水さん、信号青ですよ」
「あっ、あぁ」

タイミングを逃して、その日は言うことができなかった。


+++


『あれ?ノエルが、いない』

左腕に着けていたフランク・ミューラーの腕時計に目を向けた速水だったが、いつもと変わらない時間のはず。

『どうして、いないんだ?俺には、遅刻するんですか?と聞いたくせに自分が遅刻か?』

それとも、体調でも崩したのだろうか…。
男と付き合ったことがない彼女に携帯の番号やメルアドをすぐに聞くのはどうかと、そのままにしていたのが失敗だったと今になって思っても遅い。

『こんなことなら、聞いておくんだったな』

毎朝、彼女の顔を見るのが楽しみで、それが当たり前になっていただけに一度でも逢えないとなるとこの寂しさは計り知れないものがあった。
ここまで嵌るとは正直思わなかったが、それくらい速水にとっては大切な存在になっていたということ。
今日こそは、クリスマスに誘おうと思ったのに…。
明日は、逢えるだろう。
そう言い聞かせて車を走らせたが、次の日もその次の日も彼女は、そこにいなかった。


+++


「ゲホッ、ゲホッ」
「お姉ちゃん、大丈夫?お風呂上りに薄着でいるから、風邪ひくんじゃない」
「ごめんね。うつるといけないから、あんまり側に寄らない方がいいわよ」
「うん。お母さんがお粥を作ってくれたから、食べて早く元気になってね」
「ありがと」

ノエルは睦月の言っていたようにお風呂上りに薄着で過ごしたせいか、38度5分の熱を出し、会社を3日間休んでいた。
熱はなかなか下がらず、昨日やっと病院に行ったが、今度は咳が治まらない。

―――あぁ〜風邪をひくなんて…。

もしかして、突然現れなくなったノエルに、彼は心配しているかもしれない。
でも、これで良かったと思ったりして…。
このまま、逢わなくなれば…。
そう思いたかったが、1日でも逢わなければそれ以上に逢いたいという気持ちが強くなる。

―――逢いたいな、速水さんに…。
その前に早く元気にならなきゃ。
あまり食欲はなかったが、母親の作ってくれたお粥を頑張って食べることにした。



『彼女は、どうしたんだ…。なんで、いない…』

速水は、イライラを募らせるばかりだった。

『はい。野坂ですが』
「俺だ。ちょっと来てくれないか」
『わかりました。すぐに伺います』

電話を切るとすぐ、ドアのノックと共に入って来たのは、30代初めの髪を短く刈り上げた男。
専務付である。

「専務、何か」
「うちの社に金子 ノエルという女子社員がいるはずなんだが、会社には来ているかどうか至急調べて欲しいんだ」
「カネコ ノエルさんですか?部署などは」
「そんなこと、お前が調べてくれ」
「はぁ」

随分とまぁ、ご立腹の様子だなと思う野坂。
速水が専務になる前から仕事を共にしているが、今まで女子社員を調べるなどということはしたことがない。

「早くしろ」
「わかりました。だから、ここ数日専務の機嫌が悪いんですね」
「うるさい。余計なことはいいから、とっとと調べてくれ」
「はいはい」
「はいは、一度でいいっ」

笑いを堪えながら、野坂は部屋を出て行った。

「ったく、野坂のやつ」

野坂はそんなに歳も離れていないから、速水にとっては兄のような存在だった。
しかし、クールな顔をしておきながら、たまにどうでもいいところでツッコミを入れてくる。
だから、あまり頼りたくはなかったのだが、他に方法がなかったのだから仕方がない。

暫くした後、再びドアがノックされて、野坂が戻って来た。

「どうだった?」
「はい。金子 ノエルさんは、住宅販売部1課に所属しておりまして…」
「前置きはいいから、早く結論を言ってくれ」
「わかりました。一昨日から、風邪で休んでいるそうです」
「風邪?」

―――やっぱり、そうかぁ。

速水は、どっかと大きな椅子に体を埋める。
そうかなとは思っていたが、もしや嫌われた?という思いが全くなかったというわけではない。

「で、症状は?」
「さぁ、そこまでは。ご自分で確認されたら、いかがですか?」
「それができたら、苦労しないんだよ」

―――それができないから、頼んでるんじゃないか。

「お見舞いにでも、行かれたらいかがですか?」
「見舞い?」
「彼女に早く元気になってもらわないと、せっかくのクリスマスを一緒に過ごせませんからね」
「そうなんだよ…っていうか、ひと言余計だ」
「はいはい」

―――はいは、一度でいいって、言っているのに。
それより、見舞いかぁ。
行きたいのは山々だけど、いきなり家に行ったりしたら、家族がびっくりするだろう。
少しキザだが、取り敢えず花でも届けるか。

「野坂」
「お花は、どのようなものにいたしましょうか?」
「あ?あぁ、野坂に任せる」
「わかりました。すぐに手配いたします」

言わなくても、わかってしまう。
―――さすが、野坂だな。
明日は、元気に出てくるだろうか?
いや、出てきて欲しい。
早く顔が見たい。

二人の気持ちは、同じだった。


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