ひとりぼっちのHoly Night
SP

※ 本編及び、続編の後にお読み下さい


『今度、両親に会ってくれないかな』

これは社員旅行中に遼に言われた言葉だったが、正にその時が刻一刻と迫っている。
彼の両親としては早く息子に身を固めてもらい、仕事に専念して欲しい。
そんなところだろうが、ノエルにしてみれば彼氏が出来たこともつい最近のことなのに彼の両親に会うなどということは未知の世界のこと。
想像すらしていなかったから、もし気に入ってもらえなくて彼との仲を裂かれるようなことになったりしたら…。
『遼を息子を頼みますよ』と彼の父は優しく声を掛けてくれたが、社交辞令かもしれないし…。
『心配しなくても大丈夫。親父には、同じ会社に勤めてることも全部話した上でのことだから』と言っていた彼の言葉も今は信じることすら難しい。
そんな不安だけが頭を過って、昨晩はよく眠れなかった。

「緊張してる?」
「はい。心臓が飛び出しちゃうくらい、緊張してます」

その一言で、ノエルの気持ちは十分に伝わってくる。
彼女を守ってあげられるのは、自分しかいないのだから。
そっと手を握ると微かに震えているのが感じられ、思わず自分の胸に抱き寄せた。

「大丈夫だって。いつもの元気で可愛いノエルでいれば」

そうは言われても、いつものままで気にいってもらえるとは到底思えない。
料理もまだまだ、お茶やお花もかじった程度、着付けだって最近ようやっと習い始めたばかりだという段階ではとても将来社長になる息子の相手になど相応しくない。
それにノエルより綺麗な女性なら山ほどいるはず、『何も、私を選ばなくても…』考えれば考えるほど落ち込む要素しか見つからなかった。

「ほら。親父もお袋も待ちくたびれてるだろうし、早く行こう」

不安を抱えつつも頑張って笑顔を向けるノエルの額にそっとくちづけると、車の助手席に彼女を乗せた。
今日の彼女はシックなクリーム系のウエストに黒い大きなリボンがポイントのワンピース姿、セットになったリボンと同じ黒いボレロの前で結ばれたポンポンがとても可愛らしい。
両親になど会わせている場合じゃなくて二人でどこかに行きたいくらいというのが遼の本音だったが、会社で父親にうるさく言われて仕方なく車を走らせた。
遼の実家はそう遠いところにあるわけではなく、車で30分ほどの閑静な住宅街にある。
職業柄か改築が趣味になってしまった父親は、一体何度家を建て直したことか。
今住んでいる家のコンセプトは年も取ったし、将来を考えたバリアフリー設計の和風テイストだったが、そこは社長しっかり自社の宣伝も怠らない。
パンフレットに載せたりして、結構受注があるというのだからすごい。

程なくして遼の運転する車は、ある大きな家というか屋敷という言葉の方がしっくりくる門の前で止まった。

「着いたよ」
「こっ、ここなんですかぁ?」

ドアガラスにぺったり顔を近づけるようにしてノエルが外を見ると、自分の背よりずっと高い塀に囲まれた木製の重厚な門が自動で開き始めた。
海外セレブの家とか、ドラマでは見たことがあっても、実際に目の当たりにすると日本にもこんな暮らしをしている人がいるのだなと感心するばかり。
遼の家も最初に入った時は驚いたが、それ以上の驚きに手入れの行き届いた庭を通り抜けると屋敷の前に車が止まる。
和風テイストではあるが、モダンな作りがとても素敵。
ノエルは半ば放心状態で車を降りると、何かが勢いよく飛びついて来た。

「わぁっ?!」

――― 子供?
始めは犬かと思ったが、とっても可愛らしい女の子達が3人も。
ノエルの周りにへばりついて、離れない。
それにしても、なんて可愛いのよ。

「こんにちは」

彼女達の視線に合わせるようにしゃがみこんで、挨拶する。

「こんにちは、のえるおねえちゃん」

一番、大きな子は幼稚園に通うくらいの年代だろうか?しっかりした口調で挨拶を返す。
ノエルがもう一度「こんにちは」と言うと、妹なのか二人の女の子達もちょっと舌足らずでたどたどしくも、きちんと答えてくれた。

「オイオイ。らいら、真鈴(まりん)、来夢(らいむ)。俺には、何にもないのかよ」

不満気な様子の遼が車から降りて来ると、3人は彼に向かって「りょうおにいちゃん、こんにちは」と取り敢えずという感じだろうか?ペコリと頭を下げた。
小さいのに何と礼儀正しい子供なのか、それにしても彼女達は?

「ごめんな。いきなり飛びついてきたから、驚いただろ?この子達は、俺の姪なんだ」
「姪?」

そう言えば、遼には妹がいると聞いていたし、子供の話も知っていたけど、3人も?いたなんて…。
妹さんは確か、遼より2つ下だったような。
ということは、ノエルの年代で既に子供がいたのかもしれない。

「そう。妹の恵(けい)の子供な―――」
「こんにちは、ノエルさん。妹の恵です」

「さすが、お兄ちゃんの見初めた人ね。可愛いわぁ」と玄関から出て来たのは、遼にどことなく似ているものの超美人さん。
思わず見惚れていたノエルは、挨拶するのが半歩遅れてしまった。

「こんにちは。金子 ノエルと申します」

急いで立ち上がると頭を下げたノエルに恵(けい)は、「固っ苦しい挨拶は抜き抜き。父と母が首を長〜くしてお待ちかねなのよ」と背中を押してあっという間に家の中に入れてしまう。
残された遼は、『やれやれ』という表情で3人の姪っ子達を連れて後から付いて入った。



子供達もいるとは聞いていなかったので、お土産に持ってきた“どら焼き”では申し訳ないと思ったが、意外にもウケてくれたのでホッとした。
ちなみにこの“どら焼き”、開店30分で売り切れは当たり前の超人気店で、姉のために妹の睦月が朝早く何時間も前から並んで買ってきてくれたもの。
その代わり洋服をおねだりされ、ちゃっかりしてと思いつつも、可愛い妹が協力してくれたお礼だから仕方がないわねと買ってあげる約束をした。
室内は明るく広くて、遼の家に行っても思ったが、モデルルームみたいでついキョロキョロしてしまう。

「はじめまして。金子 ノエルと申します」
「ノエルさん。今日は娘も孫も来てますから賑やかですが、さぁ、こちらへどうぞ。遼がいつ連れて来てくれるのか、ずっと待ちわびていたんですよ」

遼の父は社員旅行で顔を合わせて会話をした時と同じ、とても優しくノエルを迎えてくれ、隣にいる初めて見る彼の母も美しい人で、遼や妹の恵(けい)のような兄妹が生まれた理由がわかるような気がした。

「本当に可愛らしい方ね。ノエルさん、お腹が空いたでしょう?張り切ってお料理を作ったので、沢山食べて下さいね」
「どうか、お構いなく」

「いいのよ、気にしなくて」という母に自分なんかのような者に…そんなふうに思うとなんだか、恐縮してしまう。
そんな時も3人の可愛いエンジェル達がノエルの周りを取り囲んでいて、緊張や不安を取り除いてくれた。

「ほら。らいら、真鈴(まりん)、来夢(らいむ)。ちゃんとノエルさんにご挨拶したの?」
「うん。らいら、ちゃんとのえるおねえちゃんにごあいさつしたもん」

「まりんもらいむも、ちゃんとちたもんね」とエンジェル達はちょっぴり膨れっ面で、抗議する。
ノエルが「きちんと挨拶してくれました」と告げると彼女達も、元の笑顔に戻る。
―――あぁ〜ん、可愛いっ。
お人形さんのような彼女達を順番に抱き上げる。

「女の子3人ばかりで、大変なのよ。こんなことは大声では言えないんだけど、3人目は男の子ってちょっとは期待したりして」

ポロッと出た恵(けい)の本音。
恵(けい)は大学在学中に兄である遼の同級生であり、親友だった彼と電撃入籍、出来ちゃった結婚したのだという。
その後も年子で子供ができ、跡取りということで3人目は男の子と期待は持っていたのだが、またまた姫が…。
可愛いことに変わりはないけれど、今日は仕事の都合でここには来られなかった旦那様も会社を経営している関係で色々事情もあるのだろう。

「うちも、妹と私の女二人ですから。姉妹って、すっごくいいですよ。一緒に出掛けたり、悩み事とか相談したり」

金子家も娘二人だから、跡取り問題が全くないわけではない。
両親は口には出さずとも、本心では婿を取りたいと思っているだろう。
父は金子家の長男ではないので絶対婿をとは思わないにしても、娘二人がお嫁に行ってしまったら一体誰がお墓を守るのか。
悩みは尽きないけれど、妹とはとても仲がいいし何でも相談できる。
兄や弟がいないノエルには男兄弟の良さはわからないが、妹がいてくれて良かったと思うことはいっぱいあった。
だからきっと、この子達もお互いが掛け替えのない存在であるはずだから。

「そうなの?あら、お兄ちゃんったらそういうことをきちんとノエルさんのご両親に話したのかしら?」
「お付き合いを始めたばかりですし、先のお話はまだ」

遼はもちろん妹と二人姉妹だということを知っているが、付き合って間もない上に将来の話などまだしたことがない。
その前に遼の両親にお付き合いを承諾してもらう方が先のように思っていたから。

「え?もしかして、お兄ちゃんはノエルさんのご両親に挨拶にも行ってないの?」

恵(けい)は、ジロっと兄に視線を向けると突き刺さるような視線に遼は一歩後ずさる。
挨拶に行こうと思ってはいたのだが、順番が逆になってしまったかもしれない。

「いや、俺はだな」
「ダメじゃない。そういうことは、きちんとしなきゃ」
「はい」

遼も妹には頭が上がらないらしい。
そんな二人のやり取りを見ていたノエルと、エンジェル達はクスクスと笑っている。

「りょうおにいちゃん。ママにおこられてる」
「「おこられてるぅ」」

「あ〜うるさい」なぁと女性陣にやり込められて、さすがの遼も逃げ場がない。
…何で、こんな時にあいつはいないんだよ。
こういう大事な日に限って不在である恵(けい)の旦那を恨んでも、仕方がないのだが…。
ノエルの家のことは、遼だってきっちり考えているつもり。
その辺のことも含めて話をするために挨拶に行かなければならないことも。

「あら、何をそんなに楽しそうにお話しているのかしら?」

食事の準備をすると言っていた筈の母まで釣られて入ってきそうだったので、遼は「何でもありませんっ」とそそくさと退散する。

…予感は、的中したな。
こうなる予感は、遼にも十二分にあった。
ノエルを気に入らないわけがないし、姪っ子達を見ればわかる。
子供は正直だ。
綺麗なお姉さんに、あんなに纏わり付いて。
それにしても、俺は除け者なのかよ。

「あの子達も、ノエルさんを気に入ったようだな」

ちょっぴり寂しく思う遼が側で楽しそうに遊んでいるノエルと姪っ子達を眺めていると、いつの間にか隣に父が立っていた。

「親父はどうなんだ?ノエルのこと」

今日ここへ連れて来たのは両親にノエルとの付き合いを承諾してもらい、結婚の準備を進めたかったから。
まだ、この話はノエルにもしてはいなかったけれど。

「みんながノエルさんを好きなのに、私が嫌いなはずがないだろう?いやぁ、娘は何人いても可愛いなぁ」

ここにいるのはいつも会社で顔を合わせている社長ではなく、父親なんだなと久し振りに家に帰って来たと実感したような気がした。

「じゃあ」
「ほら、母さんもあんなに嬉しそうだ。これは早くしないと騒ぎ出すぞ?」

父が言う早くは、結婚のこと。
実の娘があんなに早く嫁にいくと思っていなかった母は、口に出さずとも寂しさを紛らわすように積極的に外へ出るようになった。
元々社交的な女性だったが、今はそれ以上。
遼に決まった女性(ひと)がいるとなれば、早く結婚して欲しいと思っているに決まってる。
恐らく、そうなれば一緒に住もうと言い出すのは時間の問題だろう。
自立という意味で今は一人で暮らしている遼だって将来は同居することも頭に置いているが、それこそ益々ノエルを独占できなくなる。
それだけは、勘弁して欲しい…。

「近いうちに彼女のご両親にも挨拶に行って来るよ」
「その方がいい」

「母さんにそれを毎日言われると思うとなぁ」と話す、これは父の本音。
息子と会社で一緒なのだということをいいことに、母から色々言われるのは遼にも想像がつく。
急に身が引き締まる思いの遼だったが、ノエルを温かく迎えてくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいだ。

「でもなぁ、ノエルは俺だけのモノなのに…」

はぁ…と溜め息を吐く遼を、父は優しく見守るように微笑んでいた。


To be continued...


続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助


NEXT
BACK
INDEX
EVENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.