プリンな彼女
ホスト君の悩める恋事情
1/2


+++

あっ、ハルくんから!!

机の上に置いてあった携帯電話がブルブルと数回震えて止まった。
あの夜、あたしはハルくんとメルアドの交換をしたのだが、彼はマメなのかはたまた職業柄か、日に何通もメールを送ってくる。
これじゃあ、彼氏みたいじゃないと心の中で思いつつ、そんなことは絶対にないと誓っていても、航貴に後ろめたい部分もあったりして…。
恋人の携帯電話を覗く覗かない?の議論は世間でも色々あるけれど、あたしは彼を信じているし、自分も疚しいところはないと自負してる…から。
会社でもセキュリティうんうんに関しては問題になっていることもあり、携帯電話に関しても他人に見られないよう設定はしているんだけど。
電話機を持ってそっと席を立つとトイレに入る。
『祐里香さん、今は大学で講義中なんだけど、眠くて眠くて───』
こんな他愛もないことなんだけど、それはそれで嬉しかったりもして。

「祐里香さん、な〜に嬉しそうに携帯見てるんですかぁ?」
「真紀ちゃん…」

「らぶらぶ〜な彼氏さんからのメールですかぁ?」興味心身で覗き込もうとしている真紀ちゃんから慌てて携帯電話を隠す。
危ない危ない、どこで見られているかわからないわ。

「違う違う。航貴は仕事中にメールなんか送ってこないわよ」

それと、らぶらぶ〜じゃないし。

「そうなんですか?てっきり」

そんなふうに思われるほどの顔をしていたことに自分でもびっくりしたせいか、「と、友達から。暇してるみたいでね」変にどもってしまったが、余計に怪しまれやしないだろうか?

「あっ、祐里香さん。ホストクラブに行ったって、どうでした?」
「は?」

どどっ、どーしてそれを…。

メールの相手から話題が逸れたことはいいとしても、なんで真紀ちゃんがホストクラブに行ったことを知っているの?
まぁ、犯人は桂子に違いないのだが、真紀ちゃんの耳に入っているということは航貴の耳に入るのも時間の問題!?

「なっ、なんでそれを真紀ちゃんが知ってるの?」
「違う部にいる同期の子に聞いたんですけどね。林さんていう、祐里香さんの同期なんですよね?すっごい楽しかったと自慢してたとか」

あぁ…。
桂子…恨むから。

「別にホスト通いにハマったとか、そういうんじゃないのよ?桂子の、林さんの友達の弟がそこでバイトしてるっていうんで偵察に行っただけで」

あたしったら、ちっとも弁解になってない?

「でも、ちょっと興味ありますよね。あぁいう世界には」

あら、意外。
真紀ちゃんもホストクラブに行ってみたかったりするの?

「へぇ、そんなことを小山課長が知ったら大変じゃない?」
「そっ、それはっ」

「言わないで下さいね」懇願する真紀ちゃんはとっても可愛くて、ついいじめたくなってしまうのはあたしだけ?
目に入れても痛くないほど彼女のことが可愛いだろう小山課長のことだから、これを知ったら平常心ではいられないかも。

「大丈夫、言わないから。でも、行ってみたくなったら連れて行ってあげる」
「いっ、いえ。いいですぅ」

真紀ちゃんは、逃げるようにしてその場から出て行ってしまった。
あっ、あたしのことも言わないでねって言うの、忘れちゃったじゃない。



今日は朝からバタバタ忙しいなぁ、なんて思っていると携帯電話がブルブルと数回震えて止まる。
いつものハルくんに違いない。
あたしは息抜きにと電話機を持って席を立ったが、トイレには行かずについでにコーヒーでも入れようと給湯室へ。
そして、ちゃあんと誰も来ないことを確かめて。
『祐里香さん、今度の金曜日なんだけど、お店に来てくれないかな。俺の誕生日なんだよね。できれば同伴で』
あらっ、ハルくんのお誕生日?
今度の金曜日は今のところ予定は入っていないけれど、お店に行くのはちょっと…。
せっかくのお誕生日なんだから行ってあげたいのは山々だったが、航貴にもまだハルくんの話はしていないし、ましてや同伴なんて。
それより、そんな大事な日なら、家族でお誕生日を祝ってくれるんじゃないの?
ブルブルっ。
再び、携帯が震え出す。
また、ハルくんだわ。
『追伸。ごめんなさい、無理言って。姉貴、その日は用事があって祝えないからって』
寂しかったのね、ハルくん。
あたしで元気を出してもらえるなら、今回だけは行くしかないかっ。
『ハルくんへ。同伴であんまり高いお店はダメだけど。ハルくんを占有できるなら』
送信するとすぐにハルくんからの返事が来た。
『OK。他のお客さんは断って、祐里香さんだけのモノになるから』
まったく、調子いいんだから。
お誕生日なんて、絶好の書き入れ時じゃない。

「新井」
「げっ」
「彼氏に向かって、“げっ”はないだろう」

いや、だって、いきなり入って来られたらこういう声しか出ないでしょ。
ニヤついていたであろう顔を慌てて引き締める。
「俺にもコーヒー入れてくれよ」なんて暢気に。っていうか、会社なんだから彼氏とか言わないでっ。
誰が聞いているかわからないんだからっ。
急いで携帯を後ろ手に隠したけど、今のももしかして見られてた?

「あのさ、今度の金曜日なんだけど」
「えっ、き、金曜日?」
「なんかあるのか?」
「あるっていうか…」

たった今、ハルくんの誘いを受けると決めたばかりで、こんな…。

「いや、あるならいいんだ」
「何があるの?ことによっては断るけど」
「たいしたことじゃないんだ。週末だし、美味いもんでも食べに行こうかなって思っただけ」
「土曜日じゃだめ?腕によりを掛けて美味しいもの作っちゃうけど」

腕に力瘤を作る真似をする祐里香に航貴は「あぁ」と嬉しそう。
彼の血の滲むような料理教室での指導の甲斐あって、彼女の料理の腕はかなりのものになったが、いつもいつもご馳走になっていては悪いと思ったから。
それに携帯電話で、恐らく今もそうだがメールであろう相手のことが少々気にもなっていたからで。

「何がいいか決めておいてね」

「ちょっと待ってね、すぐコーヒー入れるから」何がいいかなぁ、メニューを考えているあたしを複雑な表情時見つめていた航貴だった。

+++

金曜日、あたしは定時即行で上がると化粧を直して待ち合わせ場所へと急ぐ。
おしゃれして来るとみんなに色々聞かれて困ると思ったから、ショールとかでアレンジして少しは華やかに見えるようになんてね。
でも、ホスト君と一緒に街を歩くなんて、ちょっと緊張しちゃう〜。

「ハルくん。ごめんね、遅くなって」

お誕生日に何をプレゼントしていいか、きっと彼にならお花を渡してもサマになるような気がしてフラワーショップに寄って来たのだが。

「時間よりまだ早いし、祐里香さんと会えるのが嬉しくて早く来ちゃったよ」
「さすがっ、ホスト君!!お姉さんを喜ばせるようなことを言ってくれるわね」

「はい、お誕生日おめでとう」深紅の薔薇の花束を持たせたら嫌味なほどカッコいいとは思ったが、それをあたしがやってもねぇ。
本当はやってみたかったけどね?
隣にいるのすら似合ってないんだから、パープルやブルー系の男性っぽい色合いでゴージャスというよりはシンプルにまとめてもらったつもりなのだが、どうだろう。

「ありがとう。嬉しいな」
「もらい慣れていると思うんだけど」
「そんなことないよ。意外に花なんてもらえないもんだから」

光沢のあるスーツ姿は彼にしか似合わない、そして男性なのに花束がこんなに違和感なく溶け込んでいるのはハルくんだから。
まず食事をと、あたしが選んだのは少し雰囲気のあるお店で、でもお手軽にピザとかが楽しめるイタリアン・レストラン。

「へぇ、祐里香さんは彼氏とこういうお店に来るんだ」
「あんまり来ないけど」
「そうなの?」
「家で食べる方が多いかな。彼がすっごく料理上手で、あたしったら彼の個人的な料理教室でレッスン受けて覚えたんだもの」
「へぇ、すごいな」

二人は、トスカーナのキャンティ・クラシコで乾杯する。

「21歳のお誕生日おめでとう。ハルくん」
「ありがとう」

カンパーイ
カチンとグラスを合わせる。
この役をお姉さんがやってくれたら、どんなにか嬉しかっただろう。
気持ちは伝えないと言っていたけど、本当にそれでいいの?

「どうかした?」
「ねぇ、ハルくん。お姉さんには───。今はお姉さんも、彼氏とかいないんでしょ?」
「俺のせいで、絶対苦しませることになるから」

第三者のあたしが、とやかく言うことじゃない。
本人が一番辛い想いをしているんだから、せめて元気を出して楽しい時間を過ごしてもらうことしかできないんだもん。

「今夜ね。彼に航貴っていうんだけど、食事に誘われたの」
「えっ、もしかして俺のために断ったりしたんじゃ」
「先に約束していたのはハルくんの方だから、全然構わないんだけどね。明日、美味しいものを作るって約束しちゃったのよ。何がいいと思う?」

石釜で焼いたパリパリのピザがテーブルの上に乗ると、目が釘付けになった。
あぁ、美味しそう。
だけど、さすがにピザは作れないなぁ。

「いいなぁ、航貴さんは。こんな綺麗で素敵な彼女がいて、手料理を味わえるなんて」
「あら、そんなことないわよ」

「ね、食べていい?」話なんて、そっちのけでピザに手が伸びる。
チーズがとろ〜り溶けて、よだれが出ちゃう。
ハルくんがクスクスと笑っているのも他所にかぶりつく。

「惚れ惚れするような食べっぷりだね」
「航貴もよく言う。特にプリンを食べている時のあたしに」
「プリン好きなの?」
「大好き」

彼女の彼氏は幸せだとハルは思う。
だって、一緒にいるこっちまで幸せな気分になってしまうのだから。

たらふく食べた後、ハルくんの勤めるクラブへと向かう。
腕を組んだりして、なんかホスト通い初心者のお姉さんも、ちょっぴり板についてきた?

「美園…」

「ハルくん?」店の入口、視線の先には綺麗な女性が立っていた。
もしかして、お姉さん!?

「美園っ」

ハルくんに気付いた彼女がきびすを返して走り出したのと同時に、その後を彼が急いで追い掛ける。

「ちょっ、待ってっ。ハルくん」

きっと、お姉さんはあたしのことを誤解したに決まってる。
それに用事があるっていってたのにここに来たのはきっと、訳があるはず。
最近、運動なんて全くしていないもんだから、ちょっと走っただけでも心臓が破裂しそうだ。
それでも、真実を話さなきゃ。

ゼーゼー

お姉さんを捕まえたハルくんにあたしが追いつくこと、数分遅れ。
二人とも足速いって。

「美園、どうしてここに」
「今日は智晴の誕生日だから、ナイショでお店に来ようと思ったの」

店で働いていることは包み隠さず姉の美園には話していた智晴だったが、まさかここに来るとは考えてもみなかった。

「ごめんね、迷惑だったわね」
「そんなこと───」
「そんなことないですよ」

まだ苦しいのか、すごい形相の祐里香が間に割って入る。

「ハルくんはお姉さんに来てもらえて…すごく嬉しいと思います」

はぁ…。
膝に両手をついて、息も絶え絶え言えたのはここまで。

「取り敢えず、どこかで休ませて」

しゃがみ込んでしまったあたしを二人に両脇から支えてもらい、近くのコーヒーショップに入る。
お邪魔虫だとわかっているが、お互いにただの姉弟と思っていないことは、うといと言われる祐里香にも感じられたから。

「お姉さん。えっと、私は林 桂子の友達で同じ会社に勤めています。新井 祐里香と言います」

「お姉さんが桂子にハルくんの様子を見てきて欲しいと頼んだ時、私も誘われてお店に行ったんです」あたしの告白にハルくんは目を見開いた。
単なるお客さんとばかり思っていたのが、実は姉の差し金だったとは。

「ハルくん、黙っててごめんね。彼とは気が合って。あの、私にはちゃんと彼氏もいますし、浮気とかそういうんでも全然なくって。ただ、色々とお姉さんの相談を」
「私の?」

美園も桂子からは友達と一緒に智晴の店に行ったと聞かされていたが、しっかり真面目にバイトしていたとホッとしていたところ。
だからこそ、誕生日に店に行ってみようなどと大胆なことを思いついたのだが、一体、自分の何を相談していたのだろう?

「祐里香さん、それ以上は」

こんな形で想いを知られるのは。
わかっていると祐里香は黙って頷いた。

「お姉さんは、今夜は用事があると聞いてました。なのにお店に来たのは…すみません、出過ぎたことを。私にも弟がいますけど、ホストクラブでバイトしたらもちろん心配はすると思います。でも、誕生日に行ったりは」

お姉さんも弟以上の感情を持っている。
だから、ハルくんとあたしが一緒にいるところを見て逃げ出したのだ。

「お姉さん、ちょっと」

祐里香は美園の腕を掴んで店の外に連れ出した。

「私、ものすごくお節介なんです。お姉さんとハルくんは血が繋がっていないことも全部聞いています。何を言っても大丈夫ですから」

今の顔を見れば、智晴が祐里香を信頼して相談したことは明白な事実だろう。
美園はお節介に甘えて洗いざらい話してみようと思った。

「弟なんて思っていたのは、子供の頃だけ。高校生になったら、急に男になっちゃって」

「彼女ができる度に嫉妬して。姉として失格なんです」話すお姉さんにあたしは思わず、ヨッシャと大声を出してガッツポーズ。
その姿に呆気にとられつつも、美園は笑いの方が先に出て。

「お姉さん、大丈夫です。ちょっと待ってて下さいね」

あたしは店内に残してきたハルくんを急いで呼んで来る。
何が起こったのかさっぱりわからない二人。

「ハルくん、あたしはこれで帰るから。航貴のために明日のメニューも考えないといけないし。なので、お姉さんを。いや、彼女を今夜は弟としてでなく、一人の男として最高のもてなしをしてあげてね」

「わかった?」あたしはお姉さんとハルくんの手を取ると、しっかりとお互いの手を握らせる。

「祐里香さん、彼氏に俺のことはちゃんと説明しておいてね」
「はいはい。そっちこそ、メールはたまににしてね。彼女に悪いから」

「わかったよ」二人の後姿を見送って、あたしは一人家路についた。

+++

「で?二人はその後、どうなったんだ?」

祐里香の手料理を楽しみにやって来た航貴。
全ての事情を聞いて、愛しの彼女は相変わらずだなと思いながらも、禁断の恋の結末がひどく気になった。

「どうなったと思う?」
「こらっ、焦らすなよ」

「だってぇ」すぐに言ったらつまらないじゃない。
航貴が手土産に持って来てくれた大好きなプリンが早く食べたくてしょうがないんだもん。

「ハルくんはちゃんと自分の気持ちを言ったんだって。そうしたら、お姉さんも同じ気持ちだった。めでたしめでたし、ハッピーエンドってわけ」
「そっか、良かったな」
「うん。良かったって思いたいんだけど、ご両親にしてみればどうなのかな。まっ、変な男に大事な娘を取られるより。それに息子の嫁が娘なら嫁姑問題でもめる心配もないわけだしね。じっくり話し合えば、わかってくれるわよね?」

祐里香のお節介が、叶わないと思っていた恋を成就させたわけだし、一歩先に進めたことは確か。
ハルくんもお姉さんも、すごく感謝してくれて、返って悪いような気もしなくもないんだけどね。

「ところで、俺に黙ってホスト通いしていたことについてだが」
「通いって、初めは桂子に頼まれたからで。次はハルくんが誕生日だって誘うからっ」
「こそこそ、メールもしてたんだろう?」
「こそこそってっ」

慌てふためいている彼女を見るのは、口には出せないが妙に魅力的でソソルんだ。
そして、大好きなプリンを食べている彼女が一番好きな航貴。

「今度からは、全部話して欲しいかな」
「わかりました。以後、気を付けます」
「素直でよろしい」

プリンを食べ始めた彼女には耳に入っているのかいないのか。
まぁ、どっちでもいいか。


END


←お話を気に入っていただけましたら、ポちっと押していただけるともしかして…。


続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.