───なんだって俺がよりによって女子高生の家庭教師なんぞ、やらなきゃならないんだ。
俺は目の前にある巨大なマンションを仰ぎ見ながら、大きく溜め息を吐いた。
話は一週間ほど前にさかのぼる、母親がいきなり『家庭教師を頼まれたから、お願い。永遠、バイト探してたでしょ?』と相手の名前と住所の書いてあるメモを俺の前に置いた。
確かにバイトは探していたが、個人相手の家庭教師などやる気は毛頭ないことを母親が知らなかったとは言わせない。
しかし、『教授になるつもりなら、これくらいいいじゃない。そんな無愛想でどうするのよ』と言われてしまうと返す言葉もないのだが…。
そうなんだよな…。
将来は大学で研究を続けたいという思いから院に進学したが、いかんせん俺は人付き合いが苦手。
というより、女性が苦手なんだ。
それを知っている母親は敢えて受けて来きたのだろうが、このメモは事後報告であって、もう断れないことを意味している。
まったくもって、確信犯だ。
俺はもう一度溜め息を吐くとマンションの中に足を踏み入れた。
勉強をみる相手の名前は、松本 綾葉 17歳。
何の因果か、俺の姉貴の通っていたお嬢様学校である麗泉女子学院の今年3年生になったばかりだそうだ。
成績は悪いほうではないが、あまり勉強が好きではないらしく、進学は併設の短期大学部と決めているらしい。
父親が会社を経営している関係で、お金には何不自由なく暮らしていける。
だから勉強などできなくても、体裁さえ整っていればいいからと俺の母親は言っていた。
そんないい加減な奴の面倒など、願い下げだったが、引き受けてしまった以上仕方ないだろう。
エントランスでメモに書いてあった部屋番号を押すと、すぐに彼女の母親であろう女性が応答に出た。
家庭教師に来た旨を伝えると自動ドアが開き、既に待っていたエレベーターに乗り込む。
一体何階まであるのかと思う位ボタンがズラッと並んでいたが、20のボタンを押すと静かに上へ向かって動き出した。
フロアに降り立つと何個かドアの前を通り抜けて2005室の前で足を止め、ブザーを押す。
もう訪問者が誰かわかっているのか、何も言わずに玄関の扉が開いた。
「初めまして。本日より、綾葉さんの家庭教師にまいりました新井 永遠です。よろしくお願いします」
「いいえ、こちらこそ無理言ってすみません。娘をよろしくお願いしますね」
声同様、とても上品な感じのする女性だった。
うちの母親とは大違いだな、などとはとても口に出しては言えないが…。
さすが個人経営とは言え、社長宅ともなるとスケールが違う。
玄関は大理石が敷き詰められていて、奥にはものすごく長い廊下が伸びていた。
「さあ、こんなところではなんですから。部屋に入って下さい。今、お紅茶を入れますからね」
俺は、母親の後に付いて部屋の中に入って行った。
通されたリビングはこれまた何十畳もあるようなとてつもなく広い部屋で、センスのいい家具が並んでいる。
中央に占めるように置いてあったソファーを勧められて、俺は「お構いなく」と一言添えてそこに腰を下ろした。
「綾葉、新井先生がいらしたわよ。挨拶なさい」
母親が、娘を呼ぶ声が聞こえた。
新井先生か…。
なんだかむずがゆい気がしたが、そう呼ばれるのも悪くないと思う自分がいたりして。
っていうか、近い将来そう呼ばれるかもしれないのだし。
しかしこんな家に住んでいるお嬢様なんて、とんでもなく我侭な奴なんだろうなと思っていると当の本人が姿を現した。
「こんにちは、新井先生。今日からよろしくお願いします」
俺の前に現れた少女は、ストレートに肩あたりまで延びた髪を染めるでもなく、白いブラウスにバーバリーチェックのスカートといういでたちで、予想に反してとても清楚な感じの礼儀正しい子だった。
それに、ものすごく可愛いかも…。
俺としたことが、女子高生相手に何を考えているんだか。
「こんにちは。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は中腰で作り笑顔で微笑むと、彼女は疑いもなくにっこりと微笑んだ。
その顔をどこかで見たことがあったなと、なぜか自分の姉である祐里香のことが頭に浮かぶ。
「じゃあ、これからどういうふうに勉強を進めていくか決めようか」
「はい。お母さん、紅茶は部屋に持って来てね」
彼女の後に付いて部屋に入ると、そこはやっぱり17歳の少女の部屋だった。
俺には何のキャラクターかさっぱりわからないが、ぬいぐるみやらなんやらが所狭しと置いてある。
「あっ先生、今子供っぽいって思いましたね」
「え…」
すぐに言い返せないことで、彼女は図星だったと判断したようだ。
「もうすぐ18歳なんだからお母さんにもやめなさいって言われますけど、好きなんだものしょうがないですよね」
俺には、何と言えばいいのかわからなかった。
この年代の少女と話をしたことがなかったということもあったが、あまりに屈託のない笑顔で言われると正直どう対応していいのかわからない。
でも、姉貴も同じだったからな。
「いいんじゃないのか?俺の姉貴も高校生の頃は、君と同じようにわけのわからないキャラクターで部屋を埋め尽くしていたからな」
「先生のお姉さんって、私の先輩なんですよね?綺麗でとっても素敵な人だったって、担任の先生が話してくれました」
あの姉貴が、学校でそんなに有名だったのか?
綺麗というのは認めないでもないが、気が強くてそれでいてめちゃめちゃお子様だぞ?
「そうか?あいつは気が強くて、おまけにお子様なのに」
「会ってみたいな。先生のお姉さんに」
「それだけはやめてくれ。あいつに俺が女子高生の家庭教師をしてるなんて知られたら、それこそとんでもないことを言い出しかねないからな」
『うわぁ、永遠が女子高生の家庭教師?それ犯罪じゃない。大丈夫?その仏頂面で泣かせてない?』とかなんとか言うに決まってる。
「ウフフ…先生、お姉さんには弱いんですか?」
「そんな…こと…あるわけないだろう?まぁ、姉貴の話はこれくらいにして。教科は英語だけで、いいのかな?」
姉貴に弱いというのは当たっていただけに、俺は誤魔化すように話題を勉強の話に摩り替える。
「はい、私英語が全然だめなんです。他の教科は、わりとできる方なんですけど」
この世の中、英語ができなければどこの大学にも入れない。
まぁ、彼女のような内部推薦の場合、一定の成績を取れば進学できるらしいから、取り敢えず学校の授業を中心に勉強を進めていけばいいだろう。
「だったら英語を中心にして、試験前になったら他の教科も勉強するようにしようか。俺は文系だから理数系はあんまり得意じゃないけどな」
そんなことを話していると、彼女の母親が紅茶を持って部屋に入って来た。
「ごめんなさいね、お話中。でも、良かったわ、先生がこんなに素敵な人で、ねぇ綾葉」
「ちょっ、お母さんったら、何言ってるの」
「あらあら、赤くなっちゃって。お邪魔虫は、退散しますね」
母親は、何やら意味深な言葉を残して部屋を去って行った。
隣の彼女はというと母親の言葉通り頬を赤く染めている。
その姿が、可愛いと思ってしまう自分はやはりどうかしている。
俺は、その気持ちを打ち消すかのように早速勉強を始めた。
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