「なぁ。今度の休みなんだけど、ちょっと付き合ってくれないか?」
「何かあるの?」
ただ付き合ってくれないかと言われて、ハイわかりましたと答える人はまずいないだろう。
当然のごとく、祐里香は何かあるのかと聞いてきた。
本当は言いたくはないけれど、言わなければ多分付いて来てはくれないに違いない。
言っても微妙だが…。
「実はさ、姉貴が祐里香を家に連れて来いってうるさいんだよ」
「姉貴って、航貴のお姉さん?」
前に航貴から3つ年上のお姉さんがいると言う話は聞いていたけれど、あたしに会いたいっていうのはちょっと引っかかる。
「そう。なんかこの前、祐里香と俺が歩いてるところを見たらしいんだ」
先週、祐里香と航貴は映画を観に行ったのだが、その後に夜景の見えるレストランで食事の予約を入れていて、まだ時間があったからとデパートでウィンドウショッピングをしていた。
どうも、その時に姉家族も同じ場所でショッピングをしていたようで、二人を見かけたと言うのだ。
「すぐに電話を掛けてきてさ、あんな可愛い子どこで知り合ったの!連れて来なさいってさ」
航貴は少し困った顔で言う。
どうも、あたしが思うにお姉さんには頭が上がらないようだ。
「あたし、航貴のお姉さんに品定めされちゃうのかな」
きっと、弟の彼女はどんな子なのかって思われてるに違いない。
「どうなんだろう。姉貴さ、ずっと妹が欲しかったんだ。俺が生まれる前、誕生日に欲しいものは何?って聞くと、決まって妹って答えて両親を困らせたらしい」
なるほどね。
それって、なんかわかる気がするわね。
あたしも弟じゃなくて、お姉さんとか妹が欲しいなって思ったもの。
「それで、お袋から赤ちゃんができたって聞かされた時はものすごく喜んだらしいんだ。姉貴はもう妹ができるって信じてたからさ。でも、生まれたのが俺だろう?その落胆振りは相当なもので、1ヵ月くらい両親と口を聞かなかったらしいよ」
「そうなの?」
だって航貴が生まれた時、お姉さんはまだ3歳でしょ?
それって、ある意味すごいわね。
「だからさ、早く結婚しろってうるさいんだよ」
結婚って…。
それは、話が飛躍過ぎじゃないかしら?
「それって、やっぱり品定めなんじゃないの?」
きっと以前に航貴が付き合っていた彼女にも、同じことをお姉さんは言ったんじゃないの?
それが将来の妹となれば、尚更だと思うけど…。
「そういうわけじゃないと思う。俺さ、会社入ってから誰とも付き合ってなかっただろう?だからやっと彼女ができて、それもこんなに可愛い子だって知って、すごく喜んでたよ。絶対、逃げられちゃだめよってな」
航貴は容姿に似合わず、女性との交際経験があまりない。
特に会社に入ってからはずっと祐里香のことを想っていたから尚更で、それを姉は随分と気にかけていた。
だから今回、祐里香のような可愛い彼女がいることを知って、いても経ってもいられなかったようだ。
「なんだか、えらく祐里香のこと気に入ったみたいなんだ。まだ、話をしたこともないのにさ」
いずれこのままいけば航貴の家族に会わなければならないわけだし、これは仕方のないことなのかもしれない。
「わかったわ。お姉さんに気に入ってもらえるかどうかは、わからないけど」
「大丈夫。姉貴は絶対、祐里香を気に入るよ」
そうだといいんだけど…。
祐里香は少し心配だったけれど、航貴は別の意味で心配だったのだが…敢えてここでは言わないことにした。
+++
それから暫くした週末のある日、航貴と祐里香は姉家族の住むマンションに向かって車を走らせていた。
「あ〜緊張してきたかも」
あたしはお姉さんの家に近づくに連れて、段々と緊張が増してきていた。
「そんなに意識することないさ、いつもの祐里香でいればいいんだよ」
「そうだけど…」
そう言われたって、どうすればいいのよね。
いつも通りにしてたら、余計嫌われるような気がするんだけど…。
などと思っていると、お姉さんの住むマンションに到着していた。
お姉さんの名前は、柴田 桃(しばた もも)さん。
今年31歳で専業主婦だけど、週に一回、家でフラワーアレンジメントを教えてるらしい。
旦那様は真人(まさひと)さんと言って、桃さんよりひとつ上の32歳で大学病院に勤めるお医者さん。
そして、一粒種の長男 遙人(はると)くん3歳の3人家族。
桃さんの家はウォーターフロントに立つ超高層マンションで、さすが旦那様がお医者さんだけのことはあると思う。
あたしはふーっと小さく息を吐くと、航貴の後についてマンションの中に入っていった。
「すっごいマンションね。あたしも、こういうところに住んでみたいな」
「まぁ、俺の給料じゃ、まず無理だけどな」
あまりに現実的な答えを返してくる航貴に思わず笑みがこぼれる。
願望でもいいから、俺が買ってやるくらいの強気な発言はできないのだろうか?
「やっと笑ったな。いつも言ってるけど、祐里香は笑ってる方が絶対いいから」
恥ずかしいこと言わないでって思うけど、航貴はこうやってあたしのいいところを口に出して言ってくれる。
それに比べて、あたしは…。
そうやって、ウジウジしてること自体がいけないってわかっているんだけど。
「そうね。それがあたしの取り柄だもん」
「あぁ」
航貴はあたしの腰に腕を回して抱き寄せると額に小さくキスを落とした。
エントランスはまるで高級ホテルのように豪華で、さすがセキュリティも万全のようだ。
そこを抜けてエレベーターに乗ると15Fのボタンを押す。
あたしには15Fでも高層階だと思ったが、最上階はその倍の高さにあるというのだからすごいという言葉しか見つからない。
エレベーターはあっという間に15Fに着いて、部屋はちょうど真ん中あたりにあった。
ブザーを押すと明るい声が聞こえてくる。
「航貴、ドアなら開いてるから入って」
セキュリティがしっかりしているから不審者が玄関のドアの前まで来ることはまずないという理由らしいが、そこが盲点なんだといつも航貴は怒っているらしい。
彼がドアを開けると、奥からお姉さんが歩いて来るのが見えた。
───うわぁ、航貴のお姉さんだけあってものすごく綺麗だわ。
これがあたしの感想。
背が高くて、まるでモデルみたい。
「まぁっ、祐里香ちゃん待ってたのよ。いらっしゃ〜い」
桃は航貴など目に入らないかのごとく、祐里香に向かって満面の笑みを返した。
「姉貴、俺もいるんだけど」
そんな姉に航貴は少し不満そうだ。
「初めまして───」
新井ですって挨拶しようと思ったら、「堅苦しい挨拶は抜きぬき。暑かったでしょ?さぁ、あがって」ってお姉さんに手を引っ張られるようにしてあたしは家の中へ通された。
外見も豪華だったけど、内装はもっと華やかでホテルのスィートルームのようだった。
もちろん想像の話であって、泊まったことはなどないけれど…。
あたしが、ただただ呆然と部屋を見渡しているとお姉さんがいきなり抱き付いてきた。
「うわぁ、祐里香ちゃん可愛い。ふわふわしてる」
どこかで聞いた台詞だなと思いつつも、今はそんなことを思い出している場合ではない。
「ちょっ、お姉さんっ」
「いやぁん、お姉さんだなんて。嬉しいわvv」
「こらこら、桃。急にそんなことをしたら、祐里香ちゃんも困ってるだろう?」
そんな二人を見かねてやって来たのは、お姉さんの旦那様の真人さん。
真人さんは航貴と同じくらい背が高くて、やっぱりモデルみたいにかっこいい。
こんなお医者さんに診てもらえるなら、病気でなくても病院に行っちゃうかもしれないわね。
「あら、ごめんなさいね。つい、祐里香ちゃんが可愛くて」
やっとあたしから離れたお姉さんは「お腹空いたでしょう?今すぐにお昼にするから」とキッチンの奥に消えていった。
「祐里香ちゃん、ごめんね。桃さ、今日は祐里香ちゃんに会えるのをすごく楽しみにしてたんだ」
真人さんは、申し訳なさそうにあたしに謝る。
「いいえ、こんなふうに歓迎していただいて私こそすごく嬉しいです」
「それならいいんだけどね」
「パ〜パ〜」
下の方で、可愛い男の子の声が聞こえた。
「そうそう、忘れてた。息子の遙人です。ほら、遙人。祐里香お姉ちゃんにちゃんと挨拶して」
「うん。ゆりかおねえちゃん、こんにちは」
遙人くんはあたしの前に出てくるとそう言ってペコリと頭を下げた。
う〜可愛い〜。
今でこの可愛さだもの、将来はジャニーズ入り確定かしら?
「遙人くん、こんにちは」
あたしは遙人くんの目線に合わせるようにしゃがんで言うと、遙人くんはお姉さんがしたみたいにあたしに向かって勢いよく抱きついてきた。
「遙人くん?」
「こりゃ、だめだな」と頭上から、真人さんと航貴の溜め息が同時に聞こえてきた。
「やっぱり、親子だなぁ」
妙に感心している航貴だったけど、内心は穏やかではない。
いくら3歳の子供といっても、自分の彼女にあれだけ甘えている姿を見せられていい気持ちはしないだろう。
それが、手に取るように真人にはわかるのだが…。
「はるくん。祐里香お姉ちゃんを独り占めにしたら、航貴お兄ちゃんが妬いちゃうわよ。ママのところにいらっしゃい」
あたしと遙人くんのじゃれ合う姿を見たお姉さんが、航貴の方をちらっと見ながら言った。
「やだ。ゆりかおねえちゃんがいいんだもん」
遙人くんは、あたしから離れようとしない。
こんなふうに素直に言われると、やっぱり嬉しいけど…。
「遙人、ママの言う通りだよ。祐里香お姉ちゃんは、航貴お兄ちゃんのモノなんだからね」
ちょっ、ちょっと真人さん、モノってねぇ。
子供に向かって、そういう言い方はどうなの?
「ゆりかおねえちゃんは、こうきおにいちゃんのものなの?」
いきなり言われても、ここはなんて答えればいいのかしら…。
そう思っていると、航貴が同じように遙人くんの目線に合わせるようにしてしゃがむ。
「そうだよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんにとって大事な大事な人なんだ。遙人がお姉ちゃんのこと好きなのは嬉しいんだけど、いい子だからお兄ちゃんにお姉ちゃんを返してくれるかい?」
少し考えるような素振りを見せた遙人くんだったけれど、あたしからゆっくりと離れて腕を引っ張るようにして航貴の前に連れて行く。
「わかった。ゆりかおねえちゃんは、こうきおにいちゃんにかえすよ」
そう言って遙人くんは、お姉さんのところに行ってしまった。
子供相手にって思うけど、こんなふうに言ってもらえると嬉しくないわけがない。
そんな航貴を微笑ましく見ている姉の桃と義兄の真人だった。
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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