お見合い結婚
story 12


「ねぇ、お父様。どうしても、ダメ?」
「ダメだ。一人暮らしなんて」

ソファーに深く腰掛けて、腕を組んで目を瞑ったまま口をへの字に曲げた父は、さっきからずっと『ダメだ』の一点張り。
一筋縄ではいかないと覚悟をしていたものの、ここまで反対されるとは…。
―――やっぱり、一人暮らしは夢のまた夢なのかしら?

「いいじゃないですか。麻衣に一人暮らしさせても」

黙って二人の会話を聞いていた母だったが、お手伝いの真佐江が入れた紅茶を代わりに持って来た。

「お母さんっ、何てことを言うんだい。田多井家に嫁ぐ大事な娘を一人暮らしさせるって言うのかね。そんなこと、文章君だって許すはずがない」

突然、母が麻衣に見方したものだから、慌てふためく父。
最後には、文章の名を持ち出して反撃に出るが…。

「あら、文章さんだって麻衣の一人暮らしは賛成に決まってるわ」

「ねぇ、麻衣ちゃん」といきなり振られて、麻衣は答えに困ってしまう。
本当のことを言えば、文章も父と同じで麻衣の一人暮らしを頑なに拒んでいた。
セキュリティが万全なところを探すからと言っても、麻衣の両親のこともあるし、彼だってそう簡単には賛成しない。
なのになぜ、母はこんなことを言うのだろうか?

「何で、文章君が賛成なんだ。彼だって麻衣が一人暮らしをすることなど、反対に決まってる」

父は足を組み直すと、顔をプイッと横に向けて尚も反論する。
そんな父を宥めるように紅茶を差し出す母。

「それは建前の話でしょ?文章さんも麻衣が一人暮らしすれば私達に気兼ねなく会えるんだもの。それは、少しは心配もあるでしょうけど、本音は賛成に決まってるわ。麻衣ちゃんだって、本当はそうなんでしょ?」
「そっ、そうなのか?麻衣」

父を騙すつもりはなかったけれど、彼と自由に逢いたいからというのも事実だし、今まで何でもお手伝いの真佐江にやってもらっていたことを自分でできるようになりたいというのも本当のこと。
ただ、彼に逢いたいからという理由を出せば、父は益々反対するだろうから、敢えて口に出さなかっただけ。

「お母様の言う通り、文章さんと逢う度に色々言われるのは嫌なんです。もちろん、それだけじゃありません。結婚したら人に甘えることなく自分達でできるようになりたいし、そのためには何でも経験しておきたいから」

娘はいつの間にこんなに大人になっていたのだろう。
ずっと、子供だとばかり思っていたのに…。
嫁にやっても田多井家ならば、娘を何不自由なく幸せにしてくれる。
そんなふうに思っていた父とは違い、麻衣は自らの足で歩んで行こうとしていたのだ。
可愛いあまり何でもやってあげるのではなく、見守りながら背中を押してやるのが親の役目かもしれない。

「わかった。そこまで言うなら、麻衣を信じて一人暮らしを許可しよう」
「えっ、本当?お父様」

この分だと絶対、許してもらえないと思っていたのにこんなにもあっさりと承諾してくれるなんて。
母が間に入ってくれたおかげかしら。

「その前に文章君とご両親にもきちんと許しをもらうこと、そして結納と婚約披露パーティーを済ませてからだ。いいね?」
「わかったわ、お父様」

これは止むを得ない。
今後の彼との付き合い方を考えれば、きちんとケジメを付けないといけないだろうし。

「そうそう、肝心なことを言い忘れたが、週末はこの家に帰って来ること。麻衣の元気な顔が見たいからね」
「私もお父様の意見に賛成。麻衣ちゃんがいなくなちゃったら、お母さん寂しいもの」
「お父様、お母様…」

麻衣は自分のことだけを主張してきたけれど、田多井の家に嫁げば両親とも離れることになってしまう。
彼と逢う度に色々言うのだって、自分のことを何より気に掛けてくれるから。
両親の愛情を感じて、胸の奥がジンッと熱くなる。

「これから、結納の準備で忙しくなるわ。早速、お着物を頼まないと」

―――お母様ったら、まだ、お着物は頼んでいなかったのね。
と麻衣は思ったが、なんとか一人暮らしの許可は得たものの、この先、結納に婚約披露パーティーと文章の両親にも許可を得なければならない。
簡単なものではないということを、切に感じさせられたのだった。

+++

「麻衣。ご両親が一人暮らしを許してくれたって、本当なのかい?」

両親に許しを得た後、すぐに文章にメールを送ったらすごく驚いて、返事はメールではなく電話が掛かって来た。
まさか、許してもらえるとは彼も思わなかったのだろう。
こうして目の前で逢っている今も、彼は信じられない様子。
平日は仕事が忙しい文章、なかなか逢うことは難しく、これでは一人暮らしをしても週末は家に帰る約束だからあまり今と変わらないかもしれない。
それでも、自立という面では大きな一歩だと麻衣は思う。

「えぇ。とは言っても、電話で話した通り、文章さんのご両親にも許しをもらわなければならないんです。その後、結納や婚約披露パーティーもしなければならないし…。あっ、もちろん文章さんは賛成してくれますよね?」
「麻衣が、どうしてもっていうなら。それにご両親もいいと言っているんだから、僕は何も言わないけどね」

文章もやっぱり心配ということに変わりはないが、彼女だってもう18歳で大学生なのだし、世の中同じ年代で一人暮らしをしている人はたくさんいる。
何より彼女の気持ちが大事だから、文章も賛成するしかないだろう。

「良かった。あとは、文章さんのご両親だけ。今度、ご挨拶に行きたいんですけど、いいですか?」
「うん、それは構わないよ」

彼はなんとなく、元気がないような。
―――疲れているのかしら?

「どうかしました?」
「いや。麻衣が一人で暮らそうっていうのに俺は実家にいるのは、どうなのかなって思ってね」

これは、男としてどうなのか?
社会人にもなって、親に何でもやってもらう男性を女性はどう思うのだろう。
ふと、そんなことを考えてしまい、自分に対して落ち込んでしまう。

「人それぞれですから、文章さんが気にすることではないと思いますけど」
「そうかな」
「なんなら、文章さんもこれを機に一人暮らししてみます?一緒に」
「えっ、僕が?いやぁ、それは…」

食事も自分で作るとなると、かなり厳しいかもしれない。
毎日、外食かコンビニになってしまうだろうから、体にも悪いし。

「止めた方がいいですね。文章さんが病気になったら、私が困ります」
「麻衣は、僕の看病には来てくれないわけ?」

「ん?」と顔を近付けられて、麻衣は薄っすら頬を染める。
―――そんなに近付かれると、恥ずかしい。
でも、病気になれば看病に行くに決まってるわよね?

「行きますよ」
「ほんと?麻衣が看病してくれるんだったら、一人暮らしもいいかな」
「もうっ、文章さんったら」

こんなことで一人暮らししないでって思ったが、こんなふうに彼と話ができることが今はすごく楽しかったし、幸せに思う麻衣だった。


NEXT
BACK
INDEX
SECRET ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.