お見合い結婚
story 13


すぐに文章の両親に一人暮らしの許可を得に行った麻衣だったが、そのことよりも結納と婚約披露パーティーの方に話が飛んでしまい、なかなか思うように先に進まない。

「あの…お父様?」
「おぉ、麻衣ちゃんにお父様なんて言われる日が来るとは…」

感動して言葉に詰まる父、宏章。
…大げさな。
息子、文章は思ったが、側で微笑みながら母が小さく首を横に振る。
『今は何も言わないで。お父さんは、麻衣ちゃんが本当の娘みたいで嬉しいのよ』とでも、言っているようだ。
それは母も同じこと、女の子のいないこの家に麻衣がお嫁さんに来るということは、ずっと待ち望んでいたことだったのだから。

「それで、一人暮らしするというお話なんですけど」
「仲人はどうしようか。私と立花の共通の知り合いに頼む方がいいかな?」

腕を組んで真剣に考えている父に今、何を言っても無理そう。
―――もうっ、今日は一人暮らしのお許しをもらうために来たのにお父様ったら、全然聞いてないんだもの。
さすがに麻衣も困り果てて、お手上げ状態だ。
ここで、きちんと許してもらわないと先に進めないのに…。

「あなた。麻衣ちゃんが困っているでしょう?お仲人を決めることも大事ですけど、今日は一人暮らしのお許しを得るためにここに来たんですからね」

見かねた文章の母は助け舟を出してくれたが、これは麻衣が両親に言った時と同じ状況。
どこの家でも母は子供の味方、おしとやかでとても綺麗、誰にでも向けられるその優しい微笑みは女神様のようだった。

「おっと、そうだったね。う〜ん…私も反対はしないんだが、やっぱり心配なんだよ」
「大丈夫です。自宅からも近い場所で、セキュリティのしっかりしたところを選びますから」

「う〜ん」と考え込む父が一番心配だったのは、目の前にいる息子。
一人暮らしすることをいいことに彼女の家に入り浸るに決まってる。
大事な親友が、目に入れても痛くないほど可愛がっている娘さんに何かあっては大変。

「あっ、いや。私が一番心配なのは、文章のことなんだ」
「とっ、父さんっ!何てことを。僕がどうして、一番心配なんですかっ」

父がうんと言えない理由は、自分だったとは…。
息子を信じてない父親がどこにいる。
文章は、心の中で反論する。

「麻衣ちゃんが一人暮らしをしたら、お前は彼女の家に行くだろう?泊まることだって。婚約しても、きちんと結婚するまではなぁ」
「それは…」

絶対しないとは言い切れない。
むしろ、父の言う通り、彼女の家に行くだろうし、いいといってくれれば泊まることも。
好き合っている男女であれば、そういうことだってある。
結婚するまで何もしない方が、どうなのか…。

「あなたの心配もわかるんですけど、立花さんもそれを承知でいいと言ったんだと思いますよ。ここは、麻衣ちゃんの意志を尊重してあげないと」

再び考え込む父だったが、実をいうと事前に麻衣の父、修一から連絡をもらい、反対しないで欲しいと言われていた。
しかし、そうは言われても…。

「お願いします、お父様。私、どうしても一人暮らしがしたいんです。お許し願えませんか?」

麻衣にここまで言われてしまうと、これ以上反対するのは無理。
将来の父としては、可愛い娘のお願いは聞いてあげたい。

「麻衣ちゃんがそこまで言うなら。あとは、文章を信じるしかないな」
「本当ですか?」

「あぁ」と頷く父に「ありがとうございます」と、喜びを抑えながら深く頭を下げた麻衣。
隣で文章も一緒に頭を下げたのは、父の言葉を重く受け止めたから。
自由になるということは、責任を持つということ。
それを彼女だけに押し付けるのではなく、文章が麻衣を支え、守ってあげなければ。

「良かったわね、麻衣ちゃん」
「はいっ」

麻衣が母に向けた笑顔を見れば、これで良かったと思う。
次は結納と婚約披露パーティーのスケジュールになるが、こちらはそう簡単には決められない。
特に会社を継ぐ文章はそれなりに準備が必要で、時間を掛けて進めていかなければならないだろう。

+++

「麻衣は、今日からここで暮らすんだ。大丈夫?一人で」
「大丈夫ですよ」

初めて過ごす、一人の夜。
今は目の前に彼がいて不安はないが、本当に一人になった時にどうだろう。

文章の父の知り合いに不動産を扱う会社を経営している人がいて、麻衣のために2LDKの新築マンションを探してくれた。
オール電化でマンション内にはフィットネスジムなども完備、大学生が住むにはちょっと豪華過ぎるのでは?と麻衣は言ったのだが、彼の父はここだけは譲らなかった。
新品の家具や電化製品を買い揃え、引越しの荷物も全て業者を頼んでやってもらったから、麻衣のすることはほとんどない。
結局、何をするにも親に甘えなければできない自分に落ち込むこともあったけど、それを考えればキリがない。

「そう?僕が、泊まってあげようか?」
「えっ…」

―――いっ、いきなり泊まり?!
彼と一緒にいたい気持ちはもちろんあるが、麻衣には心の準備というものができていない。
今だって、気を利かせた両親はすぐに帰ってしまい、二人っきりでものすごく緊張しているというのに…。

「嘘。さすがに初日からってのはマズイよな。麻衣も少しは慣れないといけないし」
「そうですよ。一人でやらなきゃ、意味がないんですからね」

今日越して来たとは思えないほど綺麗に片付いた部屋で、麻衣は文章のためにコーヒーを入れる。
コーヒーメーカーをセットするくらいなんでもないことで、彼に入れてあげるのは当たり前のことなのに、それすらも初めてだったなんて…。
そして、キッチンカウンターに並べた2つの真新しいマグカップ。
彼と一緒に買いに行ったお気に入り、これを選んでいる時はまるで新婚さん気分だった。

「どうしたんだい?」

じっと、カップを見つめる麻衣の顔を覗きこむようにして文章が問い掛ける。
こんなにも側に彼の顔。
ドキドキが伝わりそうで怖い…。

「このカップを買いに行った時のことを思い出していたんです。すぐにコーヒーを入れま―――」

場所を移動しようとして、彼に抱きしめられた。
当然ながら、周りには誰もいない。

「文章さん」
「麻衣」

お互い名前を呼び合うだけで他の言葉が出てこない、というよりも今の二人には必要なかったのかもしれない。
麻衣がそっと文章の背中に腕を回すと同時に唇が重なる。
一瞬、時が止まり、ゆったりと甘い二人だけの時間が流れていた。


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