お見合い結婚
story 18


「何で、せっかくの休みだっつうのにお前が隣で寝てるんだよ」

「彼女の家に行けよ。ったく」と俊輔が呆れるのも無理はない。
前夜、突然やって来た文章と飲み明かしたのはいいが、相当量飲んだこともあって二日酔いなのだろう、文章はうなり声を上げながら俊輔のベッドで丸くなっている。
…はぁ。
何が嬉しくて、目覚めの朝に隣で眠ってる親友の顔なんぞ拝まなきゃならないんだよ。
あ~俺は彼女がいない寂しさを一体、どこにぶつければいいんだ。
取り敢えず起き上がると、俊輔はシャワーを浴びるためにバスルームへと消えて行った。

文章だってこんなに飲むつもりはなかったのだが、麻衣がマリの影響で教習所に通い始めてからというもの逢う時間が取れなくなったからだ。
そこへ、婚約披露パーティーなどという厄介なものが重なったために、逢えてもいらぬお互いの両親というおまけが付いてくる。
お見合いといえば昔は結婚相手を決める手段として普通に行われていたことで、今の若い人達にはすんなり受け入れられるものではないかもしれない。
結婚する当人は互いのことを何も知らぬまま、親同士が勝手に決めて生涯を共にするなんて、よく考えてみればおかしな話なんじゃないだろうか?
理論的に考えてみれば、これで上手くいくとは思えない。
しかし、不思議なことに生涯添い遂げる夫婦は星の数ほどいるというのだから、あれこれ理想を立てるよりも実は何も知らない方がいいこともあるという裏付けなのだろうか。
もし、彼女とお見合いという形でなく出逢っていたら…。
例えそうだったとしても、結果は同じだと思いたいし、信じたい。
一人暮らしを始めて、教習所にも通い始めた麻衣、今になってこんなことを考えているのは、いつか彼女が自分の手の届かないところへ行ってしまうような気がして、文章にはそれが不安でならなかったから。

+++

「結局、私達は何のために呼ばれているのか、わからないですね」

婚約披露パーティーの打ち合わせと称して会場となる都内の高級ホテルに来ていた文章と麻衣だったが、招待客のほとんどは親戚や両親の関係者ばかり。
まだ学生の麻衣は親しい友人を招待する程度だったし、文章も会社関係は父が全て仕切っていたから、それは麻衣と同じ。
結婚披露宴とは違い、婚約披露パーティーなどはっきり言ってしまえばあってもなくても二人にはあまり関心のないことだったから、ただ言われるままに付いて来ただけ、ここにいて退屈な時間を過ごすのならどこかデートにでも行った方が良かったと思う。
面倒なことは親同士に任せることにして、文章と麻衣は言付けるとラウンジへ移動する。

「そうだね。僕達が出る幕はあまりなさそうだけど、かといって居ないとうるさいから」
「それにしても、お父様もお母様も嬉しそう」

一時はどうなるかと思われた二人が婚約まで漕ぎ着けたのだから、両親もさぞかし安堵していることだろう。
みんなに祝福されて結婚する、本当だったらこんな幸せはないはず―――なのに…。

「教習所は順調?」
「はい。今度、仮免許の学科試験を受けるんです」
「そっか。麻衣の運転する車に乗れる日も近いってことだね」
「早く、マリさんみたいにカッコ良く運転できるようになりたいです」

そう目を輝かせながら話す麻衣は、やりたいことをやって今が一番充実している時期なのだろう。
初めて逢った時とは違う、生き生きとした表情をしている。
どんどん変わっていく彼女に対し、自分はどうなんだろう。
これでいいのか、このままで本当に彼女の結婚相手として相応しいのだろうか?
『今の私には、文章さんとの時間を作ることができないかもしれません、それでもいいんですか?』
お見合いの席で彼女が言った言葉。
自分はただ、好きという気持ちだけで彼女を縛ってしまったのでは…。

急に考え込んでまった彼に「文章さん?」と、問い掛ける麻衣。
―――どうしたのかしら?文章さん。
ここのところ様子がおかしい文章に気のせいかとも思っていたが、何かあったのだろうか。
いつだって自分のことばかりで、彼が何に悩んで苦しんでいるのかなんてことを一度も考えたことはなかった。
まだ学生の麻衣とは違い、彼は将来大きな会社を背負って立つという重責を担っている身。
今は一社員として多忙な日々を送っているから、きっと仕事のこととか大変なことだっていっぱいあるはず。
家に来てくれなかったことだって…。
もしかしたら、この結婚を―――。

「文章さんは、もしかしてこの結婚には…」
「えっ、どうしてそんなこと」

驚きの表情を隠せない文章。
彼の方こそ、婚約まで済ませたとしても麻衣がいつか自分の傍からいなくなってしまうのではないかと日々不安が募っていくというのに…。

「何となくそんなふうに思ってしまって。私、自分のことばかりで、文章さんの想いを受け止めてあげられていませんでした」
「麻衣が僕のことを想っていてくれるのは十分わかってる。わかってるんだけど、麻衣がどんどん僕から離れてしまうように思えて」

「相手が僕でいいのか」と続ける文章の手を麻衣は黙って握り締めた。
麻衣自身が変わったのは、全部文章との出逢いがあってから。
彼と出逢えたからこそ、色々なことに挑戦したいと思えるようになったのであって、だからこそ他の男性など生涯のパートナーとしては考えられるはずがない。

「私が変わったのは、文章さんがいてくれるから。文章さんを支えて、いい奥さんになりたいからです」
「麻衣」

好きな人、大切な人がいるからこそ頑張れるし、相手のことを想いながら自分自身が成長していく。
親同士の引き合わせだったかもしれないが、どこかで二人は繋がっていて、結ばれる運命にあったと信じたい。

「あの、文章さん」

「ん?」と文章が耳を傾けると小さな声で麻衣が言う。

「二人で、どこか旅行に行きませんか」

…旅行?
旅行ということは、泊まりということで…それも二人っきり。
彼女の家には何度も泊まっているが、頬をほんのり染める彼女を見れば、それでも旅行という響きはなんというかその…。
デートには誘っていても、旅行は考えなかったなと。
あぁ、何というもったいないことを。

「いいよ。どこがいいかな」
「あとで、一緒に決めましょう」

微笑む麻衣の手を握り返すと今までの不安とか悩みとか、すっとどこかへ飛んでいってしまう気がした。

+++

「何だよ、今度は。土産だけ持って来たんじゃなかったのかよ」

この前は彼女に相手にされないからと俊輔の家に来て酔っ払って泊まって行った文章だったが、今度は彼女と旅行に行ったからと土産を持って来ただけでなく、ノロケ話まで。
いちいち世話の焼けるやつだなと思いながらも、二人が上手くいってくれることは俊輔だって喜ばしいことに変わりない。
…だけど、俺だって彼女が欲しいんだ。
いつまでも、文章のことにばかり構ってなんぞいられないんだからな。

「俊輔も早く彼女を作った方がいいぞ」
「お前に言われたくないな」

「まぁ、そう言うなよ」と、本当は文章もこの話だけをするつもりでここへ来たわけではなかった。
俊輔に相談するために来たのだから。

「タイに行こうと思ってるんだ」
「あ?また、旅行かよ。ったく、羨ましいやつだな」
「そうじゃなくて。橋を建設するために」
「橋って、川とか海に掛かってるあの橋のことか?」

「そう」と言って頷く文章。
まさか、そういう話が出ていたとは知らない俊輔は驚きの表情を浮かべる。
前々から推進していたプロジェクトだったが、タイに現地企業と田多井建設が協力して橋を建設することが正式に決まり、社内で赴任する若手の社員を募集することになって、そこへ文章も応募しようと思っていた。
社長が父親なだけにそれが通るかどうかはわからないが…。

「応募しようと思っている段階だから、どうなるかわからないけどな」
「彼女には」
「まだ言っていない」
「そうか。お前が決めたなら俺は何も言わないが、彼女にだけは話した方がいいと思うぞ」

話したら、彼女は何と言うだろうか…。


To be continued...


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