お見合い結婚
story 2


取り敢えず文章とのことはそのまま話を進めることになったが、麻衣ははっきり言って乗り気ではなかった。

「麻衣、電話鳴ってるみたいだけど、出なくていいの?」
「う…ん」

携帯のディスプレイには“文章さん”の文字。
あれから幾度となく彼から電話が掛かって来るが、麻衣は一度も電話には出なかった。
さすがに着信拒否にはできなかったから、こうやって見て見ぬフリをする。

「どうかした?最近、元気ないみたいだけど」

隣で麻衣のことを心配そうに見ているのは、三神 あえか(みかみ あえか)と言って、麻衣が幼稚園からずっと桜花女学園で一緒の幼馴染である。
三神商事の娘ではあるが、美人で才女のわりにかなり庶民派なところは麻衣と気が合う親友と言っていいだろう。

「うん、それがね」

何でも話せる親友のあえかにもなんとなく文章との見合いの件は言いそびれていたのだが、隠してもいずれバレてしまうだろう。

「嘘、何よそんな大事なこと今まで黙ってるなんて」
「ごめんね。何だかこんなこと言い難くて」

あえかには麻衣が黙っていたことが少し寂しかったが、田多井建設の息子と言えばかなりのイケメンと聞いている。
そんな男性と見合いをして付き合うことになったというのに、その様子だとあまり乗り気ではないのだろうか?

「でも、どうして?田多井建設の息子と言えばすごいイケメンだって聞いてるけど、麻衣は好みじゃなかったの?」
「そんなことないわよ。バッチリ私好みだったもん。それに優しそうだし、爽やかだし」
「じゃあ、何が引っかかってるの?」

麻衣好みの男性だったと言うのに、何をそんなに悩むことがあるのだろうか?
あえかには、さっぱりわからない。

「まだ、そんな気になれないから」

あえかの知っている限り、麻衣はまだ男性と付き合った経験がない。
ずっと女子校に通っていればそれは仕方のないことだが、もう大学生なのだし、恋の一つや二つ経験していてもいいのにとあえかは思った。
それに女のあえかから見ても麻衣はものすごく可愛くて、芸能プロダクションから何度もスカウトされていたし、文化祭なんかは他校の男子生徒が押し寄せてそれは凄かったのだから。
きっと麻衣の両親もそれを心配して、まだ早いこの時期に相手を見つけてきたのだろう。
いやもしかしたら、既にそれは決まっていたのかもしれない。

「麻衣、そんなこと言ってるとあっという間にオバサンになっちゃうわよ?」
「いいもん、別にオバサンになっても」

麻衣には、まったくその気はないようだ。

「そりゃあ、麻衣の気持ちもわからないでもないけど、でも文章さんかわいそうじゃない。さっきの電話、彼からだったんでしょ?」
「うん」
「付き合う気がないなら、きちんとそう言わないと」
「言ったんだけど、どうしてもって」

相手の気持ちもわからないでもない、これだけ可愛い麻衣をそう簡単に諦められるものではない。
まして、立花ホテルズ&リゾートの娘となれば田多井建設と組んで事業の拡大にもなるのだから。

「それでも、電話に出ないのはよくないわよ。嫌なら嫌って言わないと相手にも失礼だし、気持ちも伝わらないんだから。何かあったら、いつでも相談に乗るからね」
「うん、わかった。ありがとう、あえか」

あえかの言う通り、このままではよくないっていうのはわかっている。
今度、文章から電話が掛かってきたら、きちんと話をしよう。
彼なら、きっとわかってくれるはずだから。



そして、夜、麻衣が部屋で本を読んでいると携帯の着信音が鳴り響く。
ディスプレイに表示されている相手を確認すると小さく息を吐いて、通話ボタンを押した。

「もしもし」
『麻衣さん?文章です。今、話してもいいですか?』
「はい」
『やっと繋がった。ずっと、麻衣さんの携帯に電話を掛けてたんだけど』
「すみません、講義中は電源を切ってますので」

これは半分本当で半分嘘、そうでない時も電源を切っているか、掛かってきても彼だとわかるとそのまま出なかったのだから。

『いえ、僕こそそういうこと気付かなくて』

彼はきっと麻衣が意図的に電話に出ないことを、わかっているのだと思う。
それでもこんなふうに優しい言葉で返されると、胸が苦しくなる。

『あの、麻衣さんに逢いたい、逢って話がしたい。いつだったら、時間空いてますか?』

会いたい…。
ストレートに言わて、麻衣の心臓は今までない程に激しく鼓動を打ち始める。
今まで味わったことのない気持ちに、どう対処していいかわからない。

『ほんの少しの時間で構わないんだ』
「…わかりました。では、土曜日でしたら」
『土曜日だね、車で家まで迎えに行くよ。ドライブしよう』

文章に根負けする形で、麻衣は会う約束をしていた。


NEXT
BACK
INDEX
SECRET ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.