「麻衣。文章君とデートだって?」
「ええ、ドライブに誘われて」
見合いの日から半月が経ってようやく文章とデートすることを知った父は、当人よりも嬉しそうな表情だ。
内心うまくいっていないのではと、心配していたのかもしれない。
暫くして、文章が時間より少し早く麻衣の家を訪れた。
文章は丁寧に彼女の両親に挨拶をすると、麻衣を父親に借りたメルセデスに乗せる。
「今日は、いいお天気で良かった」
天気と同じように晴れ晴れとした口調の彼は、白いシャツにダークグレーのパンツという至ってシンプルなスタイルだったが、それがとても似合っていて思わず目がいってしまう。
一方、麻衣はというとドライブだというのでスカートではなく、細身のパンツスタイルに柔らかいシフォン素材のプリントブラウス。
振袖姿の麻衣とはあまりに違うからか、文章の目も自分に向いているのがわかる。
「振袖姿の麻衣さんも素敵でしたが、今日の麻衣さんもとても素敵ですね」
真顔で言ってくる文章に社交辞令だとわかっていても、麻衣の頬はみるみる赤く染まる。
しかし彼は誰が見てもいい男で、女性経験もそれなりにあるのだろうから、きっとこういうことを口に出すのは慣れているのだろう。
「文章さんは、褒めるのがお上手ですね」
なぜか、こんな憎まれ口しか出てこない。
いちいち反応していたのでは、相手の思う壺だから。
「きついな、麻衣さんは。僕は、本当のことを言っただけなのに」
苦笑する文章だったが、それでも麻衣への気持ちに変わりはない。
どころ、どんどん引き込まれているのだから。
「ところでドライブって、どこへ行くんですか?」
特に行き先を言わずに車を走らせた文章に、麻衣は話題を変えるように聞いてみた。
「さぁ、それは着いてからのお楽しみということで」
文章はわざとはぐらかすような言い方をしたのには訳があったのだが、それは逆に麻衣にはいい印象を与えなかった。
すっかり黙りこくってしまった麻衣に、文章は一抹の不安を覚えつつも変わらず話し掛けた。
そしてどれくらい走っただろうか?着いた先は、とある県にあるフラワーセンターだった。
「ここは?」
「麻衣さんは花が好きだと聞いていたので、この場所を選んだのですが」
麻衣はとても花が好きで、毎週フラワーアレンジメントの教室にも通っていた。
きっと、そのことを父にでも聞いて、このフラワーセンターをデートの場所に選んだのだろう。
好きな花を前にして麻衣の不機嫌顔も段々と笑顔に変わっていく。
それが、文章には何より嬉しかった。
…◇…
それは、麻衣をデートに誘う一週間ほど前のこと。
石田 俊輔がそろそろ家に帰ろうかと思っていると、デスクの上の携帯が鳴り響いた。
―――おっ、文章か珍しいな。
電話の相手は、幼馴染の文章からだった。
「よう、文章か。久しぶりだな」
『俊輔、デートってどこに行けばいいんだ?』
「はぁ?!」
大学を卒業して半年になるが、お互い仕事で忙しくこうやって話すのも久しぶりだと言うのに文章は開口一番、『デートってどこに行けばいいんだ?』とぬかしやがった。
『だから、デートだよ。お前なら、そういうの得意だろう?』
「得意ってな、一体何なんだよ。藪から棒に」
『今度の土曜日に彼女とドライブに行く約束をしたんだけど、どこに連れて行っていいかわからないんだよ』
「知るか、そんなの。自分で考えろよ」
『そんな冷たいこと言うなよ。友達だろう?』
俊輔は呆れて思わず電話を切ろうとしたが、文章があまりに切羽詰った声で言うものだから仕方がなく話だけは聞いてやることにした。
「で、彼女って相手はどんな子なんだよ」
『そりゃあ、めちゃめちゃ可愛くってな―――』
「そんな、ノロケを聞いてんじゃねぇっての」
―――電話、切ったろか!!
と叫びたいのを寸でのところで押さえる。
『女子大の1年生で、やっとデートに誘ったんだよ。だから、絶対に失敗は許されない。頼むよ』
「わかったよ。それで彼女の趣味とかは?」
『趣味か?そう言えば、フラワーアレンジメントの教室に通ってるとは聞いてるが』
「だったら、フラワーセンターとかどうだ?車で2時間くらいだからドライブがてらちょうどいいし、女の子だったら喜ぶんじゃないかな」
『それだ!さすが俊輔』
「褒めても、何も出ないぞ」
『サンキュウ、助かったよ。早速、リサーチするわ』
「タダとは、言わないだろうな」
『飲みに連れて行けばいいんだろう?まぁ、お前と違って俺は平社員だから高い店は無理だけどな』
「彼女の話も、ゆっくり聞かせろよ」
『あぁ。まだ、仕事中か?悪かったな、手間掛けさせて』
「いいよ、お前が俺に頼みごとなんてそうないことだし」
『じゃあ、また』
「あぁ」
電話を切ると暫くの間、俊輔は携帯を見つめていた。
あの文章が、彼女とは…。
今度、たっぷり聞いてやることにするか。
その時は、まさか相手が麻衣だと言うことは知らなかったから、知った時の俊輔の驚き様ったら相当なものだった。
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