お見合い結婚
story 4


「お前、立花の令嬢と付き合ってるって本当か?」

あの電話で借りを作った文章は、すぐに俊輔を行きつけの飲み屋に誘っていた。

「さすが俊輔、情報早いな」

俊輔のことだから既に知っているとは思っていたが、それにしてもさすがとしか言いようがない。

「当たり前だ、俺を誰だと思ってる」
「石田プロの若き専務だろ」

俊輔は大手芸能事務所である、石田プロダクションの御曹司である。
芸能人相手のはずなのにどうして文章と麻衣が付き合っていることまで知っているかと言うと、以前麻衣が高校生の時に事務所で彼女をスカウトしたことがあったからだった。
もちろん丁重に断られたわけだが、俊輔はずっと彼女の動向を追っていたようだ。

「それより、どんな手を使って彼女を落としたんだよ」
「落としたって、人聞きが悪い。見合いだよ」
「見合い?」

俊輔にとっては、かなり意外な答えだった。
文章は見ての通りの容姿に加え、日本を代表する建設会社の将来を担うサラブレッドなのだ。
どんな女性でもこの男にかかれば落とされて当然だが、相手が立花の令嬢となれば話は別だった。
彼女はガードが固く、一筋縄ではいかないことを俊輔が一番よくわかっていたからだが。

「あぁ、俺の親父と彼女の父親が大学時代からの親友で、随分前から話は決まってたみたいなんだ。本当は彼女が大学を卒業してから進める予定だったらしいが、あの可愛さでは周りが放っておかないからな。親父も焦って取り敢えず会わせてしまえって」
「そうか。でも、よく彼女が付き合うことを承諾したな」
「まぁ、色々あってさ」

文章は即行麻衣が断ってきたのをなんとか繋ぎとめたことと、電話を掛けても意図的に出ようとしなかったこと、そして2週間後にやっとのことでデートに誘ったことを話した。

「彼女も相当なもんだな。お前、嫌われてるんじゃないのか?」
「それが、俺の顔は好みだって言う割りになんか態度が冷たいんだよな」
「あはは、そりゃ完全に警戒されてるわ」
「笑い事じゃないぞ。俺はマジだってのに」

文章にとっては笑い事では済まされない。
本気で嫌われたらどうしようと、毎日気が気でないのだから。

「だって、面白過ぎだろう。お前が振り回されてる姿なんて、想像できないんだから」

今までの文章を知っている者が聞いたら、俊輔と同じ反応を示すだろう。
文章はこの容姿から相当モテたのだが、優しそうで爽やかというイメージには程遠くなぜかそういったことにはあまり反応を示さなかった。
女嫌いというわけではないが、文章を本気にさせる女性が現れなかったからなのかもしれない。

「しかし、女に疎いお前がな、立花の令嬢にゾッコンとはなぁ」
「自分でも驚いてるよ。ここまで、彼女に嵌ると思わなかったから」

麻衣は、文章が見たどんな女性とも違っていた。
文章が大学に入ったばかりの頃にお嬢様学校として知られた桜花女学園にすごい可愛い子がいるという噂を俊輔から聞いていたが、まったく興味のない文章は気にも留めていなかった。
だからスカウトの話が出て、俊輔が騒いでもなんとも思わなかった。
正直、顔もわからなかった位なのだから。
そして、父親から見合いの話を聞かされて、結婚相手など誰でもいいと思っていた文章は麻衣に会った瞬間、体に電流が流れたような衝撃を味わった。
つい半年前まで高校生だったのだから、まだあどけなさも少し残ってはいるが、ものすごく可愛らしかったのだ。
俊輔の事務所がスカウトしたのも、今となってはわかる気がした。
そして、何よりその可愛らしさの中に一際輝く瞳が特に印象的で、思わず釘付けになった。
ただ単にお嬢様というだけではない強い意志を持ったその瞳から、目が離せなかった。
一目惚れなどという言葉は、文章の中では存在しないはずだったが、一瞬にして崩れ去ったのを今も鮮明に覚えている。

「それで、デートはうまくいったのか?」
「あぁ、俊輔のおかげで、彼女はかなり気に入ってくれたよ。初めはどうなるかと思ってヒヤヒヤしたけどな」
「そうか、それは何よりだな」

+++

あのデート以来、麻衣は文章を少しずつ受け入れるようになってきていた。
彼は、ものすごくストレートに自分の気持ちをぶつけてくる。
それを初めは口だけだと思っていたのだが、どうも彼にはそんな器用な技は持ち合わせないようだった。
思っていたより不器用で、それでいて一途で。
段々、彼に引き込まれている自分に気付き、麻衣は戸惑いを隠せないでいた。
―――こんなはずじゃ、なかったんだけどな。
そう、麻衣は文章との見合いの席で一旦は断ったものの、文章の強い押しに負けて時間は取れないかもしれないがそれでもという条件での付き合いだった。
ところが蓋を返せば、今の麻衣の生活の中で彼との時間はかなりを占めるようになっていたのだから。
文章といる時間は、とても有意義で楽しかった。



そんなある週末、麻衣はあえかとショッピングの約束をしていたが、待ち合わせの時間より少し早く着いてしまいブラブラと1人歩きながら時間を潰していた。
すると見知った顔が目に入る。
―――文章さん?
偶然だったが、少し先に文章が立っていたのだ。
彼は目が悪いと言っていたから、麻衣には気付かない様子。
麻衣が声を掛けようかどうか迷っていると誰かと待ち合わせでもしていたのか、文章が相手に向かって小さく手を上げた。
その先に視線を向けると、年齢は文章と同じ位でとても綺麗な女性が微笑みながら文章の方へ近寄って来る。
そしてあろうことか、その彼女は文章の腕に自分の腕を絡ませて歩き出したのだ。
―――何?あれ…。
誰がどう見ても、二人は恋人同士のように見える。
それはそうだろう、だって一応付き合っていることになっている麻衣でさえもまだ手を繋ぐどころか腕を組んで歩いたこともなかったのだから。
なぜか、嫉妬とか怒りとかそういうことはまったく感じずに湧き上がってくるのは自分を責める言葉ばかり。
きっと自分と付き合っていても彼を満足させることはできない、なぜならあんな笑顔は一度だって麻衣に向けられたことはなかったからだ。
―――私、馬鹿みたい。
何、調子に乗ってたのかしら。
文章さんは、本気で付き合う気なんてなかったのにね。

麻衣は我に返ると腕時計の時間を確認して、あえかとの待ち合わせの場所に足を向けた。


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