文章と綺麗な女性を見かけた日以来、麻衣の様子に変化は見られなかった。
逆に冷静になっていたように思う。
返って文章のことを考えずに済むことで、重荷が減ったようにも感じていた。
親同士の決めた縁談など、どうしたって上手くいくはずがないのだ。
あの日、麻衣に見られていたことなどまったく知らない文章は、今まで通りマメに電話を掛けてくる。
今度こそ、麻衣は文章の携帯番号を着信拒否に登録した。
もうこれ以上振り回されたくはない、そしてもう二度と会うこともないだろうから。
+++
―――おかしいな、さっきからずっと話中なんて…。
文章は麻衣に電話を掛け続けていたが、ずっと話中のままだった。
試しにメールを送ってみたのだが、どうもアドレスを変えたようで戻って来てしまう。
彼女から電話をくれることはまずないから、こちらから掛けない限り話をすることができない。
少し時間を置いて再度掛け直してみたが、その日は一度も電話が繋がることはなかった。
「なぁ、携帯に電話を掛けてるんだけどずっと話中なんだよ。これって、壊れてるのか?」
さすがに麻衣の携帯がずっと話中という状況が何日も続くので、文章は会社で同期の平田に聞いてみた。
「それって、壊れてるんじゃなくて、着信拒否されてるんだろう」
「着信拒否?」
ずっと電話が繋がらなかったのは、文章からの電話が着信拒否されていたというのか…。
メールのアドレスが変わっていたことも何となく頷けるが、しかし文章には麻衣にそうされる覚えが全くない。
せっかく、いい雰囲気になってきたというのにまた、振り出しに戻ってしまうのか…。
いや、今回は振り出し以下かもしれない。
文章には、今度こそ本気で話はなかったことにされてしまうような気がしてならなかった。
「彼女か?お前、何かやったんじゃないのか」
「わからない。今まで上手くいってたのに、急に電話が繋がらなくなったんだ」
文章の話を聞いても、なぜ彼女が着信拒否しているのかわからない。
「まぁ、こう悩んでいてもしょうがないだろう?彼女の自宅に電話を掛けるとかして、真意を確かめるしかないんじゃないのか」
「そうだな」
文章は平田の言うように麻衣の自宅に電話を掛けて、本人に直接聞いてみるしかないと思った。
+++
麻衣は夕食を済ませ、自分の部屋で明日の講義の下調べをしていると部屋の電話が鳴った。
「はい」
『麻衣さん、文章様からお電話が入ってますが』
お手伝いの真佐江からの電話だったが、文章は麻衣の携帯に繋がらないために自宅に掛けて来たようだ。
「すみません、今取り込んでいるからこちらから掛け直しますと言ってもらえますか?」
『かしこまりました』
そう言って電話を切ると、麻衣は大きく溜め息を吐いた。
真佐江にはああ言ったものの、文章に電話を掛けるつもりは麻衣にはなかった。
しかし、このままというわけにもいかないだろう。
彼のことだから、麻衣が電話に出るまで掛け続けてくるに決まっているからだ。
毎回理由をつけてというのでは真佐江にも怪しまれるだろうし、何か対策を立てなければ…。
そもそも、麻衣には文章の気持ちがわからない。
付き合っている人がいるにも関わらず、麻衣と見合いをし、両者と付き合うということ自体おかしいのではないだろうか?
あの時、二人を見なければ麻衣はずっと騙されていたことになる。
何も言わずにこっちが引き下がるなんて…考えれば考えるほど、何だか無性に腹が立ってきた。
無意識に麻衣は携帯を手にすると文章の番号を呼び出し、通話ボタンを押していた。
麻衣から掛け直すと言われた時、やっぱり電話には出てくれないのかと内心ガックリきていた文章だったが、少し経って携帯が鳴り出した時に目を疑った。
まさか、麻衣から掛けてくるとは思ってもみなかったから。
「麻衣さん?」
『はい。今、少しお話してもよろしいでしょうか』
「それはもう、全然構わないよ。ずっと電話が繋がらなかったから、どうしたのかなって思ってたんだ」
『すみません、文章さんからの電話は着信拒否にしてましたから』
麻衣は穏やかな話口調なのにも関わらず、言っている内容はかなりきつい。
一体、何があったというのだろうか?
「メールアドレスも変わったのかな?送っても返ってきちゃったから」
『そういう回りくどい言い方は、やめていただけませんか。なぜ、電話を着信拒否にしてメールアドレスも変えたんだって、そう聞けばいいじゃないですか』
「麻衣さん?」
『もうたくさんです!二度と電話も掛けてこないで下さい』
「麻衣さん、どうしたんですか?僕が何か失礼なことでも―――」
『それはご自分が、一番よく知っていらっしゃるはずです。とにかく、もうあなたには会いません。このお話はなかったことにして下さい。後日、父から田多井さんにはお詫びの連絡をさせますので。失礼します』
「麻衣さんっ、ちょっと待って、麻衣さんっ」
文章の問い掛けも虚しく、通話は既に切れていた。
すぐに自宅の方に電話を掛けたが、お手伝いの女性に『休んでおりますので』と言われてしまい、取り次いではもらえなかった。
文章には、いくら考えても麻衣をあんなに怒らせる理由が見つからない。
せっかく、いい雰囲気になりかけていたというのに…文章にしてみれば、このままでは納得がいかなかった。
理由を彼女の口からしっかり聞くまでは、絶対に諦めない。
そう固く心に誓いったものの、その晩は一睡もすることができなかった。
+++
あんな言い方をして電話を切ってしまったことに心を痛めないわけではなかったが、自業自得だと麻衣は割り切っていた。
本当はもう少し文章と話もしたかったし、色々なところにも出掛けたかった。
それももう、叶わぬことと思うと寂しい思いは拭いきれない。
一方、文章はどうにかして麻衣と接触を図ろうと考えてはみたが、なかなかいい方法が思いつかない。
そんな時に俊輔から電話が掛かって来た。
きっと麻衣とのことを心配して掛けて来たのだろうが、この状況ではなんとなく出辛かった。
「もしもし」
『文章か?』
「あぁ」
『何だよ、その覇気のなさは。まるで、この世の終わりみたいなさ』
「この世の終わりか…お前も、たまにはいいこと言うな。正しくその通りだよ」
『どうした、お前らしくもない。今日は俺が慰めてやるから、家来いや』
「お前に慰められてもなぁ」
『そう言わずに飲もうぜ』
「わかったよ。少し遅くなるかもしれないけど、いいか?」
『あぁ、じゃあ会社まで車で迎えに行くから、帰る時電話くれよ』
「ありがとうな」
『改まってなんだよ、気持ち悪いな』
「まぁ、そういうことだから。そろそろ、切るな」
『後でな』
何も言わなくても、俊輔はいつも文章のことを気遣ってくれた。
普段はお茶らけた軽い奴なんだけど、ちゃんと相手のことを考えた上での行動だということも。
ひとりで悩んでいても始まらない。
文章はさっさと仕事を終わらせるべく、パソコンに向かった。
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