「相変わらず、汚いな」
「悪いか。生憎、俺には部屋の掃除をしてくれるような気の利いた彼女はいないんだよ」
俊輔は地位も名誉もあるし、この通りかなりの男前でもある。
なのにどうしてか特定の彼女ができないらしい。
多分、この軽さゆえに遊び人だと思われて、逆に敬遠されてしまうのだろう。
本当はすごく真面目で、一途な熱い男なのにな。
俊輔の車で送ってもらう途中、今夜は飲み明かす覚悟でワインやらビールやらを大量に買い込んできた。
「じゃあ、まず乾杯といこうか」
「文章の明るい未来にカンパ〜イ」
勝手に俊輔は文章の持っていたビールの缶に自分のそれをカツンとぶつけると、一気に飲み干した。
「明るい未来ね、そうなるといいけどな」
文章も俊輔同様、ビールを一気に飲み干した。
「何だ、そのしけた顔は。せっかくのいい男が台無しだな」
「俺さ、生まれて初めてなんだよ、こんなに人を好きになったのって。その好きな人に嫌われるって、生きている意味を失うくらい辛いことなんだな」
「文章…」
ちゃらんぽらんな俊輔と違って、小さい時から真面目でしっかり者の文章。
爽やかで優しくて、おまけにめちゃめちゃいい男とくれば周りの女性が放っておくはずもなく、なのにまったくといっていいほど恋愛には疎くて。
俊輔は本気で女嫌いなんじゃないかと疑ったくらいだが、さすがにそうではないらしい。
そんな男がきっかけは見合いだったとしても、こんなにも一途にその女性を愛している。
『デートってどこに行ったらいいんだ』なんて今時、中学生でも言わない台詞をこの歳になって平気で言うような奴だし、そのデートが上手くいったってすっげぇ喜んで俊輔に話してくれたのはついこの間のことだったのに。
どうして、こんなことになってしまったんだろうか…。
「お前、本当に身に覚えはないのか?」
「教えて欲しいのは、こっちだよ」
「だけど、そこまで彼女が怒るって相当なもんだろう?よく考えてみろよ。お前が何もしていなくても、誤解されるってこともあるだろうし。例えば、他の女性と楽しそうに歩いてたとかさ」
「俊輔じゃないんだから、そんなことあるわけない―――あっ」
「あるのか?」
まさかとは思うが、先週の日曜日に従妹のマリと出掛けたが、まさかそれを麻衣に見られた…。
「いや、先週の日曜日にさ、マリに無理矢理付き合わされて買い物に行ったんだよ。彼氏の誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しいって言われてさ」
「それ、場所はどこだ?」
「銀座だけど」
「それだ!きっと彼女お前とマリちゃんが一緒にいるのを見たんだよ。あの子、誰でも腕組んだりするからな、彼氏いっつも嘆いてただろう」
あの時も待ち合わせの場所に来るや否や、文章の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。
あんな姿を見れば誰だって恋人同士だと思うだろうし、まして麻衣がそれを見たとしたら、裏切られたと思うに違いない。
なんてことだ…。
「馬鹿だな。本命の彼女ができたら、そういうことはきっちりしないとダメなんだよ。どこで見られているかわからないんだから」
「返す言葉もないな」
「まぁ、十中八九それが原因だろうから、即刻彼女に話すべきだが、今のお前じゃあ無理か」
「会ってもくれないだろうからな」
早くしなければ、麻衣は父親に断りの連絡を入れてしまうだろう。
がしかし…今の文章に麻衣が会ってくれるはずもなく…。
「仕方ない、俺がなんとかする」
「なんとかするって…」
「親友の一大事だからな、お前が誤解されたままじゃ俺も納得がいかない。任せろ、必ずいい方向に行くよ」
「俊輔…」
「あ〜っ、お前ってほんと世話が焼けるよな。何で、こんな奴の親友やってんだよ俺は」
何本か目のビールの缶を開けながら、俊輔はゴロンとフローリングの床に寝転がった。
「そうだよな。何で俊輔が、こんな俺みたいなのの親友やってるんだろうな」
床に寝ている俊輔を見て、文章はつくづくそう思う。
俊輔は遊んでいるように見えるが、実際は真面目でとても面倒見のいい同い年だけど、兄貴みたいですごく頼りになる奴だった。
文章は性格も相まって、何でも自分ひとりで解決しようとしてしまうところがあるから、そういうところを俊輔はわかっていていつもさり気なく助けてくれた。
「何でだろうな。でもさ、俺のことわかってるのって、お前くらいだろ?」
「そうか?」
「そうだよ。でなきゃ、こんなに長い間一緒にいないだろう」
「だな」
文章はいい親友を持てたことを幸せに思う反面、やはり迷惑ばかりかけてしまっているなと思う。
それをきっと俊輔は何とも思わないのだろうが、いつかこの借りを返せる日がくればいいと。
+++
週明けの月曜日、俊輔は仕事を抜け出して桜花女子大の前に車を停めていた。
彼女がいつ出てくるかなんてわからなかったが、こうやって待つより会える手立てが見つからなかったのだから仕方がない。
―――まるで、刑事の張り込みだな。
こんなことを考えながらも不審者に見られないように気遣いながら、どれくらいそこにいたのだろう。
夕方になって、ようやくお目当ての人物が姿を現した。
運良く1人のようだ。
俊介は、急いで車を降りると彼女の元に駆け寄った。
「あの、立花 麻衣さんですよね?あっ、決して怪しいものとかじゃないから、信じて。と言っても、無理かな」
俊輔は既に怪しい人物として彼女の脳裏にインプットされてしまったなと思いつつも、持っていた名刺を差し出した。
そこには石田プロダクション 常務取締役 石田 俊輔と書いてあった。
以前、麻衣が高校生の時にスカウトしてきたプロダクションと同じ名前である。
目の前の石田という人物もさることながら、スカウトという文字が麻衣の頭を過る。
「今日は、君をスカウトしに来たんじゃないんだ。どうしても、君と文章のことで話をしたくてね」
「文章さんの?」
――― 一体、文章さんのことで何を話すことがあるというのだろうか?
既に麻衣の中では済んでいた事柄だけに、心境は複雑だ。
「そう。俺、文章の幼馴染で親友なんだよ。とにかく、ここじゃ何だから」
ニッコリと微笑む俊輔に、麻衣は仕方なく付いて行くしかなかった。
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