Only my maid
Story1


「もうすぐ、文化祭よね。うちのクラス、今度は何をやるのかな?」

遙に言われて、そう言えばもうそんな時期に来ていたのだと改めて時の経つのは早いなと思った千春だった。

「そんな時期なんだね。去年は、お化け屋敷だったからねぇ」

去年はお化け屋敷をやったのだが、あたしは雪女をさせられて大変だったのよ。
妙に嵌ってたらしくって小さい子は泣き出すは、それはそれは大騒ぎだったのだ。
だけど、年齢が上の人には人気は高かったんだけどね。

「そうそう、“千春の雪女”最高だったわよね」
「もうあれだけは、絶対やりたくな〜い」
「あたしは好きだったけどね。みんなもそう思ってるんじゃないの?」

普段の可愛らしい千春からは想像できないあの姿だったけど、それがまた魅力的で何度も足を運んだ男子を遙はたくさん知っている。
だけど、あれを根津先生が見たらどうだったのかしら?
想像しただけでも、笑みが込み上げてくる。
実のところ先生は、兄誠一に連れられて千春には内緒でこのお化け屋敷に来ていたのだ。
彼の目を通して映った千春はというと怖いとかそういうことよりも、あまりに綺麗過ぎてその場で連れ帰りそうになったのを辛うじて兄に止められていたなどとは…。

「今年は、可愛いのがいいな」
「そうね、ミニスカ姿のウェイトレスも千春には合ってるかも」
「う〜それは、どうかな?」
「根津先生が見たら、大騒ぎよねきっと」
「ちょっ、そういうこと言わないでっ!」

根津先生と付き合っていることを知っているのは遙だけだったけど、ただでさえ制服のスカートが短いってうるさい先生なのに、ミニスカ姿のウェイトレスなんてものをやったらどうなることか…。
周りなんて無視して、あたしを拉致するに決まってるもの。



というあたしの不安を他所にクラスの多数決で、今年はあえなく“コスプレ喫茶”に決定していた。
それも、なんとあたしの服装はというと“メイド”。
いくらなんでもこれはマズイでしょう?なんてあたしの悲鳴が届くはずもなく、満場一致で決定していた。
あの遙までも賛成していたのには、ちょっと納得できないんだけどね。

「どうしよう…メイドなんて、先生に言えないじゃない」
「大丈夫よ、普通のウェイトレスだって言っておけば」
「他人事だと思って」

「思ってるもん」としれっと言う遙。
遙は、あたしが狙ってたスッチー。
ズルイ、自分ばっかり。
は〜ぁ、ほんとどうするのよ。
先生に聞かれたら、なんて言えばいいのよね。
いつもなら楽しみにしているはずの一ヵ月後に開催される文化祭が、今はその日が来なければいいと思う千春だった。

+++

先生とはあまり人目につく場所では会えないからと週末に先生のアパートで過ごすのが、あたし達のデートになっていた。

「千春ちゃんのクラス、文化祭は喫茶店なんだってね」
「え?あっ、はい」

先生はあたし達のクラスは本当は“喫茶店”ではなく、“コスプレ喫茶”だということを聞かされていないようだ。
みんなの意向で、当日まで内緒にしていてくれるように担任の宮田先生に頼んだからだった。
それはそれでよかったんだろうけど、当日に知ったら絶対怒るだろうな…。

「千春ちゃんは、ウェイトレスをやるのかい?」
「あっ、は…い」
「可愛いだろうなぁ、千春ちゃんのウェイトレス姿。でも僕の前だけでなく、他の人にも見られちゃうのはあんまり喜ばしいことじゃないけどね」

先生は、あたしをソファーの隣に座らせて髪を優しく撫でてくれる。
それがとても心地いいんだけど、実は“メイド”をやるなんて言えないわよね。

「先生も、来るんですか?」
「もちろん行くよ。誠一君も麻奈さんを連れて来るって、言っていたからね」
「え、兄貴も?」

「もちろんっ」なんて、先生来なくてもいいのにっていうか、兄貴が来るなんて聞いてないわよ、そんな話。
先生は兄貴とはなぜかとても仲がよくて、メールのやり取りやら色々男同士の話をしているらしいけどね。
だけど、もう大学生なんだから彼女を連れてまで妹の学校の文化祭に来ることないのにね。

「麻奈さんも、千春ちゃんに会いたいそうだからね」

兄貴の彼女にはまだ会ったことはないけど、先生の話だとものすごく綺麗な人らしい。
あの無愛想な兄貴にどうしてそんな綺麗な人が彼女なのか、まったくもって世の中わからないものよね。
だけど、先生も来るのかぁ…。
はぁ…。
もう何度吐いたかわからない溜め息を、先生に聞こえないように小さく吐いた。


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