ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 1
―――暑い。
思わず、頭の上に手をかざす。
ありきたりの言葉だとわかっていても出てしまう程、常夏の楽園の日差しは強い。
森山 彩瑛は同僚である斉藤 麗香と共に会社の夏休みを利用して、3泊4日でここサイパンへダイビングをするためにやって来た。
もちろん、それ以外にもスパやショッピングも満喫するつもり。
できれば彼氏と一緒だったらと言いたいところだが、若い二人にはそんなに切羽詰った気持ちはまだない。
彩瑛も麗香も潜るのは今回が初めてだったから、随分前からとても楽しみにしていたのだった。
「やっぱり、暑いわね」
「暑い暑い」と手で仰いでみせる彩瑛が麗香には余計暑苦しく見えたが、迎えに来てくれたバスに乗ればすぐに涼しくなるだろう。
実際、潜るのは明日になるから、今日はホテルにチェックインしてその辺を散策したり、プールで泳いだりする予定。
「あ〜彼氏なんてって思ったけど、周りを見るとカップル、カップル、カップル。女二人旅なんて、寂し過ぎるわ」
「何、言ってるのよ。男なんて、いらないとか言ってたくせにぃ」
「だってぇ」と、麗香は空港で迎えのバスを待つ間、こんな愚痴をこぼす。
機内でも周りを見回してもカップルが多かったのが、気になったのだろう。
そういう、彩瑛だって思わなかったわけじゃない。
でも、今回の目的は海に潜ることだから、それは考えないことにする。
暫くしてやって来た旅行会社の女性の誘導でバスに乗り込むと、二人は宿泊先のホテルへと向かった。
◇
ちょっと奮発して、豪華なホテルをチョイス。
夏休み料金は痛かったけど、せっかくだからとお昼を節約したり、会社帰りに飲みに行く回数を減らしたり。
入社2年目の二人には、こうでもしなければ贅沢旅行なんて簡単にはできないのだ。
「彩瑛、これからどうする?ちょっと泳いでみる?」
「そうね、ちょっとだけ行ってみようか」
早速、水着に着替えてホテルのプールに行ってみることにする。
すぐ目の前にはビーチもあるから、ゆっくりのんびり時間を過ごすのもまた贅沢というもの。
この日のために新調したビキニは見せる相手がいなくても、この際いいことにしておく。
彩瑛が鏡の前でポーズを取っていると、脇からやって来た麗香の手が伸びる。
「やだぁ、何よぉ。麗香ったらっ」
いきなり、彩瑛がこんな声を上げたのは、麗香が胸を揉み揉みしたから。
「彩瑛って、大きいわよね?会社でもそうかなって、思ってたんだけど」
「そんなことないって。麗香と変わらないじゃない」
並んで鏡を見てみるが、彩瑛にしてみればそう変わらない。
お互いスタイルは、かなりいい方ではないだろうか?
こんな姿でビーチに出ようものなら、すぐに男に食われてしまうかもしれない。
部屋を出た彩瑛と麗香はフロントの前を通り過ぎようとすると、カウンター越しで話をしている二人の日本人男性が視界に入る。
年代は30代前半か半ばくらいの大人な雰囲気で世間一般でいうナイス・ガイではあったが、彩瑛の好みとは若干違う。
―――麗香の好みね、ああいう年上の男性は。
「ねぇねぇ、彩瑛」
―――ほら、きたっ。
早速、彼らを見て麗香が反応を示す。
彼女とは1年ちょっとの短い付き合いではあったけど、こういうところはすぐにわかるようになっていた。
「何?いい男だって、言いたいんでしょ」
「え?あっ、まぁそうだけど…って、違うのよ。あの二人、うちの会社の人じゃない。彩瑛、見たことない?」
「は?うちの会社の人?!」
もう一度、男性に目を向けてみたが、彩瑛には全く見覚えがない。
どこの部署の人なんだろう?
元々、人の顔と名前を覚えるのが苦手の彩瑛には、どこかですれ違っているかもしれないが、余程個性がない限り記憶に残らない。
「そう。右の人が第四営業部の小西マネージャーで、左は第一営業部の井上マネージャー」
「マネージャー?」
「独身イケメンコンビで有名なのに彩瑛ったら、知らなかったの?」
「知らないわよ、そんな独身イケメンコンビなんて」と言ってみたところで、麗香は聞いちゃあいない。
誰か女性を連れているんじゃないかと周りをキョロキョロ見回しているが、二人以外には見当たらないようだ。
部屋にいるのかもしれないし、ビーチかショッピングか、まさか男二人旅はないでしょう?!
「ちょっと、挨拶して来るわ」
「なっ、何でよ。放っておきなさいってっ!同じ部じゃないんだし、プライベートなんだから。見られたら困ることだって、あるかもしれないのにっ」
「だから、行くんじゃない。こんなチャンス、滅多にないんだから」
「彩瑛は、ここで待ってて」と言いながら、とっとと麗香は彼らのところへ行ってしまう。
彼女が興味を抱くのも、わからなくともないが…。
彩瑛は柱に隠れて、じっと様子を伺うことにする。
麗香が声を掛けると二人は一瞬驚いた表情を見せたが、その後は妙に楽しげに話している。
―――麗香ったら、随分とまぁ楽しそうねぇ。
すぐに戻って来るかと思えば、いつまで経っても戻ってきやしない。
せっかく、プールでひと泳ぎしようと思っていたのに…。
これじゃあ、時間がもったいないわよ。
そんなことを思っていると、三人の視線が一気に柱の影に隠れていた彩瑛に集まった。
麗香の口の動きで「彩瑛、こっち来て〜」と言っているのがわかるが、絶〜対、嫌。
Tシャツを上から羽織っているものの、こんな格好で会社の上司のところへ行くなんて…。
出渋っていると、見かねた麗香が早足で呼びに来た。
「彩瑛、こっちに来なさいって」
「嫌」
「何で?小西さんと井上さん、二人で来たんですって。これから、一緒にドライブでもどう?って誘ってくれたのに」
―――えっ、男二人旅…。
あの二人…えぇぇぇっ…。
ヤダヤダ、そんなのぉ〜。
「気持ち悪いもん、男二人でこんなところに来るなんて」
「ちょっとねぇ、気持ち悪いって…。それ、自分の会社の上司に向かって言う言葉じゃないでしょ?」
―――そうだけどっ…。
「あたし達と同じで、ダイビングが目的らしいの。気が付かなかったけど、同じ便だったのね。今夜は、ナイトダイビングっていうのをやるんですって。まだ、時間があるし、良かったらどうですかっていう誘いなのに」
「ふううん」
「もう、彩〜瑛。どうする?行く行かない?」
ダイビングが目的なら、変な関係ってことでもなさそうね。
だけど、ドライブもねぇ…。
彩瑛は麗香越しに視線を向けると二人とバッチリ目が合って、ニッコリ笑ってる。
―――うわぁ、あれで何人の女性がコロっといっちゃうのかしら?
でも、会社の直接関係ないけど、上司と出掛けるってどうなのよ…。
暫く考えた後、彩瑛は仕方なく彼らに向かって軽く会釈すると、麗香と一緒にドライブに連れて行ってもらうことにした。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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