ふたりの夏物語Ⅱ
-Endless Love-
STORY 2


彩瑛と麗香は、一旦部屋に戻って着替えてから二人と合流して島内ドライブに出掛けることにした。

「すみません。旅行のお邪魔をしてしまって」
「全然?この歳で正直、小西と二人っきりは辛いからね。君達のような、若くて綺麗な女性と一緒にドライブができるなら光栄だよ。あっ、こういうことを言うとセクハラになっちゃうのかな?」

おチャらけるように言う井上の横から、「悪かったな、俺と二人っきりで」という小西の少々不満気な声が聞こえる。
そんな小西を無視するように「さぁ、どうぞ」と井上はレンタカーの後部座席のドアを開けてくれた。
先に車に乗り込んだ彩瑛は社交辞令でそういう言葉を掛けたのだが、やっぱりこの軽い感じが苦手。
会社の上司だからという前提がなかったら、とっくに逃げ出しているところ。
それに彩瑛と麗香に会わなかったら、別の女性だけで来ている人達をこうやって誘っていたのではないだろうか。

運転していたのは小西の方だったが、斜め後ろに座っていた彩瑛は車窓から綺麗な海を見ながらも、ちらっと気付かれないように彼の方へ視線を向ける。
―――こんな人が、うちの会社にいたなんてねぇ。
広告代理店に勤めていればそれなりに洗練された人達も多いが、麗香が言っていたようにイケメンコンビも頷ける。

「二人とも、サイパンは初めてだって言ってたよね?」

助手席の井上に振り向きざまに話し掛けられて彩瑛と麗香が頷くと「少し上ったところの景色のいい場所に連れて行ってあげるからね」なんて、自分は運転しているわけでもないのに隣の小西に「頼んだぞ」と随分偉そうだ。
この二人は所属している部が違うのにこんなに仲が良いのは、年齢的に同期とかそんな感じだからなのか。
そして、マネージャで優雅な独身貴族とは、なんとも羨ましい限り。

再び車窓に視線を戻すとそれにしても、なんて綺麗な海なんだろう。
こんな海に潜ったら、自分も魚になれるかも。
明日のダイビングを楽しみにしていたが、さっき麗香の話だとこの二人は今夜ナイトダイビングに参加すると言っていた。
夜の海というのは怖いイメージだけど、それはまた違った魅力があるのかも。
潜ったことのない彩瑛には想像すらできないが、話だけでも後でこっそり聞いてみよう。

「森山さん、だっけ?」

車は島の最北端の岬に到着し、4人は断崖絶壁から素晴らしい景色を堪能していたのだが、見入っていた彩瑛の隣にいつの間に来たのか、小西にいきなり名前を呼ばれ、慌てて返事を返す。

「あっ、はい」
「ごめんな。無理に誘ったみたいで」
「え?そんなことは」

なぜ、小西は彩瑛に謝ったのか?
誘われた時はちょっと渋ったけど、そんなに表に出していないはずだったのに。

「まぁ、部は違うけど同じ会社の人間となんて、旅行先でもあんまり顔を合わせたくないだろうし。それに井上はやたらに喜んでるけど、こんなオヤジと一緒じゃさ」
「あの、お二人は仲が良いようですが、同期か何かでしょうか」
「あいつは、俺より一つ下なんだ。大学が同じでね、だからずっとこんな感じで付き合いが続いてる」

―――なるほど。
でも、どっちかと言うと井上さんの方がお兄さんみたいに見えるわね。
二人のやり取りを見ていると、なんとなくそんな感じがするから。

「そうなんですか。男性二人で、こんなところに―――」

―――おっと、余計なことを言ってしまうところだったわ。
慌てて口を押さえた彩瑛。

「是非、その先を聞かせてもらいたいんだけどな」
「え…そっ、それは…」

160cmの彩瑛から見ればかなり背が高い小西に顔を覗きこまれて、思わず断崖絶壁を背に後ずさり。

「危ないっ」

彩瑛は腕を引っ張られ、小西の声に驚いて我に返ったが、冷静になればそこはちゃんと手すりもあって万が一にも落ちたりするようなことはない。

「もうっ、びっくりさせないで下さいよ」
「ごめん、ごめん。つい、調子に乗った」

笑いながら言う彼の手は彩瑛の腕を掴んだまま、驚きとそこから伝わってくる熱で彩瑛の心臓の鼓動が加速度を上げていく。
―――小西さんって、こういう人なの?
なんか、ヤダぁ。
同じ部じゃなくて、本当に良かったと思う。
こんなふうにからかわれたんじゃ、身が持たないわよ。

「もう、いいです」
「ごめんって。そんなに怒らないでよ」

怒ってないけど、なんだか子ども扱いされているようで気に入らない。
―――あぁ、でも高校の時も先生によくかわかられたのよね。
ちょうど、彼くらいの年齢差のある先生からも同じようなことをされたと思い出す。
あたしって、そういうタイプなのかしら?
麗香もおもしろがって、イジメたりするし。

「で、さっきは何て言おうとしたの?男二人でこんなところに来るなんて、あっち系か、それともナンパでもしに来たんだろうとか思った?」

―――げっ、わかってるんじゃない。
だったら、聞かないでよ。

「あはは。生憎、俺にはそういう趣味はないんだよ。あいつは、どうかわからないけどさ」

ちらっと視線を二人に向けると、小西と彩瑛の存在などすっかり忘れて楽しそうに話してる。
彼女は年齢のわりに大人びて見えるから、井上と並んでも全く違和感がない。

「あの、手を離して…」
「え?あっ、ごめん」

まだ、彩瑛の腕を掴んでいた小西は急いで手を離す。
完全に怒らせたなと、小西は苦笑するしかない。
会社でもこんな感じで冗談交じりで部内の女性と会話していたものだから、つい彩瑛に対しても同じようにしてしまったのだが、どうやら彼女には通じなかったようだ。
それがある意味新鮮だったというか、小西にしてみれば彩瑛を意識させる材料になったといってもいい。
スタイルもいいし、パッチリした二重は誰もが目を引く可愛い子。
井上が騒がなかったのが不思議なくらいだったが、どうやら彼はあっちの彼女がお気に入りらしい。
入社二年目だと聞いていたから、歳の差はちょうど10歳。
今までそんなに歳の離れた女性を恋愛対象になどしたことはなかったし、これからもないと思っていた。
それが、今変わるかも…。
となれば、本気で嫌われるのはきついから。

「ごめんな。俺のせいで、嫌な思いをさせて」
「小西さんは、さっきから謝ってばかりですね」
「実際、そういうことをしたわけだし」
「私、可愛くない女なんです。冗談も通じないような」

彩瑛は体を海の方へ向けると、溜め息を吐いた。
誰にでもはっきり言う性格も、可愛くないってわかってる。
だけど、こればかりはどうにもならないんだもの。
―――仕方ないでしょ?

「俺的には、それってかなりツボなんだけど」
「ツボ?」

意味のわからない彩瑛は、首を傾げて小西のことを見ている。

…お願いだから、そんな目で見つめないでくれ。

こんな小西の想いなど、今の彩瑛にはちっともわかっていなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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