ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 3


「ねぇねぇ、彩瑛。小西さんといい感じだったけど、何を話してたのよ」
「え?別に」

―――自分だって、井上さんと楽しそうに話していたくせに。
麗香の方こそいい感じだったのに、しっかり彩瑛達のことを見ていたのが不思議なくらい。
しかし、彼女が思っているような、小西さんとはそんなこと全然ない。
彩瑛の中での彼の印象は最悪だったし、彼の方だって…。

あれから小一時間ほどドライブをして、なぜか夕食まで一緒に食べて部屋に戻って来たが、彩瑛には深い疲労だけが残った。
ベッドにごろんと仰向けになると、白い天井を見上げる。

「別にって」
「だって、あんな軽そうな人。いくら、うちの会社のマネージャーでも嫌。人のことからかって、面白がってるだけだもん」

隣のベッドに麗香は腰掛けると、そんな彩瑛を呆れ顔で見つめていた。
軽いというか、二人ともノリがいいことは確か。
部内の雰囲気も明るくて、彩瑛や麗香の所属する第二営業部とはかなり違うし、それが羨ましいとさえ思う。
彩瑛にしてみれば、受け止め方が少し違うのかもしれない。

「でもさぁ、小西さんは彩瑛のこと、気に入ってたみたいじゃない?」
「はぁ?そんなことあるわけないでしょ」

むっくり起き上がった彩瑛は麗香の方へ体を向けるとベッドの端に腰掛けて、彼女と向かい合わせになる。
小西は食事中もつっけんどんに返す彩瑛を他所に、一生懸命話し掛けていた。
だからといって、気に入るとかそんなことではないと思うが…。

「あるわよ。あ〜彩瑛ったらいいんだぁ」
「勝手に言ってなさいよ。先にシャワー使わせてもらうからね」

これ以上話していても余計疲労が増すだけ、彩瑛は逃げるようにしてバスルームへ向かった。

+++

「おはよう。お二人さん、昨日はよく眠れたかな」

朝からテンション高く挨拶してきたのは、井上だった。
朝食を取りに行く途中、なんという偶然なのか、彩瑛と麗香はバッタリ彼に遭遇したのだが、小西の姿は見えない。
朝が弱いのか?そんなことは、どうでもいい話だけど。

「おはようございます、井上さん。小西さんは、一緒じゃないんですか?」
「それがね、仕事でトラブル発生?会社から電話で今、話してるところ。すぐ来ると思うんだけどさ」

麗香は周りを見回しながら問うと、会社から電話とはお気の毒様、旅行先まで仕事の話とは他人事ながら大変だ。

「おはようございます。大変ですね、朝からなんて」
「そうなんだよ。こうして、森山さんにも逢えたのになぁ。早く来ればいいのに」

―――井上さん、言ってる意味がわからないんですけどっ。
それより、ナイトダイビングはどうだったのかしら?

「井上さん、ナイトダイビングはいかがでした?」
「いやぁ、最高だったよ。月明かりに地形のシルエットが浮かび上がって、めちゃめちゃ綺麗」
「あぁ、そうなんですか?羨ましいです。私も見てみたい」
「じゃあ、次回是非」

そんな話を聞いてしまうと、益々見てみたいというもの。
次回がいつになるかわからないが、今度来た時は必ず夜にも潜ってみよう。
井上の話を聞いて彩瑛が羨ましいなぁと思っていると、電話を終えた小西がやって来た。

「あれ、お二人さんも一緒?」
「おはようございます。お仕事は、大丈夫なんですか?」
「お蔭様で、なんとか。今から戻って来てくれとか言われても困るし」
「良かったですね」

麗香のようには可愛く聞けない彩瑛も小西の相変わらず爽やかな風貌に思わず目がいったが、適当に挨拶してバイキングスタイルで色とりどりに並んだ料理を皿に取り分ける。
―――お腹空いちゃったのよね。

「おはよう。無視すんなって」
「え?ちゃんと挨拶しましたけど」

隣にぴったりとくっ付いてくる小西。
目は合わせなかったが、彩瑛も挨拶はちゃんと返したつもり。
なのに失礼な。

「そういうつっけんどんなところが、たまんないんだけど。できれば、目を見て挨拶して欲しかったな」
「おはようございます。小西マネージャー」

彩瑛は彼と目を見てニッコリ微笑むと、クルっと体の向きを変えて別のテーブルの料理を取りにスタスタ行ってしまう。
―――何よ、いちいちうるさいわね。
別に目を見なかったくらいで、あんなこと言わなくてもいいじゃない。

「なぁ、俺のことそんなに嫌?」

いつの間にまた隣に来ていたのか、小西がぴったりと彩瑛の側にくっ付いている。
「嫌?」と言われても、ここで『はいそうです』とは答えられないし、今の小西と彩瑛の間には同じ会社に勤めているという事実しかないのだから、そういうことはどうでもいいのではないか。

「そんなことはありません」
「ほんと?」
「はい」
「ならさ、今夜俺と二人っきりで食事でもどう?井上は斉藤さんを誘うらしいから」
「へ?!」

彩瑛は目をパチクリさせたまま、今言われた言葉を頭の中で処理しきれない。
―――食事にとかなんとか、言われたような…。
あり得ない、こんなふうに誘われるなんてこと。

「冗談ですよね」
「残念ながら、本気なんだけど」
「どうしてですか?あなたなら、私でなくても素敵な女性は周りにいるはずですし。ここへは、ナンパ目的ではないと言っていたじゃないですか」

冗談だと言って欲しかった。
なのに彼の目は真剣で…。
何で、彩瑛なのか?こんな子供を相手にしなくても、周りにはもっと素敵な女性がいるはずなのに…。

「もちろん、ナンパなんかじゃない。だから、真面目に誘ってるんだ」
「困ります。そんなの」
「どうして?」
「どうしてって、言われても…」

同じ言葉を返されて、彩瑛は言葉に詰まってしまう。
このまま、彼と一緒にいると自分が自分でなくなってしまうような気がして怖い。
軽い気持ちで誘われた方が、どんなに楽だったか…。
想いを感じるだけにどうしていいかわからない。

「今すぐとは言わないから、考えておいて。もちろん、いい返事しか聞かないけどね」

小西はさっさと、井上と麗香の待つテーブルに行ってしまう。
その後姿を見つめながら、なぜか彩瑛は明確な答えを出すことができなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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