ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 4
―――何なのよ、あの人…。
いきなり食事に誘うなんて、信じられない。
考えておいてと言われても、考えることなんて今の彩瑛には何もないわけで…。
困ったなぁ…。
朝食を終えて部屋に戻った二人だったが、彩瑛はそのままバルコニーに出ると海をじっと眺めていた。
「彩瑛、どうしたの?早く支度しないと迎えの車が来ちゃうわよ?」
今日は朝からダイビングをする予定、とはいっても体験ダイビングといって初心者にも気軽に潜れるというもの。
二人は2ダイブで、一日満喫するつもり。
「あっ、うん」
「あんなに楽しみにしてたのに彩瑛ったら、ボーっとしちゃって。小西さんのことばかり考えてちゃ、だめじゃない」
―――楽しみにしていたことには変わりないけど、あの人があたしを悩ませるようなことを言うからっ。
「麗香の方は、井上さんとはどうなってるわけ?食事に誘われたんでしょ?」
「まぁね。でも、そんなに深くは考えてないの。彼とは話してて楽しいし、食事くらいならって、それだけよ」
案外、麗香は冷静に割り切って考えている。
お互いバカンスに来ていることもあるかもしれない、軽く受け流せばいいのにそれができない彩瑛が大人に成りきれていないということなのか。
「そんな簡単には、考えられないんだもん」
「嫌なら嫌で、はっきり断ればいいだけのこと。迷いがあるってことは、彼のことが気なるってことでしょ?だったら、勇気を出して飛び込んでみたら?夏なんだし」
口では嫌って言っておきながら、本人を前にするとそれが言えなくなってしまうのは、本当はそう思っていないから。
自分の気付かないところで、彼に惹かれていることを認めたくなかっただけ。
◇
迎いに来てくれた車で一度ショップへ行き、一通り説明を受けてから機材を身に着け浅瀬の海での練習。
後に本番、ダイビングポイントへ移動すると思ったよりも深いところまで潜ることができるらしい。
その頃には彩瑛の中からはすっかり小西の存在は消えて、心は海の中の世界へと導かれていく。
二人とも初めてということもあって多少緊張している部分もあったが、水中で小さな魚と戯れているうちに段々と消えてなくなっていた。
「すっごい綺麗。めちゃめちゃ感動しちゃった」
「あたしも、想像以上だったわ。鳥肌立っちゃったもん」
興奮気味に話す麗香だったが、それは彩瑛も同じ感想だった。
まだまだ、本当の海の美しさはこんなもんじゃない。
ほんのちょっぴり味わっただけなのに、これだけ人を惹きつけてしまうとは。
2ダイブ目は別のポイントへ、それでもあっという間に終わってしまい、すっかり二人のハートを魅了してしまったようだ。
「もう、終わりかぁ。もっと、海の中にいたかったな」
彩瑛はいつまでも海の中にいたい気持ちで一杯だったが、名残惜しいけれどホテルに戻らなければならない。
今度来る時は、本格的に潜ってみたい。
昨晩、小西と井上が行っていたナイトダイビングにも絶対。
海を堪能した彩瑛と麗香だったが、朝が早かったせいかシャワーを浴びて軽く昼食をとった後にベッドでスースー眠ってしまう。
彩瑛が目覚めたのは、陽が傾き始めたころだった。
―――あぁ〜よく寝たぁ。
午後はショッピングに行こうという話をしていたのに、すっかり眠ってしまった。
ふと、目を麗香が使っていたベッドに向けたが、彼女の姿はない。
しかし…。
「どっ、どうしてっ小西さんがここに。いっ、いるんですかっ!!」
すぐ側で、ベッドの端に腰掛けて彩瑛の顔を覗き込むようにしていたのは小西。
――― 一体、いつの間に…。
それより、麗香はどこへ行っちゃったのよ。
慌てて起き上がると枕を抱えて、壁を背に後ずさり。
「しっかし、よく寝てたな。あんまり気持ち良さそうに寝てるもんだから、取って食っちゃうところだったぞ」
どれくらいの時間、そこで彩瑛の寝顔を見ていただろう。
麗香に連絡をもらって井上と共にここへ来たのだが、一人にされた小西はおあずけをくらってかなりきつい状況だった。
…無防備過ぎだ。
普通、部屋にこんなふうに入って来ることなどないわけだから、仕方ないが…。
「取って食うって…」
仮にも会社の上司たる者が、そんな発言をしていいものなのか?
「で、どうする?井上と彼女は、もう出掛けたけど」
小西は、彩瑛とは顔を合わせずに窓の景色をじっと見つめている。
眠っていてすっかり忘れていたが、彼に食事に誘われていたんだった。
何も考えていなかった彩瑛は、答えに詰まってしまう。
「下で待ってるから、気が乗ったら降りて来て。30分経って来なかったら、諦めるから」
そう言うと、小西は部屋を出て行ってしまう。
―――どうしよう…。
麗香もいないし、ここであの人と食事に行かなかったら、あたしは一人でここにいなきゃならない。
それも寂しいし…。
だからといって、ホイホイ付いて行くのもどうなのよ。
彩瑛は暫く考えながら、ベッドを降りるとあっちこっち部屋の中を歩き回っていたのだが、その間にも時計の針はどんどん進んで行ってしまう。
「あぁ〜もうっ、行けばいいんでしょっ、行けばっ!」
一人大きな声を出すとクローゼットに掛けてあったワンピースに着替えて、急いで化粧を…。
―――あっ、スッピン見られちゃった…。
寝顔を見られたことプラス、スッピンまでも見られてしまったなんて…。
まぁ、この際そんなことはどうでもいい。
別に今は彼氏でもなんでもないわけだから、スッピンを見られようと寝顔を見られようと構わない。
バックを手に部屋を出るとエレベーターに乗り込んだ。
ロビーに着いた頃には、時計の針は既に約束の30分を回ろうとしていところ、辺りを見回しても小西の姿は見当たらない。
―――もしかして、帰っちゃった?
何よ、もう少し待っててくれてもいいじゃない。
人がせっかく来てあげたっていうのに、せっかちな人なんだから。
「遅いぞ」
「え?」
背後から小西の声が降ってきて、彩瑛は慌てて振り返る。
帰ってしまったとばかり思っていた彼がすぐ目の前にいるのが、なんだかとても嬉しく感じるのはなぜだろう?
「じゃあ、行こうか」
微笑みながら腕を出されて一瞬戸惑いながらも、彩瑛は自分の手を添えた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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