ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 5
小西と彩瑛はホテルで呼んでもらったタクシーに乗り込むと、彼が予約したというレストランへ向かう。
未だに彼の腕に自分の腕を絡ませる彩瑛だったが、直に肌と肌が触れ合って、ドキドキが伝わってしまいそう。
何か話さなければと思うけれど、言葉が見つからなくて、彼とは反対の車窓をただ眺めることしかできなかった。
暫く走ってタクシーが止まったのは、海辺に立つシーフードレストラン。
夕日を浴びて、白い壁がゴールドに輝いている。
「綺麗」
あまりの美しさに自然に口からこぼれたが、小西にしてみれば大胆な花柄で背中が大きく開いたワンピースに身を包んだ彩瑛の方がよっぽど綺麗に見えたわけで、本当なら『君の方が』と言いたいところをグッと我慢して「そうだな」と在り来たりの返事で返すことしか出来なかった。
店内は南国リゾートらしい明るいカジュアルな雰囲気で、既にカップル達が席を埋め尽くしている。
ちょうど夕日が沈むこの時間を計算して小西は彩瑛を誘ったのだが、席に案内されるや否や彼女はうっとりと窓の外を見つめていた。
すぐにメニューを持って来た若いウェイターには、彩瑛に気付かれないように目で合図する。
少しの間、二人にはロマンチックな時が流れていた。
「あぁ、沈んじゃった」
夕日が地平線に消えたのを見届けた彩瑛は残念そうにそう言うと、ふと我に返る。
それは、両手を顔の前で組みながらニコニコと微笑む小西の顔が目の前にあったから…。
―――やだ、あたしったらつい、夕日に見入っちゃって小西さんとここに来てたことをすっかり忘れてたわ。
恐らく、彼はずっと彩瑛のことを見ていたに違いない。
急に恥ずかしくなって俯いた。
「何でも、好きなものを頼んでいいから」
彼からメニューを渡されて、そのまま視線を落とす。
軽く昼食は取ったものの、2ダイブ潜ればお腹も空くというもの。
美味しそうなシーフード料理の写真を目にした途端、さっきとは別の表情を見せる彩瑛に小西は本当に見ていて飽きないなと思う。
夕日に見惚れていた彼女は驚くほど大人びていて、なのに今メニューを見ている彼女は子供みたいに無邪気で。
「小西さんは、もう決まったんですか?」
悩んだ末に決めた彩瑛が顔を小西に向けると、彼はまたもや自分の方をニコニコ微笑みながら見ていた。
「俺?俺は君に合わせるから」
「え、ちゃんと自分で決めて下さいよ」
道理で全然メニューを見ていないと思ったら、そんな適当な…。
「はい、どうぞ」とメニューを開いて小西の前に差し出すと「俺は同じものでいいのに」と言いながら仕方なくメニューをペラペラと捲っている。
その姿を今度は彩瑛の方がじっと見ていたのだが、日に焼けた肌に少し胸元を開けたシャツからも体を鍛えているのがわかる。
ちょっとキザかな?というところは彩瑛の好みではないかもしれないが、それが彼に似合っているからいいことにしておこう。
―――それにしても、何であたし?
彼を見ていると、どうしてもこの疑問が頭から離れない。
やっぱり、いい男だもの。
上司がこの人なら、会社生活も変わるのだろうか?
今度はきちんと決めたのか、小西は再びさっきと同じウェイターを呼ぶと手際良く注文していく。
「ダイビングは、どうだった?」
すっかり窓の外は満天の星空に包まれていて、彩瑛は視線をどこにもっていっていいかわからなかったが、ダイビングの話をされてあの綺麗な海の中の光景が蘇ってくる。
「はい。初心者なのでそんなに深いところまでは潜れませんでしたけど、それでもすっごい綺麗でした。今まで見たどんなものよりも綺麗だなって思いました」
「そっか。俺も学生の頃にここで潜ったのがきっかけでダイビングに嵌ったんだけど、初めて潜った時の感動は今も忘れないな」
小西は大学時代に友人に誘われて、ここサイパンで彩瑛と同じように体験ダイビングをしたことがきっかけで潜るようになった。
だから、彼女が自分と同じように感じてくれたことが嬉しいし、もっともっと海を好きになってくれればと願う。
「もっと潜りたいなって思いますけど、ライセンスとか取らないといけないので」
「俺がその辺の詳しいことは教えてあげる。慣れることが一番だから、暇を見つけては潜りに来ないとな」
彼はビール、彩瑛はトロピカル・カクテルで乾杯。
この場の雰囲気もあって、段々彼とも打ち解けて海の話で盛り上がる。
彼は海の話になると真剣でいてとても楽しそう、本当に好きなんだなと思う。
美味しそうな料理が出てきても話は止まらなくて、彩瑛がせっかくだからと言ってようやく口にすることができたくらい。
それでも、一緒にいるのは嫌じゃなかったし、むしろ心地良くて、美味しい料理にもありつけたことも、誘いを断らなくて良かったと思った。
「いいんですか?奢っていただいても」
「いいよ。それくらいの給料はもらってるつもりだから」
「ありがとうございます。ご馳走さまでした」とお言葉に甘えて小西に奢ってもらったが、『こんな時間?』というくらい長い間話し込んでいた二人がようやく店を後にした頃には何時間も過ぎた後だった。
来た道をタクシーに乗りホテルに戻るが、すっかりいい気分になった彩瑛は彼の肩に凭れ掛かってしまう。
「ごめんなさい」
「気にしないで」
「ほら」と、小西は彩瑛の肩に腕を回すと自分の方へそっと抱き寄せる。
―――食事に誘われたくらいで…。
そうは思っても、体がいうことを利かない。
男性に肩を抱かれるのは、いつ以来だろう?
高校、大学と何人かの男性と付き合ったことがあったが、いずれも長続きはしなかった。
趣味が合わないということもあったし、相手が同級生や年下で、甘えることができなかったことも上手くいかなかった理由なのだろうか?
小西のような大人の男性とこんなふうに二人っきりで食事をするのも初めてだったが、包み込むような懐の大きさを感じさせられる。
しかし、これ以上は…。
昨日逢ったばかりでお互いのことも良く知らないし、流れで自分を見失うようなことになっては絶対にダメ。
ホテルに着くと彩瑛は小西から離れるように車を降りるが、体がフラついて思うように歩けない。
「大丈夫か?酒、弱いんだな」
「ご心配なく。見掛けによらないって、言いたいんでしょ?」
彼に差し出された手をやんわりと退ける。
彩瑛は気は強いが、お酒はめっぽう弱い。
だから、トロピカル・カクテルにしたのだが、思ったよりもアルコール度数が強かった。
「そういう気の強いところ、たまんないな」
「からかわないで下さい」
…警戒されてる。
食事中は、あんなに楽しそうに話してくれたのに…。
小西はそう思ったが、ここで離したら…フラつく彩瑛を自分の胸に抱きしめた。
思った以上に暴れたけれど、そんなものは男の力には及ばない。
「ちょっ、離して下さいっ」
「大人しくしてないと危ないぞ?1人で歩けないんだし」
「やっ、離し――― …っ…」
尚も、抵抗する彩瑛の唇を咄嗟に小西は自分のそれで塞ぐ。
一瞬、ビクッと彩瑛の体が反応したが、小西はくちづけを止めなかった。
まるで、小西の唇を通して彩瑛自身が溶けていくよう…。
ただでさえ立っていられなかった彩瑛は、そのまま彼の胸に倒れ込むしかなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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