ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 6


ブザーを数回押したが応答がないので、彩瑛は持っていたカードキーでドアを開けて一人部屋に入ると麗香はまだ井上と一緒なのだろう、カーテンも開けっ放しのまま月明かりだけが薄暗い室内を照らしていた。
それでも灯りを付ける気になれなかった彩瑛は酔いを覚まそうと今朝と同じようにバルコニーに出て、ただじっと真っ暗な海を眺めながら彼の感触が残る唇にそっと指で触れる。

『好きだ―――』

あまりに直球な言葉に彼らしさを感じつつも、どこかで信じられない自分がいるのも確か。
昨日の今日で、そんなに簡単に人を好きになれるものなのかどうか…。
その答えは、彩瑛自身が一番よくわかってる。

―――悔しいけど、やっぱり好きなんだろうなぁ。
認めたくない自分と、彼の言葉を素直に嬉しいと思う自分。
人を好きになるのに理由なんてないし、時間も関係ない。
だからって、会社の上司よ?
部も違うから社内恋愛うんぬんで悩むこともないと言えば、ないのかもしれないが…。
でもねぇ…。
お互いのことをじっくり知ってから、今までの恋愛がそうだっただけに彼の気持ちをすぐにはどうしても受け入れられない。

そんな時にブザーが鳴って、麗香が戻って来たようだ。
部屋の電気を付け、念のためドアスコープで彼女と確認してからドアを開ける。

「彩〜瑛、たらいまぁ。あれっ?もうもろってたの。小西さんは、いっひょりゃないの?」

麗香は彩瑛に抱きつくとかなり酔っ払っているのか、ろれつが回っていない。
心配で付いて来たのだろう、後ろには支えるようにして井上が立っていた。

「麗香ったら、こんなに飲んじゃって」
「ごめんな。俺が付いていながら」

「こんなに飲ませるつもりじゃなかったんだけど」と、井上は申し訳なさそうな表情で彩瑛に謝った。
麗香はわりとお酒が強い方だから、こんなに酔うのは珍しい。
余程、井上と一緒にいるのが楽しかったのだろうと彩瑛は思う。

「いえ。きっと、井上さんと一緒で楽しかったんだと思います」
「そうだったら、嬉しいんだけどね」

苦笑する井上に手伝ってもらい、麗香をベッドまで運ぶ。
その寝顔はとてもいい顔をしていて、さっき言ったことは間違いなく確信に変わる。
もし、彩瑛がここにいなくて二人っきりになったとしたら、井上は理性と戦うのが大変だっただろう。

「すみませんでした。ご迷惑をお掛けしてしまって」
「ううん。ところで、小西とはどうだった?」
「えっ、まぁ…」

井上に小西とのことを聞かれ、彩瑛は返答に困ってしまう。
彼との食事はとても楽しかったし、ダイビングの話に知らぬ間に引き込まれていて時間も忘れてしまうほどだった。
麗香じゃないが、楽しい時間を過ごしたことには彩瑛だって変わりない。

「その顔は、あんまり楽しくなかったのかな?」
「いえ、そんなことは。小西さんと話しているととても楽しくて、時間も忘れてしまうほどでした」

だったら、どうして?
彩瑛が返答に迷ったのか、井上にはそれが引っ掛かる。
小西とは大学時代から数えてかれこれ10年以上の付き合いになるが、社交辞令的に女性と話はするものの、井上と違って一対一で誘うというようなことを誰にでもはしない。
だから、井上が麗香を誘ったからという理由で自分は彩瑛をというようなことは、小西には有り得ないのだ。
恐らく真剣な小西に対して、彩瑛は時間も忘れて話をしていたと言うが…。

「ほんと?」
「はい」
「じゃあ、初めの困ったような顔はどうしてかな?」
「それは…」

井上のことをただの軽い男性かと彩瑛は思っていたが、どうやら違ったようだ。
短い時間でも相手の表情をよく見ているのは、さすが人の上に立つ人間なのかと感心してしまうくらい。
―――でも、ここで小西さんに言われたことを井上さんに話すのは…。
相談すれば少しは楽になるのかもしれないし、彼の後輩ならどうしたらいいか教えてくれるかも。

「小西って、ストレートに気持ちをぶつけてくるだろう?」
「え、はい。そうですね」

言わなくても、井上には彩瑛の気持ちがわかったようだ。

「それで、引いちゃう子も多いんだよ。あの容姿だし、誰にでもそう言ってるんじゃないかってさ。だけど、そんなことないから。小西は、初めから森山さんのこと気に入ってたもんな」

それは、初日にドライブに誘った時から井上にもわかっていたこと。
あんなふうに一生懸命話し掛けている小西を見るのは、久し振りだったかもしれない。

「小西さんの気持ちは嬉しいんですけど、あまりに急過ぎるのでどうしていいかわからないんです」
「すぐに答えを出さなくても、いいんじゃないかな?会社の上司とか、そんなことも気にすることはないし」

好きと言われて、キスされて、気持ちが動揺していただけ。
彼のことは嫌いじゃない、むしろその反対なのだから、もっとゆっくり知っていってもいいのかな。

「そうかもしれないですね」
「いやぁ。しかし、今回が最速だったかもしれないな。それくらい、森山さんには魅力があったんだろうけど」
「私にはそんな…」

井上が言うような魅力など、彩瑛自身には全くわからない。
それも、小西ほどの人に好かれる理由など…。

「それじゃあ、俺は戻るわ」
「あっ、井上さん。麗香のこと、よろしくお願いします。あの子、すごくいい子なんです。だから…」

麗香はあの通りの性格だから、冷静に割り切って井上と付き合える。
本人もそんなことを言っていたが、今の彼女を見るとそれだけではないような気がして彩瑛にはならなかった。

「わかってる。森山さんに心配掛けるようなことはもちろん、彼女を泣かせるようなことは絶対にしない。ここだけの話、実はずっと彼女を狙ってたんだ。部も違うし、誘うきっかけもなかったからね。ここで逢えると思わなかったから、幸運に感謝したよ」

井上は麗香が入社した時からずっと、彼女に想いを寄せていた。
部も違うし、ただでさえチャラ男に見える井上が新人の麗香を誘うわけにもいかず、この恋は実らないものと諦めていた矢先の幸運に目的のダイビングも忘れるくらい。
一つだけ気になることと言えば、麗香がどこまで井上の気持ちをわかってくれるかだろう。
彩瑛と違ってその場の雰囲気を受け入れてくれる麗香は、井上の本気に気付いてくれないかもし
れないから。
それを小西に言おうものなら、色々聞かれると思っていた井上はいつもの軽いノリと取られるように誤魔化していたのだった。

「おやすみ」と出て行った井上を見送りながら、彩瑛は自分のことよりもこの二人が上手くいくことを願って止まなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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