ふたりの夏物語U
-Endless Love-
STORY 7


結局、ほとんど眠れないまま朝を迎えた彩瑛は、彼のことを考えながらもせっかくの旅行だからと帰国前の最後の一日をスパ&エステで体を癒し、思いっきりショッピングで締めくくることにした。
一方、麗香はというとちょっと二日酔いが残るのか、目覚めも悪い。

「麗香、大丈夫?」
「う〜なんとか。こんなに飲んだつもり、なかったんだけど」

上半身をやっと起こしたものの、頭が痛いのか、なかなか起き上がれない。
そんな彼女を見ていると、ダイビングを昨日にしておいて良かったなと彩瑛は思う。
楽しみにしてきたのに二日酔いで潜れないなんてことになっていたら、井上を恨んだかもしれないから。

「井上さん、謝ってたわよ。自分が付いていながらって」
「うそ、ほんと?悪いことしちゃったな」

井上の名前を出した途端、麗香はさっきとは打って変わって元気よく起き上がる。
彼女だって昨日の様子から見れば、彼と一緒が楽しくなかったはずはなく、むしろその逆。
だから、こうやって彼の名を出すことによって意識させようというのが彩瑛の狙いでもあった。
自分のことは、棚に上げて…。

「そうよ?だから、そんな二日酔いの顔してたらダメなんだから」
「はいはい」

麗香は彩瑛に言われて顔を洗いに洗面所へ行くが、二人こそどうなったのかが気に掛かる。
眠っていた彩瑛を小西に任せて出て行ってしまったから、後のことがわからない。
もしかしたら出掛けなかったのかもしれないし、自分のように楽しい時間を過ごしたかもしれない。
しかし、彼女の表情からはそれが全く読み取れない。

「ねぇ、彩瑛。小西さんとは…」

洗面所から麗香の声だけが聞こえたが、彩瑛には彼女が言おうとしていることがすぐにわかった。
自分のこともそうだが、やっぱり友達の恋路が気になるのだろう。
人のことなど、心配しなくてもいいのに…。

「ん?まぁ、あたし次第かな」
「彩瑛、次第?」

ひょっこり顔を出した麗香は、意味がわからなかったのかタオルを首に下げたまま首を傾げるばかり。
そんな彼女を見ながら、人足先にタンクトップとショートパンツに着替える彩瑛。

「好きだって言われちゃった」
「えっ、そうなの?」

麗香には、隠すつもりはなかったから。
でも、驚くのも無理はない。
こんなに早く、小西が彩瑛に気持ちを伝えるとは思わなかっただろうし。

「正直、あたしもどうしていいかわからないんだけど」
「いいじゃない。あんな素敵な人に見初められたんだもの。悩むことなんてないわよ」

さすが、麗香。
彩瑛にはまず、こんなふうな言葉は出てこない。
関心している場合じゃないが、彼女のように迷わず恋愛できればどんなにいいだろう…。

「小西さんのことは、前向きに考えてみる。すぐに答えを出すことないって、井上さんにも言われたし」
「ダメよっ!そんなの。時間は待ってくれないんだから」
「え?」

突然麗香が、彩瑛に詰め寄る。
その表情はいつになく真剣で、彩瑛は面食らってしまう。

「手を胸に当てて、目を瞑って」
「ちょっ、何よ。いきなり」

「いいから、あたしの言う通りにしてっ」と麗香に両手を捕まれ、クロスするようにして胸の位置に持ってこさせられた。
一体、何を始めようというのだろうか?
観念した彩瑛は、ゆっくりと目を瞑る。

「彩瑛、いい?今、一番に思い浮かぶ人は誰?」

――― 一番に思い浮かぶ人?
彩瑛にはやっと麗香がどうしてこんなことをさせたのか、その理由はわかったが、本題に戻って考えてみる。
本当は考えなくても答えなど、とっくに出ているのかもしれない。
それを麗香が、再確認させてくれたということ。

目を開けた彩瑛に麗香は何かを言おうとしたが、黙ったまま彩瑛の方から話すのをじっと待っていた。

「一番に思い浮かんだ人は…」
「人は?」
「麗香と井上さん」
「はぁ?!」

期待外れの答えにガックリ肩を落とす麗香。
…ん?しかし、なぜ彩瑛はあたしと井上さんを思い浮かべたのかしら?

「ところで、何であたしと井上さんなわけ?」
「二人が素敵なカップルになってくれたらいいなって思ったから。必ずそうなるって、信じてる」

麗香のさっぱりした性格は彩瑛も大好きだったし、見習いたいと常々思うが、それで彼の本当の想いまで受け流して欲しくない。

「実はもう一人、小西さんのことも。好きって言われたからじゃない。もっともっと、彼のことを知りたいって思うし、あたし自身も彼を好きになりたいって思うの」
「彩瑛…」
「あたし、今から変わる。傷ついたっていい、先のことなんて誰にもわからないんだもん」

彩瑛はバルコニーに出ると思いっきり両腕を上げて深呼吸する。
今日も雲一つない、いい天気、きっと素晴らしい一日になると彩瑛は確信していた。



ゆっくりしていたせいか、彩瑛と麗香が朝食を取りに行った時に小西と井上には逢わなかった。
それを寂しいと思う二人だったが、約束していたわけでもないし、仕方がない。
彩瑛は一人フロントに行くと、メッセージを残して麗香と共にスパ&エステに。
本格的なスパに行くのは彩瑛も麗香も初めてだったが、こんなにも気持ちのいいものなのか。
心も体もリフレッシュ、至福の時を味わいながら、二人は暫しの眠りに導かれて行った。

お昼を挟んで午後はDFSで自分へのご褒美と会社の同僚に頼まれたブランド品や化粧品を買い求め、地元のマーケットではチープなお土産を探す。
やはり女性はショッピングが大好き、時間を忘れて夢中で見ていたが、彩瑛は大事なことを思い出し、慌ててホテルに戻る。

「ごめんね、急がせて。あたしね…」
「いいわよ、今は何も聞かないことにする」

こう言ってくれた麗香に感謝しつつ、彩瑛はホテル前のビーチに向かう。
既に夕日は地平線にかかろうとしていたが、辺りを見回してもあの人の姿はない。
―――まだ、来てなかった。
それとも…。

とにかく待つしかないと、彩瑛は砂浜に腰を下ろして沈もうとしている太陽を眺めていた。
今日でこの夕日ともお別れ、ちょっぴりセンチメンタルになりながらも美しい景色に見入っていると…。
視界が暗くなったと同時に両手で目を塞がれた。

「小西…さん?」
「ごめん、遅くなって。たった今、ダイビングから戻って来たんだけど、フロントでメッセージを聞いて急いで来たんだ」

今朝も早くホテルを出ると一日ダイビングをしていた小西は戻ってからメッセージを聞き、荷物を井上に預けてその足で急いでここへ来たのだった。

「私こそ、急に呼び出したりしてごめんなさい」
「君からの呼び出しなら喜んで」

彩瑛の隣に腰を下ろす小西は、これが彼女と最後になるのではないかと内心不安でいっぱいだった。
想いを告げてしまったものの、後になって早過ぎたと後悔をしなかったわけではない。
だから…。

「あの、もう一度言ってくれませんか?私のことが好きって」

突然立ち上がった彩瑛は、小西と顔を合わせることなくじっと海を見つめたまま。
そんな夕日に照らされた彩瑛を見上げながら、小西はほんの少しだけ希望を胸に抱く。
…もう一度、好きと言ったら、彼女はなんと答えてくれるのだろう?

小西は立ち上がると、彩瑛の正面に向かい合う。

「好きだ。君が」

射抜くような視線に彼の想いを感じる。
こんな自分を好きだと言ってくれた彼の気持ちに応えたい。

「私、可愛くないし、冗談も通じないような女ですよ?」
「ツボだって言ったろ?」
「口も悪い、素直じゃないし」
「そういうところが、たまらないんだけど」

―――えっと…。
次の言葉を考えていると、小西との距離がどんどん縮まっていく。

「他には?」
「小西さんのこと、傷つけるかもしれません」
「それは、お互い様」

腰に腕を掛けられて、彩瑛は小西の胸にすっぽりと収まってしまう。
今度はおとなしく彼に抱かれ、暴れたりしない。
そして、しっかりと目を見つめ…。

「私も好きです、あなたが」

彩瑛は、そっと彼の背に腕を回す。
―――言う前よりも今の方が、ドキドキしてるかも。

至近距離に彼の顔があって、彩瑛は思わず目を瞑る。
「好きだよ」という言葉と一緒に唇が重なった。
夕日に照らされた二つの影は一つになり、静かな波音が二人を包んでいた。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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