ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 1


灼熱の太陽、碧い海、恋に落ちた夏も過ぎ去り、すっかり街は秋の気配。
しっとりとした大人の季節―――。

「麗香、どうしたの?こんなに」

休憩にとこっそり女子更衣室にやって来た彩瑛だったが、麗香のロッカーからは出るは出るは、チョコレートの山々。

「これ?新作のチョコレート。美味しそうだったから、全部買っちゃったの。どれでも、お好きなのをどうぞ」

「はい」と手渡されたチョコレートの箱を彩瑛は見つめながら、麗香にとっては大人の季節より秋の新作チョコレートだったのだろう。
そういう彩瑛だって甘いものには目がないし、チョコレートは大好きだから、遠慮なく頂戴することにする。
太るなんてことはこの際、気にしないことにして。

「ありがと。遠慮なく頂くわ」

更衣室の中央に置いてあった長いテーブルにそれらの箱をズラリと並べ、二人は向かい合ってパイプ椅子に腰掛ける。
―――どれも美味しそうで、迷っちゃうわね。
彩瑛が箱を手に取って眺めていると、なぜか麗香は大きく溜め息を吐いた。
そう言えば、なんだか最近元気がないような…。
本人は特に口には出さないけれど、元気がないように思うのは彩瑛の気のせいだろうか?

「ねぇ、彩瑛」

麗香は、おもむろに数ある中から一つを手にしてパッケージを開ける。
それをジッと見ていた彩瑛だったが、彼女はその先をなかなか言い出せないようで口をつぐんでしまう。

「何よ、どうかしたの?麗香らしくもない」
「井上さん」
「井上さんが、どうかしたの?」

夏休みのサイパン旅行から、麗香は第一営業部の井上と付き合うようになっていた。
彼女の性格から、初めはその場限り的なものだったようだけど、彩瑛からみてもお似合いのカップルだったし、二人は日本に帰って来てからもいい関係が続いてめでたく恋人に。
しかし、この様子だと何かあったのか…。

「女の影」
「はぁ?!」

思わず素っ頓狂な声を上げた彩瑛、確かに彼は軽そうに…これは麗香の前では声にして言えるものではなかったが、それでもこの恋は本物だと思っていた。
それが、女の影とは…。

「だってね、この前こっそり携帯見ちゃったのよ。そうしたら、女性らしき人からのメールが」
「えっ、井上さんの携帯見たの?」

「中身までは見てないけど」という麗香にさすが、という他ない。
―――別に褒めてる場合じゃないんだけど、あたしにはできないわね。
一緒にいれば気にもなる、彩瑛にはそこまではできないというか、カッコつけてるつもりもないけど、どこかで彼を信じたいと思っていたから。

「まぁね、あたしみたいな子供なんて相手にされてないのはわかってるわよ?だけど、一応付き合ってるんだから、もうちょっと気を使って欲しいっていうか」

麗香はヤケ食い気味にチョコレートの包みを開け、パクッと口に入れる。
気を使う前に麗香というれっきとした彼女がいるのなら、例え友達だったとしても井上は他の女性ときっぱり縁を切るべきだと彩瑛は思う。
というか、そうでなかったら絶対に許せないことだし。

「そんなことないでしょ。井上さんは、麗香のこと」
「彩瑛は、いいわよね。小西さんなら、そういう心配なさそうだもん」

他人のことは良く見えるもの。
彩瑛にだって、こればかりは核心を持って答えられるものではない。
歳の差もそうだし、麗香と同じように自分も彼の前ではまだまだ子供。
それは、一生埋まることはないのだ。

「わからないわよ?案外、すぐに別れちゃったりして」
「えっ」

意外な言葉に麗香は口元まで持ってきていたチョコレートを摘まんだままの手をその場で止めた。
割り切った大人のフリをしていたのは自分の方で、本当は彩瑛の方がずっと大人だったということ。
自分だけはそうならないと思っていても、彼の行動全てが気になって、いつか知らず知らずのうちに束縛するようになるのだろう。

「な〜んてね」

「そうなったら、どうしよう…。当分、立ち直れないと思うわ」と笑いながら話す彩瑛にさっきの言葉が本心じゃないことを知って麗香はホッとする。
誰だって不安だし、それでも人を好きになる。

「ほら、麗香も男友達いっぱいいるんでしょ?」
「そりゃぁ、いるけど」
「井上さんを妬かせてみたらいいのよ」
「えぇ〜そんなんで、あの人が妬くようには思えない」
「一回やってみたら?」

そういうものなのかと半信半疑で聞き入れた麗香だったが、これが予想外の効果を発揮することになろうとは…。

+++

今夜は、久し振りの小西とのデート。
彩瑛は浮かれる心を抑えながら、待ち合わせの場所へと急いで向かう。

「ごめんなさい」

先に来ていた小西は、「遅くなって」と少し息の荒い彩瑛の腰に腕を回して自分の体に密着させる。
オフィスから離れた場所を選んで逢っているとはいっても、人前でのこれはかなり恥ずかしい。

「悠さん?」

それに今の彼は、いつもと違う。
―――もしかして、遅れてきたことを怒ってる?
チラッと時計を見れば約束の時間より10分ちょっと過ぎているが、怒るようなことでもないような…。
デートだと思ったら、いつもより念入りにメイクをしてしまってとは理由にならないだろうか?

「彩瑛は、俺だけだよな?」

―――え?
覗き込まれるようにそれも真顔で言われて、彩瑛は何と答えていいのかわからない。
俺だけというのは…。

「えっと、それは…」
「いや、その…何だ」

歯切れの悪い言い方が、どうにも彩瑛には引っ掛かる。
自分に何かあるのなら、はっきり言って欲しい。

「悠さん、ちゃんと言ってくれないとわからないじゃないですか。俺だけって、どういう意味ですか?」
「あっ、だから」

「メールとか…」と最後の方は、声が小さくて雑踏に掻き消されてしまいそう。
何でメール?と思った彩瑛だったが、麗香の話を思い出してハッとする。
―――まさか、どうして…。
あたしが麗香に言ったことが、どうして悠さんに?

「メールが何か?」

ワザとこういう言い方をしたのは、恐らく井上から聞いた小西が彩瑛のことも気になっていたからに違いない。
となれば、麗香も上手くいったということになる。

「俺以外の男とだな、メールのやり取りなんか―――」
「してたら?」
「あ?してるのか?」

『してない』という期待していた答えでなかったことに小西は軽いショックを覚えた。
…俺だけだと思っていたのは、自惚れだったのか。

「してないですよ」

「するわけないです」と笑いながら言う彩瑛にヤラレタと思っても、もう遅い。
10も違う彼女に振り回されている自分は…。

「こらっ、からかったのか?」
「だって、悠さんが勝手に」

…言われてみれば、そう。
井上が彼女の携帯に男からのメールを見つけて、ものすごく慌ててたからつい…。

「ごめん」
「いいえ、嬉しかったです。悠さんが妬いてくれて」

「俺は妬いてなんか」と今更言ったって、これは言い訳にしか聞こえない。

『はい、妬きました。思いっきり』

ずっと側に置いておきたい。
それくらい、嵌ってるんだ。
彩瑛に。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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