ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 2
『はぁ…』
「マネージャー、どうしたんですか?溜め息なんて、らしくない」
「え?あっ、あぁ。聞こえた?」
「そりゃぁ、もう。大きな溜め息でしたから」と急ぎで書類にサインをもらいに来たのは、佐竹という20代半ばの男性社員。
なかなかの好青年だし、仕事もデキル。
小西にとっては、とても頼りになる存在だ。
しかし、溜め息を聞かれていたとは。
…そんなに大きかったか?
『どこで誰に見られているかわからないな』と小西は気を引き締める。
「彼女ですか?」
佐竹は後ろを振り向くと近くに人がいないことを確認してから、小西の顔に近付けるようにしてそう囁くように言う。
小西率いる第四営業部は若手が多い部でもあるから、みんな気さくにこんな会話も日常的に交わす。
「え?」
「マネージャー、丸わかりですから。女子社員は、特に落胆してる子も多いですよ。狙ってたんでしょうね、きっと」
…何?丸わかり?
夏休みが終わって、小西の様子がガラッと変わったのを敏感な女子社員が見逃すはずがない。
密かに狙っていた者も少なくはないし、女性の影が感じられない小西にあわゆくばと期待を持っていたのかも。
「俺って、そんなにわかりやすいのか?」
「そりゃあ、もう。あっ、いえ、そんなことはないです」
ブルブルと顔を左右に振る佐竹。
「慌てて言い直しても、遅いぞ?」
ポロッと本音が出てしまったのか、慌てて言い直したがもう遅い。
第一営業部マネージャーの井上と共に独身イケメンコンビと謳われた小西も、夏から始まった恋にまるで少年のように夢中になっていたことに今更ながら気付かされる。
それだけ彼女が魅力的で、大人なはずの小西さえも知らぬ間に酔わされてしまうのだ。
「素敵な彼女なんでしょうね?マネージャーをそこまで想わせるなんて」
羨ましそうに腕を組んで遠い窓の外を見つめる佐竹には、彼女がいないのだろうか?
「そうだな」
「マネージャー、そこは少しくらい否定して下さいよ」
小西があまりに素直に答えたものだから、佐竹は少々拍子抜け。
「あぁ〜あ、俺も早く彼女作らなきゃ」と言っているところをみれば、やはり彼女がいなかったということ。
それにしても小西からしてみれば、女子社員は自分より、シングルだという佐竹を狙った方がいいのでは?
「余談はこれくらいにして。ほら、これ急いで持って行くんだろ?」
「あっ、はい」
「そうでした」と頭を下げると、佐竹は書類を持って足早にフロアを出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、小西はふっと笑みを溢した。
+++
『今夜、夕食でもどう?』
昼休み、井上が誘いに来る前に小西はこっそり彩瑛の携帯にメールを送る。
急に誘って『うん』といってくれるかどうかわからなかったが、さっき佐竹と話していて無性に彼女に逢いたくなったから。
彼女のことだから、自分の誘いは断らないだろうという驕りもあった。
「待たせたな」
「いや」
二人が並んで歩いているとそれは見慣れた光景ではあったが、女子社員は誰もが必ず振り返って見る。
小西同様、井上にも彼女ができたとの噂が流れ、それでも彼らの人気は衰えることはなかった。
こんなに目立つ存在なのに彩瑛は知らなかったという方が、良く考えてみれば不思議だったのかもしれない。
いつも外に出て昼食を取っている小西と井上は、行きつけの店に足を運ぶ。
その途中で小西の携帯に小さく着信音が鳴った。
…おっ、彩瑛かな?
ズボンのポケットから携帯を取り出してディスプレイを見ただけで、顔がニンマリしてしまうが、『どこで誰に見られているかわからない』ついさっき、教訓を得たから井上には気付かれなかったはず…なのだが…。
「あぁ?」
「どうした。そんな素っ頓狂な声出して」
携帯を見るなり突然声を発した小西に井上は、どうしたのかとそれを覗き込む。
「何々?『悠さんへ。今夜は見たいドラマがあるから、ごめんなさい。また、今度誘って下さいね。彩瑛』」
「お前なぁ、声に出していちいち読むな」
「かわいそうに。お前って、ドラマよりランクが下ってことか」
…『かわいそうに』と言いながらも、顔は笑ってんだよ。
井上に言われて、それ以上言い返せない自分が情けない。
彩瑛。俺はこいつの言う通り、ドラマ以下なのか?
『嬉しいっ!喜んで』くらいの返事が返ってくるものと思い込んできた小西にとって、見たいドラマがあるからという理由はかなり凹む。
一方通行なんだろうか…。
時折、そんなふうに思ってしまう自分。
若い彼女には、歳の離れた男はうざったいんじゃないか…。
「そう、落ち込むなって。俺なんか、もっとひどいぞ?」
ワイシャツの胸ポケットから携帯を取り出した井上は、メールを開いて小西に見せる。
そこに書いてあったのは…。
『康弘へ。せっかくの誘いなのに断ってごめんなさい。明日は資源ゴミの日なの。ずっと溜め込んでいたから、今日こそは早く帰って片付けないといけなくて。他の日だったら大丈夫だから。麗香』
…ゴミとは。
ドラマの方がまだ、マシ?!ということか。
彼女達は別に悪気があって言っているわけではなく、女性は現実的ということなんだろう。
「ゴミねぇ。男としては、何をおいても俺のところへって思うけどさ。身勝手な思い込みってやつか」
「年上の彼氏としては、可愛い彼女を大きな心で包み込んであげるってことだな」
苦笑を浮かべる二人だったが、お互い確認し合うことで自分だけじゃないんだという気休めにはなった…ということだろう。
午後になって丸わかりの小西の落ち込んだ様子が部員達の目に留まったが、そこへ再び彩瑛から一通のメールが…。
『悠さんへ。さっきは断ってごめんなさい。良かったら、悠さんの家に行ってドラマを見させてもらってもいいですか?下手ですけど、食事は私が作りますから。彩瑛』
…彩瑛、反則だろ。
ワザと知っててやっているんじゃないかと疑うくらい、絶妙なタイミングで彼女は俺を振り回してくれる。
「いいよ。もちろん、泊まりだよな?」とすぐに返事を返す。
これに関してだけは、彩瑛に拒否権はないからな。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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