ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 3
小西は朝一番で本部長に呼ばれ、北海道の札幌市内に本社を構えるスィーツ専門店クリスタル・スノーの全国展開を目的としたブランド構築の統括を任されることになった。
クリスタル・スノーは北海道内の限られた店舗でしか商品を販売しないことで有名だったのだが、このご時勢そうも言ってはいられなかったのだろう。
今までのスタイルを崩さず、新しいブランドを立ち上げて全国展開することに決めたのだ。
そこで新ブランドの商品開発から宣伝に至るまでの全ての企画をL&Tエージェーンシーが受け、その統括として小西が選ばれた。
責任ある仕事でもあるし、やりがいもある。
しかし…。
…これじゃあ、彩瑛にも簡単に逢えなくなるな。
全国展開するとはいっても、本社はあくまで北海道。
当分は札幌との行き来になるだろうから、彩瑛との時間も必然的に削られてしまうだろう。
「ようっ。クリスタル・スノーの担当は、お前に決まったんだってな。てっきり、俺かと思ったんだけど」
どこで嗅ぎつけたのか、缶コーヒーを片手に2つ持った井上が小西の下へやって来くると横のミーティングデスクの椅子に長い足を組んで腰掛けた。
「よくもまぁ、心にもないことを」
前に差し出された缶コーヒーを遠慮なくいただく小西だったが、札幌との間を行き来しなければならないことを知っててワザと井上は言っているのだろう。
「仕事としてはおもしろそうだけど、北海道じゃな」
「そうなんだよな。まぁ、飛行機で2時間かからないんだから近いといえば近いんだけど」
「行ったきりにならないようにな」
「それだけは、勘弁して欲しい」
笑いながら小西は、缶コーヒーを上下に何度か振ってプルタブを引く。
この時期になると、あたたかい飲み物が無性に恋しくなってくるなと思う。
「統括はお前んとこだけど、うちには関係ありませんってわけにもいかないだろう?俺じゃあ、役不足だろうけど」
井上は缶コーヒーをクルクル回すだけで、飲む気配はない。
「是非、応援頼むよ。俺のところだけじゃ、恐らく対応しきれないだろうから」
「あぁ」
こういう時に友達が側にいてくれるというのは心強い。
それにお互いの彼女も友達同士だし、何かと相談し易いところも。
仕事が忙しくなれば、彩瑛に寂しい思いをさせてしまうかもしれないから。
+++
それから暫くして、クリスタル・スノーとの始めての打ち合わせのために小西は札幌へと一泊で出張に行くことになった。
顔合わせのつもりだったから日帰りも可能ではあったが、先方がせっかくだしみんなで飲みにでもと。
誘いを断るわけにもいかず、打ち合わせは金曜日に決まる。
「明日から、出張ですか?」
「そうなんだ。土曜日の昼までには、帰って来られると思うんだけど」
時計を見れば3時を少し過ぎたところ、こんな時間に小西が彩瑛と密会している場所はオフィスビルのすぐ裏手にあるコーヒーショップ。
あの日、エレベーターホールでバッタリ逢って誘われてからというもの、時間を見つけてはこうやって逢って(彼曰く、逢瀬?)いるのだった。
「いいですね、札幌なんて」
「そろそろ、初雪がなんてニュースでやってたよ。まぁ、まだ今はいいけど、これからの季節は厳しいかな」
10月で初雪が降るというのだから、日本は狭いようでいて広いんだなと実感させられる。
「そうだ。お土産、買って来るよ」
「えっ、ほんとですか?」
小西のひと言で、目が輝いた彩瑛。
そんな彼女が可愛いなぁと思うのは、完全に惚れているということなのだろう。
「あぁ、何でも」
「えっと、じゃあ。クリスタル・スノーの限定生チョコレートが、いいんですけど」
「クリスタル・スノー?」
「えぇ。スィーツのお店なんですけど、北海道にしかお店がないんです。特に生チョコレートは冬季限定で一度、友達にお土産でもらってすごく美味しかったから。他にはチーズケーキとかも、美味しいんですけどね。北海道に行く人には、必ず買って来てもらうんですよ」
さすが、若い女性はこういうものには敏感だな。
…俺なんて、クリスタル・スノーの名前すら知らなかったっていうのに。
「明日の出張は、そのクリスタル・スノーに行くんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
―――へぇ、悠さんはクリスタル・スノーに行くんだぁ。
いいなぁ。
単純に羨ましいと思ってしまうのは、子供の頃に行ったお菓子工場の見学と一緒かも。
「あぁ。実はここだけの話、クリスタル・スノーは新ブランドを立ち上げて全国展開することになったんだ。それで、俺が担当になって」
「全国展開?ってことは、北海道まで行かなくても食べられるってことですよね」
「そういうこと。でも、ナイショな。まだ、バレるとマズいから」
―――全国展開したら、あの美味しいスィーツが身近に食べられるようになるのね。
いつの間にそんな話になったのかしら?
麗香も、このことは知ってるかな。
「それで、これから当分の間は札幌との行き来になると思うんだ。だから、彩瑛とは逢う時間が少なくなるかもしれない」
「そうですか…」
ちょっと寂しいけど、これは仕方がない。
―――悠さんはマネージャーで責任も大きいし、忙しい身なんだから、あたしが我侭言っちゃいけないのよね。
「飛行機ですぐだし、彩瑛が逢いたくなったらすっ飛んで帰って来るさ」
「悠さん…」
逢えなくて寂しいのは、彩瑛よりむしろ小西の方。
好きだというチョコレートをいっぱい抱えて帰って来るさ。
「だから、チョコレート買って来るよ。返って別の物より、買い易いし」
「楽しみに待ってますね」
「俺の家で、待っててくれる?」
「はい」とニッコリ微笑む彩瑛。
いつもなら、金曜日の夜には家に来てくれるのに今週は1日おあずけか…。
それでも、この笑顔は小西にとって、とても嬉しいものに変わりはない。
彼女がいてくれるからこそ、仕事も頑張れるのだと今は思えるから。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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