ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 4


いつものようにこっそり休憩をしに彩瑛は、麗香を誘って女子更衣室へ。
彼氏である悠が出張で札幌に行ったお土産にクリスタル・スノーの生チョコレートを買って来てくれたから早速、賞味しようというわけだ。

「この生チョコレート、ほんと美味しいのよね。小西さんに後で、お礼言わなきゃ」

顔の前で両手を組んで、チョコレートのパッケージを開ける彩瑛の手をジッと見つめている麗香。
まるで、愛しい恋人でも見ているよう。

「これから当分は札幌との行き来らしいから、これでもかって飽きるくらい食べられるんじゃない?」
「へぇ、そうなんだぁ。小西さん、札幌で仕事なの?」
「まぁ」

実際このチョコレートを製造しているクリスタル・スノーが顧客なんだけれど、それをまだここで言うわけにもいかなかった。
水面下で動いている段階だし、世間にも公表していない事柄だけに部の違う彩瑛が知っていること自体本当ならあり得ないこと。

「今週末も出張らしくて、ゆっくり休みの日も一緒にいられないのよね」
「あぁ、それは大変。どうする?向こうに女の人を作ったりしたら」

とんでもないことをさらりと言っておきながら、涼しい顔で麗香は「いただきま〜す」とチョコレートに手を出した。
付いていたプラスチックの楊枝で一つ取ると口の中へ、一瞬にして溶けてしまうその感触は生チョコならではのもの。

「う〜ん。おいひぃ」とこれまた憎めない笑顔で言われてしまえば、彩瑛も何も言えなくなってしまう。
というか、本心を言えば彩瑛も麗香を責めることができなかったから。

「そうなのよねぇ」
「何、マジに答えてんのよ。小西さんに限って、そんなことあるわけないでしょ?康弘じゃあるまいし」

自分の彼氏のことをこんなふうに言えてしまう麗香。
今の彼女はそういう境遇にいないからというのもあるが、麗香の場合は常に覚悟を決めていると言った方がいいのだろうか。

「人の気持ちなんて、どう変わるか誰にもわからないもん」
「あのねぇ。彩瑛が信じてあげなくて、どうするのよ。それにずっと離れ離れになるわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど」
「ほら、せっかく彼が買って来てくれたんだから、食べたら?」
「うん」

これでは、どっちがお土産をもらったのかわからない。
それでも、甘いものには目がない彩瑛はチョコに楊枝を刺すとパクッとロへ放り込む。
至福の時とは、こういうことを言うのだろう。
口いっぱいに広がる甘さの中にちょっぴりほろ苦さが加わって、絶妙なハーモニーをかもし出していた。

「美味しい」
「そうそう、その顔よ。彩瑛」

チョコレートを食ぺている時の顔を褒められても…。
彩瑛の心は少々複雑ではあったけど、いつまでもこのままでいられたら。

+++

悠は若手社員2名と共に札幌(千歳)へ向かう機内の中だった。
…何で、いつも週末になるんだろうな。
これでまた、彩瑛との時間を削られてしまう。
はぁ…と隣にいる彼らに聞こえないよう、窓の外一面に広がる雲を見ながら悠は溜め息を吐いた。
クリスタル・スノーとの打ち合わせは初めがそうだったせいか、どうしても週末に偏ってしまう。
毎日同じビルの中にいても彼女とは顔を合わせることはほとんどないし、最近はこの仕事のおかげで平日に逢うことは皆無に等しい。
それなのに唯一の週末までも、奪われてしまうとは…。
これでも携帯電話なんて便利なものが発明されたおかげで、いつでも話ができるしテレビ電話を使えば顔だって見られる。
遠く離れていても、まるですぐ側にいるかのように。
でも…。
どんなに近くで声が聞こえても、顔が見えても、触れられない。
届きそうで届かないこの手が、無性にもどかしく感じる時がある。

「マネージャー。高梨部長って、どんな方なんでしょうね」

彩瑛のことばかり考えていて、危うく須崎(すざき)の言うことを聞き逃すところだった。
彼は第四営業部第一グループのチーフで、悠より3つか4つ年下であるが既に子供が3人いる。
後に生まれた子は双子だったから、これまた大変なんだといつも愚痴をこぼしていたが、いつも携帯の待ち受け画像を見せられて悠には自慢話にしか聞こえなかった。

「さぁ、俺も電話でしか話したことがないからな。口調からは、しっかりした人だと感じたが」

須崎が言う高梨部長というのはクリスタル・スノーの製品開発部部長で、ずっと日本中を駆け回っていたらしく今回顔を合わせるのが初めてである。
全国展開するにあたっての市場調査や、一番の問題になっている今までは北海道内で済んだ製品の製造をどうカバーするか。
課題はまだまだ山積み状態、多額の投資を必要とする今回のプロジェクトは絶対に失敗できない彼女の腕に掛かっていたのだから。
一応、言っておくと高梨部長というのは女性である。

「しかし、30歳で部長でしょう?一体、どんな女性か気になりますね」
「なんだ。須崎は仕事よりも、高梨部長が気になるのか。奥さんがいるっていうのに」
「それは、それですよ。マネージャーは、気にならないんですか?」
「俺はだな―――」

「チーフ、当たり前じゃないですか。マネージャーには、素敵な彼女がいるんですからねぇ」と口を挟んできたのは佐竹。
『余計なことを』と悠は思いつつ、彼もまたクリスタル・スノー担当メンバーに選ばれた優秀な人材であったということ。
ちょっと口の軽いところが、やや難点ではあったけれど…。

「マネージャー、そんな人がいらしたんですか?そういうことは、初めに言って下さいよ。で、マネージャーの彼女って、どんな方なんですか?」
「俺のことは、どうだっていいだろ」

「よくないですよ」と、尚も須崎は食い付いて離れない。
「歳はいくつなんですか?」「どこで知り合ったんですか?」「結婚は」…。
芸能レポーターのように次から次へと質問をぶつけてきて、まるですっぽんのようなヤツだと悠は思った。
…あぁ、当分この男に彼女のことを聞かれるんだろうなぁ。
やれやれ…。

ほどなくして機体は下降を始め、着陸態勢に入る。
和んだ雰囲気もそこまで、3人の表情は段々と引き締まったものへと変わっていった。



クリスタル・スノー本社は、大通公園に面した時計台のすぐ側のビル内に構えていた。
すすきのも近いし非常にいい場所、おっとこれは悠ではなく念のために言っておくが、須崎と佐竹が言ったことである。
彼らにとっては息抜き、こんなことも密かな楽しみであったのだろう。
歩いている人々は既にコートを着込んでいるあたり、東京とはだいぶ気温差を感じさせられる。
立地としては恵まれた場所に建つまだ新しいモダンな外観の10階建てビルの6階から8階までをクリスタル・スノーが占めていて、3人が乗り込んだエレベーターが6の数字で止まると開いた扉の向こう側には受付の若い女性がカウンター越しに「いらっしゃいませ」と営業スマイルで迎えてくれた。

「L&Tエージェンシーの小西と申します。製品開発部の高梨部長と14時から打ち合わせの約束で伺ったのですが」
「只今お呼びしますので、そちらで少しお待ちいただけますか」

彼女はすぐに電話を掛け始め、3人は近くの椅子に座って待っていると間もなくエレベーターのチーンという音と共に扉が開く。

「お待たせ致しました」

細いピンヒールを履いたスラッと伸びた脚に男3人は目が釘付けになり、思わず返答に一歩遅れそうになる。

「はじめまして、L&Tエージェンシーの小西と申します」

悠はすぐに立ち上がるとスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出し、その中の一枚を高梨に差し出す。
彼女はそれを両手で大事そうに受け取り、確かめるように一通り見てから顔を上げた。

「こちらこそ、はじめまして。製品開発部の高梨と申します。よろしくお願いします」

軽く会釈した彼女から同じく悠が受け取った名刺には、高梨 由寿(たかなし ゆず)と書いてあった。
須崎と佐竹がどんなふうに想像したかはわからないが、とにかく綺麗という言葉がぴったりの女性。
ふと、悠が2人に目をやれば…。
…先が思いやられるな。
彼女に見惚れている彼らを他所に早速、仕事の話を持ち出す悠だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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