ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 5
製品開発部は7階にあるので、4人は止まっていたエレベーターに乗って一つ上の階へ移動する。
狭い空間に何とも言えないいい香りが漂っていて、なんだか男3人は居心地がいいのか悪いのか…。
恐らく悠以外は、前者であることに間違いない。
チーンという音と共に開いたエレベーターからフロアに降り立つと、彼女の後に付いて前回打ち合わせで使った場所とは違う会議室に通された。
こちらの方が少し狭い感じはするものの、窓が付いているせいか、明るく開放感があってリラックスできるような気がした。
クリスタル・スノーの担当者は高梨以下4名で、うち一人が女性。
彼らとは既に面識があったので、この場で改めての挨拶は省略する。
早速本題に入り、高梨が日本中を飛び回って集めてきたデータを元にこれからどう参入していけば勝ち残れるかの戦略を練る。
クリスタル・スノーが北海道では根強いファンを得ているのだからという甘い考えはこの際捨てて、新座物がどこまで舌の肥えたお客様のハートを掴めるかが勝負だと語る高梨に身の引き締まる思いがした。
打ち合わせは予定よりだいぶ長引いたが、それも予定に入れての泊まりだったから(悠としては極力帰りたいと思うのだが、他の2人がそれを許してはくれず…)高梨を含めたメンバー全員で夜の街へ繰り出すことになった。
彼女が行きつの郷土料理を食べさせてくれるというその店は、雰囲気のいい店内にセンスの良さを感じさせる。
そして、個室というほどではないけれど、適度に区切られた空間がプライバシーを守ってくれていた。
しかし、一体誰とここへ来るのだろうか?
またまた、どうでもいい憶測を男達は頭の中に巡らせてしまう。
それくらい、彼女は気になる存在だったということだろう。
「では、高梨部長から一言乾杯の音頭をお願いします」
左手にはしっかりとシルバー色のリングが光る、須崎と同年代と思われるクリスタル・スノーの脇田(わきた)という彼が場を纏める。
いきなり乾杯の音頭を振られて、『えっ、私なの?』と不意をつかれた表情を見せた彼女だったがそこは貫禄、ビールの入ったグラスを持つと姿勢を正してさっきとは別のきりっとした目に変わる。
「ではご指名がありましたので、私(わたくし)高梨が一言ご挨拶させていただきます。とはいっても、みなさんあまり長いお話は好まないでしようから手短に済ませます。まだまだプロジェクトはスタートしたばかり課題は山積みですが、私はここにいるみなさんなら必ずこのプロジェクトを成功させられると信じています。L&T工ージェンシーの方々と共に新しいクリスタル・スノーを作り上げていきましょう」
「乾杯」と高梨が持っていたグラスを少し高く上げると、みんなも同じように「乾杯」とグラスを掲げ、思い思いにカチンとグラスを合わせた。
若い人達ばかりだったが、だからこそ高梨の言うように新しいクリスタル・スノーを作っていくことができるに違いない。
「週末に打ち合わせが重なって、すみません」
「色々、予定もあったでしょう?」と悠の飲み干したグラスにさり気なくビールを注ぐ高梨。
確かに予定はないわけでもないが、今回は明日の朝一番で帰るつもりだったからお昼には東京に着けるはず。
久し振りに彩瑛との時間を過ごすことができそうだ。
「いえ、明日のお昼頃には帰れますから」
「まぁ、飛行機で1時間ちょっとですから、近いと言えば近いでしょうけど」
こんな美人なのだから、彼氏がいや旦那かもしれないが、悠よりもっと会えない時間が長かったはず。
しかし、彼女はあまりビールを飲まないのだろうか?それともアルコールが苦手なのか、乾杯の時に口にしたっきり、その後は進んでいない。
悠が彼女に「他の飲み物にされますか?」と尋ねると、申し訳なさそうに「ウーロン茶をお願いします」と。
意外だが、お酒は乾杯程度しか飲まないそうだ。
…こういう女性を酔わせたら。
おっと俺は何を…言っておくが、須崎や佐竹とは違うんだぞ?
思っていることを悟られないよう、悠はその前に浮かんだ疑問を彼女に投げかけた。
「でも、高梨さんこそずっと出張だと聞いていましたから、家を空けられて大変だったのでは」
「いえ、私は別に。生憎そういう相手もいませんから」
「え?」
こっそり左手に視線を向けたが脇田と違ってそれらしき印もないようだし、彼女の言葉を信じればそういうことなんだろう。
それにしても、意外だ。
「何ですか?その顔は」
「えっ、いや」
ギロっと睨む彼女に思わずドキっとさせられた。
慌ててビールをゴクンと喉に流し込んだが、こういうタイブの女性を相手にするのはなかなか難しいと悠は思う。
…康弘なら、得意だろうけど。
そんな悠のグラスに高梨は、新しくビールを注ぐ。
「私みたいな女は、引かれちゃうみたいですね。でも、いいんです。今は仕事が恋人ですから」
あっけらかんと話すその姿は、今の彼女そのものを現しているように思えた。
「小西さんは、いつもうちのお菓子をお土産に買って帰るそうですね」
「えぇ。会社でもこちらの限定、生チョコレートが人気なので、部の女性達に目で訴えられるんですよ」
その状況を思い浮かべたのか、高梨がクスクスと笑っている。
…これは笑いごとなんかじゃなくて、すごいんだ。
女性は甘いものとなると、目の色が変わるって言うのか?
俺は仕事で行くんだぞ!と一生懸命訴えた所で、彼女達にとってそんなことは二の次でしかないのだから。
「でも、それとは別に特別なパッケージをのものを買われてるって。それは、本命ですか?」
「え…そこまで見られて…」
…そんなところまで、見られているのか。
クリスタル・スノー本社内には店舗が設けてあって、誰でも商品を買うことができる。
それも本社ならではの特別なパッケージなるニクイ演出があるものだから、こういうことに敏感な近くに勤めるOLやサラリーマン達が昼休みや定時後になるとがロコミでこぞって訪れるらしい。
もちろん彩瑛のためにそれを選んだのだが、どこで見られているかわからない。
「見てますよ、うちの若い子達は。『あの人は、誰なんですかぁ』って私がいない間、散々聞かれたらしいですから」
悠が『そうなのか?』と思っていると、脇から「そうですよ」という女性の声が返ってきた。
彼女は西上(にしがみ)さんと言って20代半ばというところ、ちょうど佐竹と同年代という感じだろうか?
もう一人、クリスタル・スノーには加藤という男性がいるが、彼も同年代のように思えた。
彼女は高梨と共に今度のプロジェクトの担当になっていて、恐らく悠のことを周りに色々聞かれたのだろう。
「はぁ」
「やっぱり、本命がいらっしゃるんですよね」
「まぁ」
曖昧に答える悠だったが、それだけで彼女達は納得しないようだ。
こうなってくると、自社の飲み会とそう変わらない。
どこでも、こういう話題には食いついてしまうものなんだろうと、悠は諦めるしかなかった。
+++
「それで?その高梨さんという部長さんは、どんな方なんですか?」
「え…」
札幌から直接、彩瑛の家にやって来た悠。
お土産に買ってきた新作、生ホワイトチョコレートを(もちろん、特別なパッケージのもの)彼女は幸せそうな顔で頬張りながら、聞いてきた質問がそれとは…。
まぁ、気にならない方がおかしいのかもしれないけど。
「30歳で部長だから、バリバリ仕事をこなすキャリアウーマンって感じかな」
「すごい女性(ひと)なんですねぇ」
何か奥歯に物が挟まったような言い方が、妙に引っ掛かる。
それに視線がさっきとはかなり違うような…。
「彩瑛、高梨さんのことが気になるのかな?」
そこは、悠の方が一枚上手。
彼女の腰に腕を回し、グィッと自分の元へ抱き寄せると「ん?」と顔を思いっきり近付ける。
「えっ。そっ、そんなことないですよ」
…目が泳いでるぞ?彩瑛。
『そうです』って素直に言ってくれれば、こんな意地悪しないのに。
だけど、こういうところがたまらなく好きなんだなと思ってしまう。
悠はわざと「そうかなぁ?」と攻め寄ると観念したのか、彩瑛も小さな消え入るような声で「はい」と。
…めちゃめちゃ、可愛いぞぉ。
頬擦りしたくなるほど愛しい彼女の艶やかな唇をいただこうとした瞬間、彼女のそれとは違う甘いものが口に広がった。
「美味しいですか?」
目の前でニッコリ微笑む彩瑛。
どうやらこの甘さは、手に持っていたチョコレートを悠の口の中に入れたからだった。
甘いものは嫌いではないが、できれば。
「美味いけど、俺はこっちがいいな」
久し振りに感じる柔らかさ。
チョコレートの甘さと彼女の甘さが重なって、自分の方が溶けてしまいそう。
少しだけ唇を離すと漏れる吐息にもう我慢などできるはずがない。
天気もいいし、どこかデートでもしようと約束していたけれど、今日は一日ゆっくり部屋で過ごそう。
二人だけの甘い時間(とき)を。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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