ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 6


『今日は早く帰るか』

クリスタル・スノーのプロジェクトも順調に立ち上がって今は主力製品の開発に着手しているところだったが、これは康弘のところで担当してもらうことになり、今はL&Tエージェンシーが提案したものに対しての回答待ち状態。
早く帰れる日に帰っておかないと、後々響きそうだし。
…彩瑛は家にいるかな?
使い慣れたロレックス・サブマリーナーを見れば7時半を少し回ったところ、まだ会社に残っているか帰宅途中かもしれないが、胸ポケットから携帯電話を取り出すと彼女にメールを送ってみる。
するとすぐに『たった今家に着いたところです。悠さんは、まだお仕事中ですか?』という返事が返ってきた。
定時で帰った彩瑛は途中で買い物を済ませ、ちょうど家に着いてバッグから取り出した携帯をテーブルの上に置いたところだったのだ。
これはグッドタイミングとばかりに悠は、再び彩瑛にメールを送る。

「俺もそろそろ、帰ろうと思ってたところなんだ。仕事も落ち着いてるし、早く帰れる時に帰っておかないと後々きついから」

本当は今から彩瑛の家に行ってもいいかと続けて書くつもりだったが、ここは内緒で行ってしまおうなんて子供じみたことを考えてしまう。

『悠さんの体が大事ですから、今日はゆっくり休んで下さいね』

毎晩遅くまで残業して週末は札幌への出張もこなしていた悠を彩瑛も知っていたから、体のことだけが心配だった。
逢いたいという気持ちがないわけじゃなかったけれど、無理だけはさせたくなかったし、してもらいたくなかったから我侭は言わないことにする。
返ってきた返事にその言葉がなかったことを寂しいと思う悠だったが、彼女は自分に気を使っているのだとわかっていたから。

「わかった。彩瑛もテレビの見過ぎで夜更かししないように。おやすみ」と返すと、『…はい、気を付けます。悠さん、おやすみなさい』というメールが返ってきて思わず笑ってしまった。

彼女はドラマやバラエティなどテレビが大好き、二人でいてもお目当ての番組が始まると悠を放ってそっちに行ってしまう。
そういうところも、可愛くて仕方がない。
年の離れた彼女にこんなに嵌るとは…。
机上を整理してパソコンをシャットダウンすると悠は席を立ち、「お先に」と言ってフロアを後にした。



悠とメールのやり取りを済ませた後、適当に軽く食事を取って9時から始まるドラマを見るために彩瑛はしっかリバスタイムを済ませると準備万端でテレビの前にいた。
お菓子は太るからと9時以降は口にしないようにしていたから、薄めのウィスキーを用意して。
家でくつろいでいる時の彩瑛は、お気に入りの豹柄起毛素材のスウェット姿と決まっている。
それもパーカーのフードが豹の頭になっていて、パンツにはご丁寧にもツンと上を向いた細長い尻尾もちゃあんと付いている。
ビミョーに彼には…見せられない格好?
やっぱり大人な彼の前ではきちんとしていないとと勝手に思ってるだけだったのだが、背伸びしてしまう自分がいるのも確かだった。
フローリングの上に個性的な幾何学模様のラグを敷いたワンルームの決して広くない部屋で、彩瑛がドラマの始まる前のひと時、柔軟体操をしていると玄関のブザーが鳴った。

『え?誰かしら』

『こんな時間に』と思いながら、ドアホンを取ると…。

「彩瑛?俺だけど」
『げっ、悠さん…どうして…』

「急に来てごめん」と言う彼に「そっ、そんなことないです。でも、ちょっとだけ待っていてもらえますか?」と彩瑛は答えると慌ててクローゼットを引っ掻き回して、フリース素材で出来ている黒いワンピースのルームウェアを引っ張り出す。
さっきのメールでは一言もそんなこと言ってなかったのにぃ、と毒づきながら。
その間、一分ほどの早業で着替え終わると急いでチェーンを外し、鍵を解除してドアを開けた。

「ごめん、いきなり来て」
「いいえ。でも、いいんですか?家で休まなくても」

彼を家の中に招き入れながら話を違う方へ持って行き、お風呂上りで頭に巻いたままだったタオルはかろうじて取っていたが、半渇きでボサボサだった髪を急いで手櫛で整えた。
―――急に来られると困るわ。

「一人で家にいるより、彩瑛の顔を見ている方がずっと元気になれるから」

悠はコートを着たままで、彩瑛を包み込むように抱きしめた。
どんなに短い時間でもいいから、彼女の側にいて顔が見たかったし、声が聞きたかった。

「悠さん」

彼の体のことが一番心配だったけど、こんなふうに言われるとやっぱり嬉しい。
お互いの唇が重なるか重ならないかという時、悠の視界にあるものが飛び込んできた。
…ん?何だ?
何か動物の尻尾みたいに見えるけど…。
ひょろっとした細長いものに斑点模様。

目を瞑っていた彩瑛は、彼の感触を感じないことにゆっくり瞼を開く。
―――あっ…。
瞬間、彼の手がそれを掴んだ。

「やぁっ、悠さん」
「何だこれ」
「もうっ、気にしないで下さいっ」

スウェットのパンツは後でこっそり脱げばいいかなと思った彩瑛は、上のパーカーだけを脱いでワンピースを上からかぶっただけの格好だった。
だから、スカートの裾を持ち上げるように見えていた尻尾の存在に全然気付いていなかったのだ。

「見せてよ」
「悠さん、あっちに行って下さいってぇ」

おもしろがって触ってる悠だったが、ドサクサ紛れにお尻まで…。
―――もうっ。悠さんったら、えっちなんだからぁ。
とは思っても、もう遅い。

「いいじゃん。何で、上にワンピースなんか着てるんだよ」
「だってぇ。こんな格好じゃぁ」

しかし、クローゼットに視線を向けると扉の間から豹の頭の付いたパーカーがはみ出ている。
これなら、ワザワザ着替える必要などなかったのかもしれない。
どうせ、見られてしまったのだから。

「ちゃんと、上下着て見せてよ」
「えぇ?!」

やっとコートとジャケットを脱いだ悠は、それを彩瑛から受け取ったハンガーに掛ける。
彼女は渋々という表情でワンピースを脱ぐとパーカーを上に羽織ったついでに彼にフードをかぶせられ不満顔。
膨れっ面のそんな彩瑛を、悠はニコニコと微笑みながら見つめていた。
突然来るとこういう面白いこともあるんだなと、ちょっと病み付きになったりして…。

「彩瑛」

「ちょっと」と、悠は何やら意味深な顔で床に腰を下ろしてポンポンっとラグを叩く。

―――なんだか、嫌〜な予感がするのは…気のせい?!

「何ですか?悠さん」
「あのさぁ、四つん這いになってみてよ」
「え…」

予感的中。
―――悠さんったら、趣味悪〜い。
まあねぇ、この格好だと何となくそうしたくもなるけど…。
だからって…。

「ほんのちょっと、せっかくだから」
「せっかくだからと言われても…あっ!ドラマが始まるぅ」

悠の前を横切るようにして、テレビに釘付けの彩瑛の姿はまさしく…。
無意識なのだろうが、形のいいお尻をグイっと悠の前に突き出している彼女は妙にエロい。
…彩瑛が悪いんだぞ?
背後から抱き寄せて悠は自分の膝の上に彼女を座らせると、豹というより可愛い猫を抱きかかえているようにも思えた。

「ちょっ、悠さん」
「ほら、ドラマ始まるぞ」
「うぅっ」

―――この体勢は…。
彼の膝の上に抱かれながら、テレビを見るなんて…。
心地いいことに変わりはなかったけど、なんだかとっても恥ずかしくって、とてもドラマを見ている場合ではなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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