ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 7


『雪か』

ニュースでそんな話は耳にしていたが、札幌市内に入って初めて薄っすら雪化粧された街並みを目にする。
きっと佐竹だったら大騒ぎしているに違いないが、今日の出張は悠一人だったから飛行機を降りてもそのことに全く気付かなかった。
悠は身震いする体にコートの襟を立てて、クリスタル・スノー本社へと向かう。
…彩瑛を連れて来たら、喜ぶだろうなぁ。
海が好きな悠にとってみれば寒い場所はどうにも好きになれなかったけれど、彼女は違うらしい。
もちろんあの海のことは今でも忘れられないと言っているが、雪もまたロマンチックで幻想的で同じように好きなのだと言っていた。
…今度、休みに連れて来るか。
まだまだこの仕事の先は長いだろうし、今回のように一人での出張だったら彼女を連れて来ても色々言われることがないから。

そんなことを考えていると、お目当てのビルが見えてきた。
いつものようにエレベーターで7階に上がると、受付の彼女達は悠の顔を見ただけで高梨を呼び出してくれたが、一人なのが珍しかったのだろうか。
それとも余程、他の二人がうるさかったか、水戸黄門のようだったのだから、それも仕方がないかもしれない。

「今日は、お一人ですか?」

高梨は、相変わらずのピンヒールにすらっと伸びた足。
まだ、積もっているというほどの雪ではないにしても滑って怪我をしやしないか悠は心配になる。
北海道の女性はヒールで雪の上を走ると聞いたことがあったが、彼女ならやりかねない。

「えぇ。急ぎの仕事が入りまして、二人は置いて来たんです」
「そうですか、残念ですね」
「残念?」
「あっ、いえ。こちらの話です」

慌てて誤魔化す高梨。
それというのも受付の女の子達に3人が来たら飲みに誘ってもらえないかと言われていたからで、悠一人ではそうもいかなかったのだろう。

「さっき、受付の女性にも聞かれたんですよ。佐竹はどうしてもって最後まで訴えてましたけど、私がダメだって言ったんです」
「そうですか。ここだけの話なんですけど、受付の子から3人を誘って欲しいと頼まれてたんですよ。だから、今日は来ていなくてあてが外れたんじやないでしょうか」

…なんだ、そういうことか。
悠一人ではダメなところを見ると、それは彼女がいると知れてしまったからだろうか?
須崎には素敵な奥さんと可愛い子供が3人いることももちろん知っているだろうから、お目当ては恐らく佐竹ということになるだろう。
それを聞いたら、あいつのことだからそれこそ仕事が手に付かないくらいの落胆振りだろうな。
次回のお楽しみということで、今は黙って言わないでおこう。

「私も残念ですが」
「何をおっしゃいますか」

初めは仕事ばかりの会話しかなかった二人だが、だいぶ打ち解けてきたというかこんな話も自然に出たりして。

「じゃあ、うちも私だけにしますか。たくさんいても、なんですし」

現状作業は予定通り進んでいたし、特に問題があるわけでもなく定例の打ち合わせだったから、部長の高梨がいれば何も問題はない。
とは言われても、逆に二人っきりはどうなのか…。
砕けた話もできるようになっていたとはいえ、お調子者の佐竹や須崎がいるのとはかなり違う。
そう思っていたそばから、「そうしましょう」と高梨は他の担当者にそう告げて会議室に入って行ってしまう。
仕方なく後に付いて中に入った悠だったが、いつもの会議室に二人しかいないとワザと離れて座ってみたものの、やけに広く感じられる。
すぐに別の女性がコーヒーを持って入って来たが、変に会話が途切れたりして…。
それでも、仕事の話となれば高梨の表情も真剣なものに変わり、前回の打ち合わせで提示された確認事項を一つずつ順番にクリアにしていく。

「出店地の侯補ですが、大都市を中心に現状30くらいに絞ったところで、それを最終的には10くらいにしようと思っています。これがそのリストなんですが、そちらのご意見を聞かせていただけたらと思いまして」

高梨自身が、日本中を飛び回って自分の足で確かめてきた出店地の候補先リストを悠に渡す。
ある意味これが一番重要な問題であり、ここで選定を誤れば大きな損失に繋がりかねない。
簡単に結論の出せるものではないが、色々な意見を取り入れてじっくり検討していくつもりだった。

「わかりました」
「製品には自信があるんですけど、その土地その土地で志向も違いますから、なかなか最終的に決めるのは難しいんですよ」

北海道にしかないという限定だからこそ今のクリスタル・スノーがあるわけで、初めは物珍しさから話題になるだろうが、土地に根付かせるのは難しいし、きっと時間も掛る

「そうですね。こちらも慎重にその点も踏まえて、社内で検討致します」
「お願いします」

初めこそ二人だけの打ち合わせは慣れないものがあったが、プロジェクトの成功という目標に向かって語り合っているうちにいつの間にか熱くなっていることに気付く。
案外、他のメンバーがいない方がいいのか?なんて思ったりもして。

「雪になってきたようですね。これはかなり積りそうですが、今晩はお泊りですか?」

高梨の視線の先を眼で追うようにして窓の外を見ると、さっきまで晴れていた空が鉛色に染まり、雪が舞っていた。
今日は自分一人だし、定例の打ち合わせということもあって、泊まらずにそのまま帰る予定だった。

「いえ、今日はこのまま帰るつもりですが」
「そうですか、だったら早く帰られた方がいいかもしれませんね。飛行機が欠航なんてことになると大変ですし」

…そりゃあ、大変だ。
そんなことになったら明日、彩瑛と出掛けられなくなってしまう。
週末に出張が重なってなかなか彩瑛との時間が取れず、寂しい思いをさせてしまっているから明日こそはゆっくり遠出をしようと彼女はずっと前から計画を立てていた。
すごく楽しみにしていたし、だから悠も今日は泊まらずに日帰りする予定で打ち合わせに来ていたというのに…。

「明日は予定があるものですから、今日中に帰らないと」
「彼女ですか?あっ、すみません。余計なことを」

高梨は慌てて口を押さえたが、ついつい余計なことを言ってしまう。
別に悠のことを男性として意識するとかそういうことでは全くなかったのだが、彼の様子からしてどうしても彼女を連想してしまうから。

「いえ、高梨さんには何でもわかってしまうようですね」

…俺って、そんなにわかりやすいのか?
土産を買っただけで、バレてるし。

「何となくそうかなと思いまして。だったら、尚更早く帰った方が」

高梨の言葉に甘えて悠はきっちり土産を手にすると早々にクリスタル・スノー本社を後にしたが、悪い予感は的中してしまう。


羽田行き 全便欠航


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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