ふたりの夏物語Ⅱ
-Only Love-
STORY 8
『何てこった…』
ゆっくり夕食でも済ませてからと思っていたが、高梨から早めに空港へ行った方がいいと言われて予約していた便よりもかなり前に来たものの、予想以上に気候の変化は早かった。
“全便欠航”という文字を見ても納得できない人達で空港はごった返し、今日中に家路に着きたかったのは悠(はるか)だけではなく、航空各社のカウンターには係りの者に詰め寄る姿もチラホラ見られた。
彩瑛には申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、こればかりはどうにもならず、この歳になって魔法が使えたなら、雪を溶かしてしまうか、それよりも一瞬にして自分がワープできればいい、などと考えてしまうのは彼女を想えばこそのことだったのかもしれない。
悠(はるか)は既に指が覚えてしまっている携帯のメモリーから彩瑛のナンバーを呼び出すと、通話ボタンを押す。
この時間だとまだ仕事中だから悪いかなと思いつつも、遅くなって言うよりは今言っておいた方がいいのではないか、そう思ったから。
「もしもし、彩瑛?ごめん、仕事中に」
『あっ、ちょっと待って下さいね』と予想通り席にいたのか、慌ててどこかに移動するような素振りだったが、そのすぐ後に『悠(はるか)さん、お疲れ様です』という明るい声で自分の名前を呼ぶ彩瑛の声が耳に届くと側には行けないけれど、それだけで焦りはどこかへ消え、不思議と心が和んでくるのだった。
「今、こっちは大雪でさ。空港が閉鎖されて、飛行機が全便欠航になってる。だから、今日中には戻れないんだよ。明日の朝までには雪もやむという予報だから、一応、明日の便を予約し直したんだけど、みんな考えることは同じだな。東京へ着くのは、昼頃になると想う」
『えっ、欠航?』
「あぁ」と悠(はるか)が領くと、『他のみなさんは?帰れないってことは泊まるところとか、大丈夫なんですか?』と彩瑛は心配そうだ。
いつもは須崎と佐竹が一緒だということを彼女も知っているからそう聞いてきたのだろうが、今日に限っては自分一人だったし、実のところ明日の予定がキャンセルになることで頭がいっぱいで今夜の宿のことまで考えていなかった。
「俺のことはいいんだけど。せっかく予定を立てていたのに明日は出かけられなくなって、ごめんな」
『気にしないで下さい、悠(はるか)さんが悪いんじゃないんです。次回のお楽しみということで、取っておきますから』
「今度、出張ついでに彩瑛をこっちに連れて来るから」
『えっ、行ってもいいんですか?』
「もちろん」
電話の向こうで『わぁ~い、やったぁ。雪だぁ』とはしゃぐ彼女を今すぐにでも飛んで行って抱きしめたい。
周りでは今日中にどうにか戻れる方法がないかと真剣な表情で考え込んでいる人や、とにかく電話を掛けまくっている人達もいる中、悠(はるか)だけが緩んだ顔をしているのは恐らく理解できないだろう。
『気を付けて、帰ってきて下さいね』
「あぁ、お土産もちゃんと買ったから」
今回は、高梨イチ押しのクリスタル・スノー本店でしか置いていないという高級シリーズのチョコレート。
最高の材料とブランデーなどを使った大人達の甘い時間を過ごしてもらうためのスィーツ、だそうだ。
これを説明してくれた時の彼女は平然としていたが、聞いている悠(はるか)の方がかなり恥ずかしかった。
『いつも、すみません』
「どういたしまして」
おチャラけて言う悠(はるか)だったが、彩瑛はまだ勤務中。
長話で席を外していたら、彼女の上司に目をつけられてしまう。
自分が上司なら何とでもなるのにと思いつつも、後ろ髪を引かれる思いで悠(はるか)は電話を切った。
『さて、今夜はどこに泊まるかな』
さっき、彩瑛に言われなければすっかり忘れていたことだったが、早いとこ寝床を確保しないと空港で一夜を明かす羽目になってしまう。
…それだけは、勘弁だな。
悠(はるか)はすぐに案内所に行って、近くのホテルを教えてもらうことにした。
◇
『何てこった…』
今日は、この言葉を何度言ったか…。
悪いことは重なるもので、学会だかなんだかで今夜に限って空港近くのどこのホテルも全て満室になっているとのこと。
その上、飛行機の欠航と重なって、札幌市内のホテルまで既に満室になっていた。
唯一、空いていたのはスィート・ルームだけだったとは、いくら悠(はるか)がマネージャーでも会社は出してはくれないだろう。
ましてや、自腹など…これが彩瑛と一緒だというのなら話は別だが…。
…さて、どうしたものか。
一人というものは、こういう時に心細さを感じるものだなと思う。
あの二人がいてくれれば、適当に場を盛り上げてくれただろうし、例えここで一夜を明かしたとしてもそれはそれで楽しかったかもしれない。
そんなことを考えていると、悠(はるか)の携帯が胸ポケットで鳴り出した。
「はい、小西ですが」
『小西さん。私、クリスタル・スノーの高梨です』
「高梨さん?」
てっきり、会社からの電話だろうと悠(はるか)は相手を確かめずに電話に出たが、それが高梨だったので何か仕事の件で確認か、それとも言い忘れたことでもあったのだろうか?
『羽田行きが欠航になっていると聞いたものですから』
雪の降り方が気になった高梨は悠(はるか)が帰った後にフライト情報を確かめたのだが、聞いていた乗る予定の便が欠航になっていたので心配になって電話を掛けてきたのだった。
「えぇ、この雪では、今夜帰るのは無理みたいです。諦めました。夜半にはやむという予報ですし、明日の朝移動することにします」
『そうですか、予定がおありなのに…。ところで、泊まるところは確保されたんですか?』
「それが、どこのホテルも満室で。今日に限って、学会だかなんだかがあったらしくて。高梨さん、どこか知りませんか?」
高梨なら、どこか穴場のホテルを知っているのではないか?そう思った悠(はるか)は聞いてみたのだが、案内所で調べてもらったホテル以外の名前は出てこなかった。
明日の朝までここにいるというわけにもいかず、最悪はどこか24時間開いているような店で過ごすしかないだろう。
『お役に立てず、すみません』
「いえ。取り敢えず、札幌に戻ります。探せば、カプセルホテルとか、ネットカフェとか、あると思いますし」
『よろしければ、少しのお時間なら私もお付き合いしますよ。どうせ、明日は休みですし』
『美味しいお酒が飲めるお店があるんです』と続けられて、迷惑と思いながらも悠(はるか)は高梨の言葉に甘えることにした。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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