ふたりの夏物語U
-Only Love-
STORY 10
まいったな―――。
すっかり酔っ払って立つのがやっとという状態の高梨を悠(はるか)は何とか支えて店を出たはいいが…。
さて、どうしたものか。
彼女はさっき、家までは地下鉄だからと言っていたが、こんな状態では取り敢えずタクシーを捕まえるしかないだろう。
しかし、雪は更にひどくなってさすがに人々は家路に急ぎ始めたのか、流れているタクシーを見付けることすら困難な状態に。
これなら、店で呼んでもらうんだったなと、それより何とかしなければ。
「高梨さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、小西さぁ〜ん。私なら、大丈夫ぅ〜もう一軒行きまひょ」
…行きまひょってなぁ、ちっとも平気じゃないってのに。
こういう女性を酔わせてみたら…なんて、甘い想像だったのか。
ギャップが魅力と自分で言っておきながら、あまりに違い過ぎる彼女の姿に少々戸惑わないわけじゃない。
心を許した男、一体どんな人なんだろうか。
今、そんなことを考えている場合ではないが、どうにも気に掛かる。
「帰りましょう。雪もひどくなってきてますし、タクシー拾いますから」
「え〜もう一軒」と駄々をこねる彼女を半ば背負うようにして悠(はるか)は大通りに出ると、幸運にもちょうど人を降ろして空車に変わったばかりのタクシーを捕まえることができてホッとする。
車内でも妙に陽気でわけのわからないことを口にしていた彼女は暖かさと揺れが心地よかったのか悠(はるか)に寄り掛かって眠ってしまい、家の場所を聞き出すまでが厄介だったが、どうにか辿り着くことができた。
できたのは良かったのだが、一人車から追い出すわけにもいかず、悠(はるか)は仕方なく彼女を家の中まで連れて行く羽目に…。
自分の寝床さえも確保できていないという状態で、とはいってもこんな状態の彼女を放り出して、もしものことがあったらそっちの方が大変だ。
顧客のそれも一人暮らしの女性の家にというのは立場上微妙なところではあったが、家の中に入ったことを確認したらすぐに帰るつもりだった。
「高梨さん、鍵はありますか?」
本気で眠ってしまっている彼女を揺り起こすようにして、バッグから鍵を出させるとドアを開けて家の中へ。
彼女の住むマンションはまだ新しいのか、独特の匂いがした。
よくこんな日にと思いながらヒールを脱がせ、思ったほどではなかったが、足の裏から伝わってくる冷え切った廊下を抜けて真っ直ぐ行った正面のガラス戸を開けるとそこはリビングで、中央にあった大きな白いレザーのソファーに彼女を横たわらせ、壁際のパネルヒーターのスイッチを入れた。
そこから発せられる熱に悠(はるか)は、ふっと息を吐いた。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「待って、待って…下さい」
眠っているとばかり思っていたが、その声は意外にはっきりしていて、だいぶ酔いも醒めてきていたのかもしれない。
「高梨さん、どうかしました?」
悠(はるか)の腕を掴んだ彼女に向って問い掛けたが、なぜかそれ以上先が出てこないようだ。
…一体、どうしたんだろう。
覗き込むようにその場に片膝を付くと、俯く彼女の目から光るものが見えた。
「いえ、ごめんなさい。何でもないんです」
掴んでいた手を離して顔を背ける彼女に何でもないと言われても、そうは到底思えない。
しかし、本人が話したくないことを無理に聞く権利は今の悠(はるか)にはないし、これ以上深入りするのもどうなのか。
ふと彩瑛の顔が浮かんだが、放っていけない自分が勝手に言葉を発していた。
「俺でよければ。まぁ、話しか聞いてあげられないんですけど」
「えっ」
涙も拭わず咄嗟に顔を上げると、そこにあった優しく微笑む悠(はるか)の視線と絡み合う。
高梨だって、こんなふうに引き留めるつもりは毛頭なかったのだが、つい彼には甘えてしまうというか、東京で待っている愛しい彼女のことを思えば例え成り行きとはいえ、密室に二人だけでいること自体許されることではないだろう。
それでも、なぜか彼に頼りたかった。
誰にも言えない心の叫びを聞いて欲しかったのかもしれない。
「でしたら、今夜はここに泊って行って下さい。もちろん小西さんのことを信じていますし、私もそういうつもりは微塵もありませんから」
高梨は指で頬に残った涙の跡を拭い、「コーヒーを入れますね」とゆっくりソファーから立ちあがった。
その後ろ姿を目で追いながら、泊めてもらえるのは非常にありがたいが、素直に受けていいものなのか。
悠(はるか)は自問自答を繰り返したけれど、夜が明けるまでこの家の玄関のドアが開くことはなかった。
+++
「マネージャー、金曜日は大変でしたね」
「内容をチェック後に職印をいただきたいんですけど」と佐竹が書類を持って悠(はるか)のところへやって来たが、口ではそう言いつつ、『行かなくて良かった』と顔に書いてある。
…全く、わかりやすいやつだな。
翌日、朝一番で空港へ行ったものの、天気の回復は予報が外れて長引き、空のダイヤは大幅に乱れていて、結局家に帰り着いたのは夕方になってからのこと。
あの晩は高梨のマンションに泊めてもらったが、夜通し話を聞いて一睡もできず、これは男としてのある意味意地?何のというツッコミはこの際ナシにして、そのせいか家に着くなり眠りこけた悠(はるか)に彩瑛が心配したくらいだった。
これを聞いてもらえば、二人の間に何もなかったことは明白であるが、やはり後ろめたさが残るのは否めない。
「本当にそう思ってるのか?」
「思ってますってぇ」
疑いの目で見つめ返す、悠(はるか)に慌てて佐竹は言い返すが…。
散々な目に遭った悠(はるか)は、高梨が言っていた『受付の子から3人を誘って欲しいと頼まれてたんですよ』という言葉は一生言ってやらないことにする。
言えばこの男、絶対付上がるに決まってるから。
それにしても…。
彼女のことがどうにも気掛かりで、いつもならもっと言い返す悠(はるか)も、今は佐竹の相手をしている場合ではない。
あんな話を聞かされてしまうと、正直これから仕事をやっていく上で普通に接することができるかどうかさえ自信がなかった。
あの海で、彩瑛という最愛の女性に出逢えた自分はこんなに幸せなのに…。
お互い愛し合っている二人が、どうして上手くいかないのだろうか。
「マネージャー、マネージャー」
「あ?」
「あ、じゃないですよ。職印をいただけないと、持って行けないんですけど」
「あぁ、すまん」
ボーっと考え事をしていた悠(はるか)に不思議そうな視線を送る佐竹。
それを悟られないように悠(はるか)は書類に意識を集中させ、間違いのないことを確認して職印を押すと、佐竹が「ありがとうございます」と言ってそれを受け取りついでに。
「マネージャー。今週末は、俺も行けますよね?」
「残念だが、今週末の打ち合わせはなくなった」
「えぇ〜そんな。楽しみにしてたのにぃ」
男のくせに唇を尖らせて大ブーイングの佐竹だったが、今週末は悠(はるか)の都合で打ち合わせは中止にして来たのだ。
これ以上プライベートがなくなっては困ると別の打ち合わせを入れて先手を打ったことは、内緒にしておいて欲しい。
延期になってしまった彩瑛との計画の穴埋めもしなければならないし、何よりそのことを楽しみにしている自分がいるのも確か。
…さぁ、どこへ連れて行ってあげようか。
さっきまでとは打って変わって、顔の緩んだ悠(はるか)にまたまた首を傾げる佐竹だった。
To be continued...
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