ビビっときたとか。
一目惚れとか。
一瞬で恋におちたとか。
あたしは絶対に信じない。
はずだったのに…。
「美胡(みう)、何ボーっとしてるんだ?」
あの日、見惚れた彼の綺麗な人差し指が美胡の鼻にちょこんと触れた。
「え?なっ、何でもない。ちょっと考え事してただけ」
慌てて取り繕ったけど、「ほんとか?」稜(りょう)はまだ何か言いたそう。
「あっ、雨だ」
「大丈夫。傘、ちゃんと持ってきたから」
外を歩く人達は、突然の雨に小走りに店先に避難したり建物の中に吸い込まれていく。
家を出る前は雨は降っていなかったが、突然のにわか雨に注意の天気予報をに従い、しっかり傘は持ってきた。
「雨に濡れた髪の美胡は、妙に色っぽかったなぁ。まさか、ストライクゾーンど真ん中の女性が来るとは思わなかったよ」
「あの後、全然仕事にならなかった」なんて、美胡にとっては初耳だ。
お互い惹かれるものがあったからこそ、こうして付き合うようになったわけだが、面と向かって言われると恥ずかしいやら嬉しいやら。
「雨に濡れてなかったら?」
それなのについ、意地悪な質問をしてしまうのは、もし傘を持っていたら、もし天気のいい日だったとしたら、そうは思ってくれなかったかもしれないから。
そして、今の二人もなかっただろう。
「どんな美胡だって、可愛いことに変わりはないさ。ただ、雨のおかげで会う口実は作れただろうから感謝しないとな」
「言ってて恥ずかしくないの?」
そんな眼差しで見つめられたら、美胡は思わず視線を逸らす。
二人がいるのは若い人たちに人気のカフェだったが、特に女性客が多い中でさっきから痛いくらいの視線を浴びているのだ。
それもそのはず、美胡しか目に入っていないこの素敵な彼を一人占めしているのだから。
「全然。でも、自分がこういう男だったとは思わなかったけどね」
稜だってこんな出会いをするとは思っていなかったし、自分がここまで甘い言葉を口にする男だとは知る由もない。
それくらいあの時の彼女は魅力的で、もちろん今、目の前ではにかむ彼女も魅力的だが、一瞬にして心を奪われてしまったことは確か。
骨抜きにされるというのは正しくこういうことを言うのだろう。
「自分のこと、どういう男の人だと思ってたの?」
「聞きたい?」
「うん。だって、稜のこと何にも知らないんだもん。だから、全部知りたいの。どんな些細なことでも」。もちろん、私のことも知ってもらいたいし…」
はっきり言って自分に自信がないから、彼の特別な人になりたい。
「だったら、ここは人が多過ぎるな」
「僕のことを全部知ってもらうためには二人っきりにならないと。お互い何もかもを脱ぎ去って裸になってね」耳打ちする稜。
「なっ」
何てことを言い出すの!!
稜って、こんな人だったなんて…。
そういうことも何も知らない。
ただ、外見が素敵だったから、では長い付き合いなんてできっこない。
「その前に少し歩いてもいい?」
「この雨の中を?」
「わかった。出ようか」彼は美胡の手を取ると店を出る。
外はまだ雨は降っていたけれど、あの日から嫌いじゃなくなった。
美胡はフリルの付いた水玉模様のピンクの傘をさそうとすると脇から彼がそれを持って行ってしまう。
稜は傘を持っていないのを知っていたから、相合傘をするしかないのよね。
私は彼の腕に自分の腕を巻き付けてぴったりと寄り添う。
こういうのって、結構憧れだったりもする。
「どこに行きたい?」
「どこでも」
「それが一番難しいんだけどな」
二人はゆっくりと歩き出す。
彼は美胡が濡れないように気遣って、傘を彼女の方へ向けている。
そういうさり気ない気配りが、すごく嬉しかったりして。
「聞いてたんだ」
「何を?」
「美胡のところの課長から、美人で仕事もきっちりこなす素敵な女性がいるって」
打ち合わせで何度か美胡の上司である課長と会うことはあったのだが、その後で何度か一杯やったりすることも。
その席で話題になるのは、いつも彼女のことばかり。
独り者の男なら誰だってそういう話を聞けば喰い付きたくもなるものだ。
かといって、出会う機会など皆無に等しいし、そんな時にあの雨の日にチャンスが訪れた。
何とかして、次に会う約束をしなければ、咄嗟に口から出た言葉に我ながらキザなことをと思ったけれど、それでもあの日で最後にはしたくなかったから。
「それって、私のこと?」
うっそ、課長がそんなことを?
ってことは、会う前から稜は私のことを知っていたの?
「そうだよ。どんな女性なのかなって、ずっと会ってみたかったんだ。それがあの日突然叶ったもんだから、もうどうやって次の約束をするか咄嗟に傘を貸すなんてね」
「想像通りだったってこと?」
「それ以上だったよ。でなきゃ、こうして一緒にはいないさ」
「ほら、もっとこっちに来ないと濡れるよ」一層、彼の温もりを感じて心臓がバクバク落ち着かない。
あの課長がキューピットだったってこともさることながら、彼がずっと私に会いたいと思っていたなんて。
「美胡はどうだったんだ?僕に会って」
「私?」
「私は…」そりゃあ、もう一目惚れってやつだけど。
「素敵な人だなって思ったわよ?」
「それだけ?」
「それだけって、ほんのちょっと会って会話を交わしただけだもん。他に考える余裕なんか」
傘を貸してもらえるなんて思ってなかったし、それを返す口実にまた会えるって期待していたなんて。
「じゃあ、何で傘を借りたわけ?僕の下心は何とも思わなかったんだ」
「だってっ、雨降ってたしっ。傘借りないとあの後、友達と約束してたから濡れたままで行けないでしょ。それに借りた物を返しに行くだけならっ」
「ふううん、それで食事の誘いとか受けちゃうわけ」
「う゛…」
「僕のことは全部知りたいって言ったクセに。自分のことも知ってもらいたいって言ってたのは?」
「だってっ」
「だって、稜みたいな人が私のことなんて。そりゃあ、私が一目惚れしたところでどうにもならないって思うのが普通でしょ?」
「なのにあんなことを言われたら、舞い上がって夢でもいいって思うわよ」美胡は足を止めて稜をじっと見つめ返す。
下心を疑わなかったわけじゃない。
それでも、夢を見たいと思ったの。
「嬉しいな。美胡がそんなふうに思っていてくれたなんて」
稜は美胡の腰に腕を回すとぎゅっと力を込めて抱き寄せた。
あぁ、このまま、その柔らかな唇を奪いたい。
無垢で可憐で、こんなに欲しいと思った女性は恐らく彼女だけだろう。
「あっ雨、止んだみたい」
傘を閉じると雲間から太陽が顔を覗かせていた。
もう、夏はすぐそこまで来ている。
ビビっときたとか。
一目惚れとか。
一瞬で恋におちたとか。
二人は出会う運命にあったということ。
「じゃあ、僕の家でより深く愛を確かめ合うことにしようか」
「どうして、そうなるのっ」
「男なんて、そんなもんさ」きっと正直な人なんだと思う。
だって、そんな彼がやっぱり好きだから。
To be continued...
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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