Actor
1


「未来(みく)ちゃん、悪いんだけど明日から大和(やまと)君の担当をお願いしてもいいかしら」
「大和君って、吉原 大和(よしはら やまと)のことですか?」
「そうよ。また、例の我侭で担当の子、クビにしちゃったのよ」

また…。
吉原 大和は今、23歳で超売れっ子の俳優だ。
高校生の頃にうちの事務所でスカウトしてから、ずっとトップに君臨してる。
最近は歌手活動にも乗り出して、つい先日ドームツアーも成功させたばかりだった。
そんな彼だったが、一風変わっているらしく扱いが難しい。
気難しいのと我侭で、担当者が気に入らないとすぐに辞めさせてしまうのだ。
これで何人目だろうか?
いつかは私のところにも話が来るかもしれないとは思っていたが、こう唐突に言われるとは思わなかった。

「でも、SCOOPは」
「SCOOPは、綺羅(きら)ちゃんに任せようと思うの。って言うか、大和君を任せられるのはもう未来ちゃんしかいないのよ」

未来は大手芸能プロダクションS企画に入社して5年になるが、ずっとSCOOPというアイドルグループの担当をしていた。
デビュー当時、女子中学生ばかり5人のユニットだったから、担当は若い方がいいと新米なのに未来が抜擢されたのだ。
みんな素直で可愛い子達ばかり、未来のことをお姉さんと言って慕ってくれた。
一緒に成長したその子達も、来年には二十歳になる。

「未来ちゃん、できませんとか言うのはなしだからね」
「米澤(よねざわ)さん…」

米澤 桂(よねざわ かつら)はS企画の部長をしていて、40を過ぎたところだと聞いていたが、外見は30そこそこにしか見えないとても綺麗な女性で、時には厳しいことも言うけれど、普段はとても優しくて、仕事の面でも私生活でも未来の憧れの人だった。
そんな未来をとても可愛がってくれて、そして買ってもくれていた。
だからって、そんな吉原君の担当がこの私に務まるのだろうか…。
断ることもできずに未来は彼の担当を引き受けることとなった。

+++

次の日、担当になった吉原 大和の元へ米澤と共に向かった。
ドラマの撮影もコンサートも無事終わり、今は雑誌の取材やCM撮影などの短期ものがほとんどで、担当を切り替えるのにはちょうどいい時期でもあった。
今日は午後からラジオ番組の収録だったから、迎えついでに挨拶も兼ねて彼の住むマンションへ行く。

「大和君、今日からあなたの担当になる遥 未来(はるか みく)さんよ」
「こんにちは、遥(はるか)です。よろしくお願いします」

未来は米澤の後に挨拶すると大和は、一通り嘗め回すように眺めて「こちらこそ」と一言ボソッと言っただけ。
ラジオの収録だけだから、特にスタイリストやヘアメークも必要ないだろうということでそのまま私服で局まで向かう。
未来の運転する車の中でも、彼は窓の外を見つめたままで一言も言葉を発することはなかった。

「吉原(よしはら)君って、いつもあんな感じなんですか?」

ガラス越しにマイクに向かって話しかけている大和を見つめながら、未来は米澤に聞いてみた。

「そうでもないのよ。あの子、人見知りが激しくて、本当に心を許した人間にしか自分を見せないの。だから未来ちゃんにあんな態度をとったのも仕方がないのよ」
「と言うことは、私がそういう人間でなかったら、一生あのままってことですよね」

この問いに関して米澤は、何も答えなかった。
未来を嘗め回すように見つめた時の彼の鋭い視線は、今でも脳裏に焼きついている。
彼は私に心を許すだろうか?
そんなことよりも今は精一杯彼のことをサポートするだけ、それで気に入られなければ仕方がないのだから。


米澤は事務所で大事な打ち合わせがあるからと先に戻ってしまったから、未来は一人大和が仕事を終えるのを待っていた。
小一時間ほどでラジオの収録は終わり、この後仕事は入っていないから彼をマンションまで送り届ければ今日の仕事は終了である。

「吉原君、お疲れ様です。もう、今日の仕事はこれで終わりですから、マンションまで送ります。明日は、雑誌の撮影とインタビューがありますから、朝9時に迎えにあがりますので」

本人を前にしてこんなことを言うのはなんだが、彼は大事な商売道具、だから未来は常に敬語を使うようにしている。
これはSCOOPの時も同じで、プライベートで彼女達と付き合う時以外はずっと敬語で通していた。

「遥さん…でしたっけ、その敬語なんとかならないかな。俺、そういうの嫌なんだよな、堅苦しくてさ」
「そう言われましても、私はあなたの担当ですから、敬語で話をするのは当然のことです」

ある一定の距離を置かないと、なーなーになってしまってこういう仕事はうまくいかないのである。

「あんたって、見掛け通り頑固なんだな。まぁ、いいけどさ」

見掛け通りは余計なお世話だが、大和がフッと笑ったような気がしたのは、未来の錯覚だったのだろうか?
それから彼を車に乗せて、マンションまで走らせていると突然思いついたように彼が言葉を発した。

「俺、行きたいところがあるんだけど、連れて行ってくれないかな。どうせ、あんたも事務所に戻るだけだったんだろう?」

―――まぁ、確かにそうだけど、でも行きたいところってどこかしら?

「わかりました。で、どこに行けばいいのでしょうか」
「ゲーセン」
「はぁ?」

ちらっとバックミラー越しの彼を覗き見たが、さっきと同じように窓の外に視線を向けたままだった。
もしかしたら、私を試しているのかもしれない。
―――動揺させて楽しんでいるのかも…。
馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ、そう思ったらなんだか腹が立ってきた。

「私も生憎そういうところへは行ったことがありませんので、場所をよく存じ上げないのですが」

あくまでも平静を装って、返事を返す。

「だろうな。あんた、かなりの堅物に見えるもんな。でもさ、たまには息抜きも必要なんじゃねえの」

大和の言葉にハッと我に返る。
―――この子、自分のことを言っているのかしら?それとも、私のことを言っている?
入社して5年、ずっと走りっぱなしだった。
高校大学と平凡に過ごしてきた未来が、芸能界なんてまったく縁のない世界に足を突っ込んだこともサプライズではあったけど、なんとかやってこれたのは米澤のおかげだった。
この性格のせいでつまらない女だと言われたことも幾度とあったが、それを心の中に押し殺して耐えてきたのだ。
彼の言う通り、ここらで息抜きも必要なのかもしれない。

「わかりました、何とかします。でも、吉原君がそのままで街に出たら大変なことにならないでしょうか?」

今日の彼は私服姿だし、不精ヒゲも生えているからパッと見すぐには吉原 大和だとはわからないかもしれないけど。

「平気だよ。俺、結構一人で出歩いたりしてるけど誰も気がつかないし、もしバレても逃げればいいじゃん」

―――え?一人で出歩いてるって、本当なの?
事務所的にはプライベートまでとやかく言うことはないけど、これだけ国民的人気者が街に一人で出歩いても気付かれないというのか。
最近は昔ほど芸能人が歩いていても、冷めているのか熱狂的に騒ぐ子達は少なくなったとは思うし、彼は俳優であってアイドルではないのだからそれも頷ける。
しかし『バレても逃げればいいじゃん』という楽天的なところが、なんとも彼らしいではないか。
知らぬ間に未来は笑っていたようだ。

「何だよ、俺なんか可笑しいこと言ったか?」

この私が笑ったことがそんなにも不思議だったのだろうか?
バックミラーを覗くと今度は大和とバッチリと目が合った。

「そうじゃありません。理屈なんて必要ない時もあるんだと思っただけです」
「わけわかんねぇ」

彼は未来の言っている意味がよく理解できていないようで、またいつものように窓の外に視線を向けてしまった。
渋谷辺りに行けば、ゲーセンなどすぐに見つかるだろう。
それに繁華街の方が返って人込みに紛れて気付かれないかもしれないだろうということで、スペイン坂近くのパーキングに車を止めた。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.