車を降りると適当にブラブラと街を歩くが、彼がキャップを深く被っているせいか誰も気付く様子はない。
「誰も気付かないんですね」
「だろう?こんなもんだよ。だけど、めちゃめちゃスリルあるな」
彼は少し興奮気味で答える。
本当なら、彼だって普通に街を歩けるはずなのに…。
未来(みく)がこの仕事を始めて一番心を痛めたのは、まだ若い多感な時期の子達が普通の子と同じように何でも自由にできないということだった。
せめて今だけでも、そんなことを忘れてもらえたら…。
そして未来自身も今までの殻が破れたら…。
運良くすぐにゲーセンが見つかり、中に入るがまだ学校が終わっていない時間もあって、客はとても少なかった。
なにせゲーセンなどには一度も入ったことのない未来にとってはどれも未知なもので、どうやって遊んでいいかもわからない。
とにかく札を小銭に換えて、大和(やまと)に手渡した。
「俺、これやりたかったんだ」
大和が初めに飛びついたのは、プライズゲームというやつだ。
いわゆるUFOキャッチャーというものだが、未来が知っている頃のものとは違い随分と進化したものだと思う。
彼は真剣になんだかのぬいぐるみを取り始めたが、いいところで取り落としてしまう。
「ほら、もう少し。吉原(よしはら)君、頑張って」
いつの間にか未来は大和の隣で、声を出して応援していた。
「あ〜もうちょっとだったのに〜」
大和がゲーム機に手を付いて、ガックリと肩を落とす姿がなんだかとても可愛く見えた。
「よっしゃー、こうなったら取れるまでやってやるからな」
ムキになっている姿も、また可愛いと思う。
ブラウン管に映る彼は、いつだってクールで年齢よりも大人びて見える。
それは若い時からこういう仕事に就いているせいもあるのだろう。
本当は、無邪気で屈託のない笑顔を見せるどこにでもいる若者のはずなのに…。
「やったー!!」
大和の声に我に返ると、何かのキャラクターであるぬいぐるみを手に彼が未来に抱き付いてきた。
「うわぁっ」
咄嗟に声を上げた途端、体が宙に舞う。
大和が未来を抱き上げたからだった。
「うわぁちょっと!吉原君。危ないって」
なんて未来の声も届かない程、彼は興奮していた。
「え!?もしかして、吉原 大和(よしはら やまと)!!」
「うっそー、こんなところにいるはずないわよ」
周りのざわめく声が聞こえてくる。
夢中になっていて気付かなかったが、すっかり時間は夕方になっていて、学校帰りの高校生で周りはいっぱいだった。
「吉原君っ」
未来が彼の名前を呼んでしまったことで、周りにいた女の子達が一斉に寄って来てしまった。
キャー、やっぱり吉原 大和―――
「マズイ、逃げろっ」
大和は未来の手を引っ張るとものすごい速さで店を後にした。
とにかく車が停めてあるパーキングまで走らなければ、女の子達も途中まで後を追い駆けて来たが、あまりの速さに諦めたようだ。
はぁはぁ―――
二人はパーキングまで一気に走るとその場に座り込んでしまった。
「こんなに走ったの高校の時以来…だから…心臓が止まるかと…思ったわ」
「俺も…」
お互い、顔を見合わせるとなんだか笑いが込み上げてきた。
どちらからともなく、声を出して笑う。
息が切れているから笑うと余計酸欠になるっていうのに、どうしても笑いを止めることができない。
「いや…もう…だめぇ…ひっく…これ以上…笑ったら〜」
未来の本当に今にも倒れてしまいそうな物言いに、大和は余計に笑いが止まらない。
今までこんなに笑ったことがあっただろうか…。
大和は不思議な気分になっていた。
未来とは今日会ったばかりなのに全くそんな気がしないのは、なぜだろうか?
そして彼女といると、何でこんなに楽しいのだろう?
「もう吉原君、そんなに笑わなくたっていいでしょ」
ヒクヒクさせながらなんとか笑いを堪えようとしている大和だったが、元来が笑い上戸なのだろう。
一向に笑いが止む気配がない。
膨れっ面の未来に大和は一瞬ドキッとした。
彼女は整った顔をしているが、特に化粧っ気もなく、今時珍しく髪は墨黒のままでそれも後ろで1つに結っている。
磨けばとても光る素材のように大和には感じられたが、周りには未来以上の綺麗な女性は掃いて捨てる程いるというのにこんなふうに思うことなど一度だってなかったはず。
なのに目が釘付けになって、少しの間反らすことができないでいた。
「吉原君、そろそろ帰りましょうか」
やっと笑いを抑え、平常に戻った未来はスカートの裾を払いながら立ち上がると大和に手を差し伸べた。
彼は素直に未来の手を取ると勢いよく立ち上がる。
そして、車のドアを開けると後部座席に座らせた。
―――あ〜ぁ、まさかこんな時間になってるとはね…米澤さんに連絡してないから、怒られるかな。
などと考えながら、未来は運転席に腰を下ろすとエンジンをかけた。
「あんなに笑ったのは子供の時以来です。なんだかすっきりしました。年甲斐もなくはしゃいでしまいましたけど、すごく楽しかったです。吉原君のおかげですね」
「それを言うなら俺の方だよ。たったあれだけのことなのに、俺にとってはすごいことをした気分なんだよな。すっげぇ楽しかった。俺こそありがとう」
素直にお礼を言われて、なんと答えていいのかわからなかった。
吉原 大和は扱いにくくて我侭で、と言うのがもっぱらの噂であったが、本当にそうだろうか?
ただ普通のことを言っているだけなんじゃないだろうか?
そんなふうに未来には思えて仕方がなかった。
マンションの地下駐車場に着いても何があるかわからないので、一応玄関の前まで見送ることになっている。
「それでは先程も言いましたが、明日は雑誌の撮影とインタビューがありますので、朝9時に迎えに上がります。それでは、お疲れ様でした」
「ちょっと待って」
明日の予定を告げて帰ろうとすると大和に呼び止められた。
「何か?」
「これ、やるよ」
大和が未来の前に差し出したのは、さっきゲーセンでGETした景品のぬいぐるみだった。
「でも…」
せっかく取ったのだから、自分で持っていればいいのに。
「俺が持ってても仕方ないし、未来に付き合ってもらったお礼」
少し照れくさそうに言う大和だったが、ちょっと待って今、未来って呼んだ?
「いいの?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
未来は遠慮なくそれを受け取った。
きっと、そのぬいぐるみを見る度にあの時のことを思い出すだろう。
「あのさ、さっきは普通にしゃべってくれたじゃん。未来の言うこともわかるんだけどさ、なんか遠い存在みたいな気がして嫌なんだよ」
そう言えば、さっきは急に色々なことが起こり過ぎて、ついうっかり敬語を使うのを忘れて普通に話してしまったのだ。
―――遠い存在みたいな気がして…。
大和は未来のことを、もっと近くに感じたいということなのだろうか?
「わかりました。努力してみます」
大和が部屋に入るのを確かめた後、未来は事務所に向かって車を走らせていた。
よく考えてみると、あの時ファンの子達が殺到していたら一体どうなっていただろうか?
やはりこういう行動は慎まなければならないと未来は思いつつも、やっぱり楽しかったなとダッシュボードにちょこんと載っているさっき大和にもらったぬいぐるみの頭を指で撫でた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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