Actor
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次の日は予定通り、朝9時に大和(やまと)のマンションに迎えに行くと彼はきちんと待っていてくれた。
案外、朝も強いし真面目なのねと未来(みく)は思った。

「おはよう、吉原(よしはら)君」
「あぁ、おはよう」

相変わらず気のない返事だけど、彼の要望通り少しラフに挨拶してみたがどうだろうか?

「まず、着いたらスタイリストさんと洋服を選んでもらうわね」
「あぁ」

彼はおしゃれなことでも有名で、若い男の子達の間ではカリスマファッションリーダーとしても知られている。
だから、洋服に関してもかなりうるさいらしく、なかなか気に入ったスタイリストがいなくてすぐに辞めさせてしまう。

「吉原君は、いつもどこで服を買っているの?」
「特に決めてないけど、代官山のGODとか好きだな」

代官山のGODと言えば、最近人気急上昇中の若手デザイナーの店である。
というより大和があの店の人気に火をつけたと言っても、言い過ぎではないだろう。
一度、有名人が身に付けただけでもその店は大繁盛してしまうのだから、メディアというものはすごいと思う。
景(けい)ちゃんもこういう子に気に入ってもらえれば、もうちょっと売れるのに…。
景ちゃんと言うのは、従弟の遥 景(はるか けい)のことである。
未来よりも2歳年下の今年25歳になる父方の弟の子供だが、ファッションデザイナーに憧れて、ニューヨークやロンドンにも留学経験があるけれど、なかなか世に出ない。
小さなショップも表参道に構えていて、そこそこ人気はあるのだが、今一歩パンチに欠ける。
まぁ、まだ若いのだからこれからだと未来は思うのだが。

そんなことを考えながら青山にあるスタジオに入ると何だか随分と騒がしい、何かあったのだろうか?

「未来さん、大変です。スタイリストさん達の乗った車が、事故に巻き込まれて」
「えっ!?」

―――事故って…ちょっと、どういうことよ。

「で、みんなは大丈夫なの?怪我は?」
「はい、渋滞に巻き込まれての追突事故らしいので、スピードも出ていなかったし、特に怪我はないそうですが、念のために病院に行って検査してもらうそうです」
「そう、良かった」

―――良かった〜そんな酷い事故じゃなくて。

「でも、スタイリストさんもいないし、衣装も今からでは間に合いません。撮影は、どうしますか?」

そうだったわ、肝心なことを忘れるところだった。
スタイリストは念のために病院に行くというし、衣装も今から事故現場まで取りに行ったのでは撮影に間に合わない。
―――困ったなぁ。
事情が事情だからクライアントの方もわかってはくれるだろうが、問題は大和を含めたスタッフのスケジュールだった。
今はそれほど仕事が立て込んではいないが、スケジュールを組み直すのは大変だ。
何とかならないものか…。
未来は咄嗟にバックから携帯電話を取り出すと、番号を呼び出してあるところへ電話を掛けた。

『はい、遥ですが』
「あっ、景ちゃん?私、未来だけど」
『未来?久しぶりだな、どうしたんだ?』
「お願い、助けてっ」
『何だよ、いきなり。落ち着いて、順序立てて話してくれよ』

未来の唐突な問い掛けに、景は何事が起きたのかと慌てて答えた。

「実はね、今から雑誌の撮影があるんだけど、急なトラブルで衣装が必要なの。景ちゃん、何とかならない?」
『雑誌の撮影って?』
「私ね、今度、吉原 大和(よしはら やまと)の担当になったの。だから、彼に似合う服を貸して欲しいんだけど」
『吉原 大和って、あの俳優の吉原 大和か?』
「そう、お願い。急いでるの、何とかして」
『わかった。俺で役に立てるなら協力するよ。で、どんなのを用意すればいいんだ?』
「うん、景ちゃんから見て吉原 大和に一番似合う服」
『それ、すっげぇ難しいんだけど』
「つべこべ言ってないで、何とかしなさいよ。プロでしょ!」
『わかったよ。とにかく俺の好みで選んでいいんだな?そしたら、どこに持って行けばいいんだ?』
「青山のSTUDIO-Xってわかる?」
『そこならすぐだから、30分くらい時間もらえるか?』
「うん。外で待ってるから、お願いね」
『任せて』

そう言って電話を切ると、未来は祈る気持ちで携帯を両手で握り締めた。


それから、景の約束通り、30分後に彼はバイクに乗って現れた。

「景ちゃん、ごめんね。無理言って」
「とにかく、これ」

景と一緒に急いで大和の元へ向かう。
彼がこの服を気に入ってくれればいいのだが…。
不安を抱えつつも、一か八かやるしかない。
控え室のドアをノックして中へ入ると、既にヘアメイクを終えた大和が雑誌を読みながらくつろいでいた。

「吉原君、実はトラブルがあって、いつものスタイリストさんと衣装が用意できなかったの。それで、これを着て欲しいんだけど」

未来の差し出した服を大和は手に取ると、ジッとそれを眺めている。
側で見ていた未来と景は、息を呑んでそれを見守っていた。

「いいよ」
「え?」

一瞬、大和が言った言葉を理解できなくて、未来は聞き返すような形で言葉を発してしまった。

「だから、これでいいって」
「うっ、うん。じゃあ、景ちゃん。お願い」
「わかった」

未来は部屋から出ると、スタッフに予定通り撮影を行うように告げる。
しかし、こんなにすんなり大和が未来の申し出を受けてくれるとは思わなかった。
トラブルがあってとだけ前置きしていたから、そういうところを察したのかもしれないが、何事にも妥協を許さない大和のことだ、そんなことだけで承諾したのではないのだろう。

暫くして、大和が景と共に部屋から出て来た。
その姿を見て、誰もが彼に釘付けになった。

「未来、なに間抜けな顔してんだよ。まっ、俺に見惚れるのもわかるけどな」

大和におでこをでこピンされて、未来はようやく我に返る。
確かに見惚れていたのは事実だが、こういうことを大和がするというのは、された当人もそうだけど、周りにいた人までもが呆気にとられていた。

「それでは、よろしくお願いします」

未来の声にみんなの顔色が変わって、その場に緊張感が走る。
景はまだこういう場に立ち会ったことがなかったから、興味津々という顔で見つめていた。
彼の持ってきた服は、シンプルだけどカットワークがとても凝っていて仕立ての良さを感じさせる。
そして、服が主張し過ぎることなく、大和の魅力を最大限に生かしていた。
今まではどちらかというと歳相応のカジュアルな物が多く、それはそれでカッコ良かったと思うけれど、目の前の彼はそれ以上にカッコ良く見えたし、撮影もインタビューも予想以上にスムーズに済んで予定より早く仕事を終えることもできた。

「いやぁ、今日の吉原君はいつも以上にいい男でしたね。服の感じが違ったからかもしれないけど、それだけじゃなさそうだな。こう柔らかくなったって言うか、あれは恋かな」

カメラマンの池田が少し興奮気味に未来の元へやって来るなり、そう話す。
池田は30代半ばで未来とはわりに仕事を共にすることが多く、気軽にいつも話し掛けてくる。
確かに彼の言うように映像で見る大和はどこか作ったようなところがあったように思うが、今日はより自然に近かったかもしれない。
レンズの向こうでいつも見続けてきた池田には、敏感に感じ取れたのだろう。
昨日、大和の素顔の一面を垣間見た未来にはそれがとてもよくわかる。
だけど、恋っていうのはどうなんだろうか?
あまり浮いた噂は耳にしないが、スキャンダルは人気を左右するからとそれは事務所内で握りつぶしているという話も聞かなくもない。
まぁ、昨日今日関わった未来には、そんなことまで理解する余裕などないのだが。

「そうですか?」
「これでまた、若い女性ファンを掴みそうだな」
「そうだといいんですけどね」

「じゃあ、俺はお先に」と池田は、次の撮影があるとかで足早にスタジオを出て行った。


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