Actor
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「景ちゃん、ありがとう。ごめんね、急に変なこと頼んだりして」
「いいよ、でもさ吉原 大和(よしはら やまと)に俺の服を着てもらえるなんて思わなかったから、感激だな」
「そう?これで景ちゃんも、人気出るといいのにね」
「全くだな。せいぜい、従弟のために宣伝してくれよ」

笑いながら、景とこんな会話を交わしていると、主役の大和が戻って来た。

「吉原君、お疲れ様。今日の仕事はこれで終わりだから、家まで送るわね」
「あのさ、この服どこのブランドなんだ?」

大和には何も言わずに洋服を渡したから、ファッションにうるさい彼も気になったのだろう。

「あ、これはね。ここにいる景ちゃんが、デザインしたものなの」
「初めまして、遥 景(はるか けい)です」
「遥?」

未来(みく)が景を紹介すると、大和は少し驚いたような様子で二人をを交互に見つめる。

「あっ、もうちょっと詳しく紹介するわね。景ちゃんは、私の従弟なの」
「従弟」
「そう、表参道でK's-1っていうお店をやってるんだけどね。あんまり、知られてないんだけど」
「知られてないってのは、余計だろ」

鋭く景が突っ込みを入れる。
―――だってほんとのことなんだから、しょうがないじゃないねぇ。

「景さん、俺その店に行ってみたいんですけど、ダメですか?」
「えっ、ほんと?ダメなんて、とんでもない喜んで」
「未来、今から景さんの店に連れてってよ」

また、大和の出歩き癖が出たなと未来は思ったが、景の服を気に入ってくれたのなら話は別。

「わかったわ」

景はバイクで来ていたから、その後を追うように車を走らせる。
K's-1はスタジオから目と鼻の先にあるから、すぐに到着した。

「ここが俺の城、まだ駆け出しだから店もちっちゃいけどさ」

店はビルの一角にあって、微妙に表通りから外れているせいかあまり目立たない。
―――本人は売る気があるのか、ないのかよくわからないから、これでいいんだって言うんだけど、大丈夫なのかしら?
中に入ると留守番をしていた麗(れい)、一人しかいなかった。
麗は大学生の頃からバイトをしていたが、卒業しても就職せず、ここでずっとフリーターをしている。
相変わらず、お客さんはいないみたい。
これなら吉原君を連れて来ても、心配はいらないんだけど…。

「景さん、お帰りなさい。あっ、未来さんもいらっしゃい」
「ただいま、麗ちゃん。今日は、すっごいお客さんを連れて来たから」

景の後ろにいた大和を見て、麗が固まった。

「え…もしかして、吉原 大和さん!?」
「どーも」

大和は、いつものあまり愛想のない挨拶を済ませると早速、店内を物色して回る。
真剣な彼の表情を見ていると、本当に好きなんだなと思う。

「麗ちゃん、今日はお忍びだから内密にね」
「はっ、はい」

麗ちゃんは本当に可愛らしくて、それでいて今時の子には珍しく素直だ。
お客さんの中には彼女目当てで来る人もいるらしいが、景はそれがおもしろくない様子。
なぜなら景は彼女にゾッコンだからなんだけど、麗ちゃんはそんなことは全然気にも留めていないみたい。
『あいつは、鈍いんだ』なんて景は言ってるけど、未来から見れば、とてもお似合いだから早くくっ付けばいいのにって思う。

大和と景は年齢も近いせいか、とても話が合うようだ。
彼の周りにはいつも大人ばかりで同年代の子がいなかったこともあったかもしれないが、K's-1は男性物しか扱わないお店だったから、未来には少し退屈だった。
というより、元々ファッションに縁のない未来がここにいること自体間違っているのだが…。

「未来さん、コーヒーでもどうぞ」
「ありがとう」

麗が気を利かせてコーヒーを持って来てくれたから、未来は側にあった椅子に腰を下ろす。

「未来さん。吉原さんとお知り合いなんて、すごいですね」
「まだ、麗ちゃんには言ってなかったものね。私ね、実はS企画に勤めてて。今度っていうか、昨日から彼の担当になったの」
「え?そうなんですか」

麗は、大きな目をより一層大きく見開いている。
彼女には芸能プロダクションに勤めていることを話していなかったのと、今の未来を見てまさか大和を担当しているとは思いもしなかったに違いない。

「ごめんね。隠すつもりはなかったんだけど、こういうの知られると色々あるから」
「いいえ、でもいいな。未来さんは、芸能人にいっぱい知り合いがいるってことですよね」
「知り合いって言っても、仕事上だけだから。それにあんまりいいこともないし」

普通に考えて、芸能プロダクションに勤めていると聞けばすぐに芸能人に会えると思ってしまうが、実際はそうでもない。
特に未来のように一人を担当してしまうと尚更だ。
気も使うし、トラブルなんて日常茶飯事だし、結構大変なことも多い。

「吉原さんって、テレビで見るイメージとなんだか違いますね」
「例えば、どんなふうに?」

仕事柄か、テレビの中だけの大和しか知らない麗が実物の彼を見てどう思ったのか、未来はその反応がとても気になった。

「もっとこう冷たい感じの人なのかなって思ってましたけど、全然そんなことなくって。私、ファンになっちゃいそうです」

麗は、うっとりとした顔で大和を見つめている。
これが、大和でなくて景ならと未来は思ってしまう。
それよりも、目の前にいる大和はプライベートでリラックスしているせいか、とても優しい表情をしている。
口数が少ないイメージの大和だったが、今の彼は全く違う。

「う〜ん、私としては吉原君のファンが増えるのは嬉しいんだけど。麗ちゃん、それ景ちゃんには言わない方がいいわよ」
「え、どうしてですか?」

意味がわからないという顔の麗だったが、「とにかく、そういうことだから」とだけ未来は言っておいた。

数着の服を手に景が、麗と未来がいるレジの方へとやって来る。

「麗ちゃん、これ包んでくれる?」
「はい、わかりました」

どうやら、大和が気に入ったらしい服を購入するようだが、インスピレーションで選ぶのか、それとも忙しい身だからなのか、やけに選ぶのが早いなと未来は感心してしまう。
しかし、その数は半端じゃないように見える。

「吉原君、これ全部買うの?」
「そうだけど」

しれっと言う大和だったが、景の服は仕立てがいい分だけ値が張る。
それをこんなにたくさん買ったら、一体いくらになるのやら。
彼にはそれだけの十分な稼ぎがあるのだから、文句は言わないけれど。

「こんなに買ってもらえたら、今月の売り上げすごいよ。麗ちゃん」
「そうですね、景さん」

二人は素直に喜んでいるが、大和は未来に気を使ってこんなことをしているのではないのだろうか?
今後のこともあるし、そういう遠慮はナシにしてもらわないと。

「俺、景さんの服すっげぇ気に入ったんだ。何で、もっと早く知らなかったのかって思った。未来も、もったいぶってないで早く教えろよな」

未来の気持ちをまるで察したかのように大和は言う。
だけど、この言い方って…まったく、素直じゃないんだから。

「はいはい。せっかく教えてあげたんだから、他のブランドに浮気なんてしちゃダメよ?そんなことしたら、私が許さないんだから」
「わかってるって」

こんな大和と未来を見ていた景と麗は、一種のカルチャーショックを受けていた。
これじゃあ、まるで恋人同士ではないか。
まさか、既に…。
と思ったのは言うまでもないが、そんな景と麗を他所に大和と未来は楽しそうに話している。

「今度から、俺の服はここで用意してもらってもいいかな。スタイリストも、景さんにお願いしたいんだけど」

突然の大和の申し出に未来も驚いたが、景はもっと驚いている。
そうしてもらえれば、嬉しいに決まっているが…。

「私は構わないけど、景ちゃんは?」
「俺に拒否権はないな、もう大歓迎だよ」
「じゃあ、決まり」

実は、周りのみんなよりも大和が一番驚いていたりもする。
今まで、嫌だという意思表示はしても、自分からこうして欲しいという要求をあまりしたがらないタイプだったからだ。

何かが、変わっていく―――。
いや、変わろうとしていたのかもしれない。
その時が、今来たのだと。


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