Actor
5


景ちゃんのデザインした洋服を着て撮影された雑誌が発売されたと同時にK’s-1の名は一気に全国区となり、店は麗ちゃんと二人では対応し切れず、入店制限をする始末。
ほとんどが一点物だったから、大和(やまと)と同じ服を求めてやって来た人には少々がっかりの結果になってしまったかもしれない。
それでも、元々彼の服はデザインも洗練されていたし、目が高い大和ファンも納得の品ばかりだったからその良さは十分受け入れられたはずだった。

「吉原(よしはら)君のおかげで、景ちゃんのお店は大盛況らしいわ。私からもよ〜くお礼を言っておいて欲しいとさっきメールが入ったの」

「本当にありがとう」と未来(みく)が景に代わってお礼を言うと、大和は何だか照れくさそうに手で鼻を擦る仕草を見せた。
今日は以前から契約している自動車会社の新CMの撮影についての打ち合わせ。
さり気なく、K’s‐1の服を着ているところあたりが、何とも憎い演出だなと未来は思ったが、お世辞抜きでよく似合っていると思う。

「俺は、景さんのデザインした服を純粋にいいと思っただけだから。でもさ、迷惑だったんじゃないのかな」

景には景のやり方が、あったのかもしれない。
大和のマネージャーをしている未来が従弟だから承諾してくれただけなのではないか?
自分が気に入ったからという理由だけで返って迷惑を掛けてしまったのではないかと大和はあの後、家に帰ってからずっとそんなふうに考えていたのだった。

「時間が経てば、落ち着くでしょう。それに売れたからといって景ちゃんのスタイルは変わらないと思うの。だから、吉原君が気にすることはないから」

企業経営であれば、これを機に売上を伸ばそうと大量生産を考えるかもしれないが、景は違う。
自らが納得した物だけを作るスタイルは、永遠に変わらないはずだから。

「だといいんだけど」
「吉原君って、そういうことはあまり気にしないタイプだと思ってた。あっ、ごめんなさい。余計なことを」

―――つい、余計なことを…。
だって、我侭で気難しくてマネージャーをすぐに辞めさせてしまうような人が、そんな気を使うなんて。
未来の従弟だからなのか、彼にはそういう情けみたいのものは関係ないように思う。
だから、どうして?そこが妙に引っ掛かる。

「未来の言う通りなんだけどさ、俺にもよくわかんない。多分、景さんだから、そう思うんだろうな」

こればかりは大和本人も感じていながら、はっきりその根拠がわからない。
彼の言った、景だからという理由が一番しっくり当てはまるのも頷ける。
そんな会話をしながら会議室に入ると先に待っていたクライアントである自動車会社の広報と広告代理店の担当者が立ち上がって挨拶する。
二人とも40代だろうか、若い未来は初対面ということもあって緊張気味に名刺を交換し、一瞬で空気が変わったが、大和は彼らとも面識があったとはいっても動じることなくさすが大物は違うなと感心して見つめていた。
今回のCMは20代をターゲットにしたスポーツタイプの新車ということもあって、彼女とのデートという設定で海沿いを走った後、砂浜で車を止めて二人が戯れるというもの。
ありがちと言えばありがちなシチュエーションではあるが、制作側としては甘い場面を入れたい意図があったようだ。

「最後にキスシーンを入れたいんですけど、どうでしょうか」

これがクライアントの要求であれば、こちらは受け入れるしかない。
大和のイメージも企業イメージも損なわない、最終的にいい物を作ることが重要なことだろう。
しかし、大和のキスシーンとなればそれだけで相当な話題になるはず。
相手の女性を誰にするかが、一番のポイントになってくる。

「相手の女性は、決まっているんでしょうか?」

未来が尋ねると、担当者が言うには「メインはあくまで吉原さんですので、相手の女性に関しては後ろ姿や横顔程度しか映らない予定なんですよ」だから、大和の意向を聞いてから決めたいということ。
当の本人はというと、腕を組んで目を瞑って黙ったまま。
―――この分だと、断った方がいいのかな。
この時点では、はっきり返事をできる状態ではないものね。
オフィスに戻ってから、米澤さんに相談してみなきゃ。
そう思っていると、突拍子もないことを大和が口にした。

「俺としては別に構わないけど、相手の女性を決めさせてもらってもいいかな」
「えぇ、それは誰か希望の方がいらっしゃれば是非」
「じゃあ、この人で」

―――この人って…。

えぇぇぇぇぇぇっ!?

わっ、私?

彼が指で示したのは、何とあろうことか未来だったのだ。
きっと悪い冗談に違いない。
やる気など初めからなかったのだろう、だからこんなことを…。

「ちょっ、ちょっと。吉原君!!、冗談止めて。こんな大事な席でっ」
「俺は冗談なんか言ってないけど。未来って実はスタイルいいし、どうせ顔とか見えないんだったらいいじゃん」
「そりゃ、顔は見えないかもしれないけど―――」

「キスシーンはどうすのよ…」と、最後は聞こえない声で訴える未来。
だいいち、ここにいるクライアントも制作担当者も納得しない、いやするはずがない。

「未来がやらないなら、相手は誰でもいい。その代り、キスシーンはなしにしてくれよな」

相変わらず我儘っぷりを発揮していたが、どうして相手が未来でなければならないのだろうか?
もっと綺麗な女優やタレントは、たくさんいるというのに…。
担当者はジッと未来をまるで品定めするように眺めていたが、これまた突拍子もない発言にみんなどうかしているとしか思えない。

「おもしろい発想かもしれません。確かに吉原さんの言うように遥(はるか)さんはスタイルもいいし、地味にしていらっしゃいますけど、磨けばすごく光ると思います」

「失礼なことを言って、申し訳ありません」と謝る広告代理店の担当者だったが、彼はプロ。
一目見れば、経験と直感で判断できる。
とはいっても、素人の未来がこんなことを『はい、わかりました。頑張ります』とか簡単に言えるはずがない。
製作費は安く済むかもしればいけれど、失敗したら大変なことになる。
まぁ、メインは吉原 大和(よしはら やまと)なのだから、彼がきっちり決めてくれれば脇の未来など居ても居なくてもそう変わらないのかもしれないが…。
でも、大和ファンからは、『あの女は一体、誰なの!!』という苦情が殺到することだけは確かだろうけど…。

「それは、ちょっと…」
「一度、監督とも会ってみて下さい。そこで判断しても遅くないでしょう」
「はぁ…」

―――とんでもないことになっちゃったな…。
景ちゃんの名が知れたのは良かったけど、どうして私が…。
それもこれも、吉原君が余計なことを言ったりするからっ。

打ち合わせが終わって、どっと疲れが出た未来。

「どうした、元気ないな。腹減ったし、飯でも食いに行くか?」

「焼き肉でもさぁ」なんて、呑気に話し掛けてくる大和。

「元気もなくなるわよ。どうして、私がCMなんかに…」
「俺とキスするの嫌なのか?」

真顔で言われて、心臓がドックンと飛び跳ねた。
―――嫌なのか?って、それは私に聞くことじゃないでしょ。
あなたは、嫌じゃないの?

「吉原君は、嫌じゃないの?相手が私で…」
「すっげぇ、したいって思ってんだけど」
「はっ!?」

―――なっ、何て事を。
お、大人をからかうのもいい加減にしてよね。

「なんならさ、一回練習しとく?一回じゃなくてもいいんだけど」
「からかうのも、いい加減にして。これは遊びじゃないのよ。真面目な仕事なんだからっ」
「俺がいつ、いい加減なことを言った。これでも、マジでやってんだ。勝手に決めつけんなよ」

怖いくらいの大和の目に未来は釘づけになった。
いつだって真剣、だからこそ妥協もしないし、自分の意見を通してきたはずのその彼が…。

「ちょっ、吉原く―――」

頭を腕に抱き寄せられて唇が強く重なる。
―――私、人気俳優の吉原 大和とキスしちゃった…思ったより、柔らかいかも。
なんて、ミーハーみたいなことを言ってる場合じゃないんだけど…。

「目くらい瞑って欲しいんだけど」と見開いたままの未来にクスクス笑ってる大和。
静かに目を閉じると再び、彼の柔らかくて温かい唇が重なって…。
未来は、自然に背中に腕を回していた。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.