「米澤さんったら、そんな無責任な…」
例の自動車会社のCMに大和(やまと)の相手として出演する件について、未来(みく)は米澤に相談しにあの後すぐに事務所に戻って来たのだが大和からの食事の誘いは丁寧にお断りして…(それどころじゃあない)、なのに彼女は「それは、おもしろいわっ。是非、やりなさいよ未来ちゃん!!」と意に反して異常なまでの賛成っプリ。
てっきり、未来の味方をしてくれるとばかり思っていたのだが、当てが外れてどうしたものか…。
「私は大賛成。未来ちゃんはとてもいい素材だから、きっと話題になるわね」
「実はマネージャーなんて辞めさせて、タレントか女優にさせようと思ったこともあったのよね」なんて、爆弾発言まで出てきてびっくり。
広告代理店の担当者も言っていたが、見落としてしまいそうな未来の良さをもちろんプロ中のプロである米澤が気付かないはずがない。
そして何よりも、あの吉原 大和(よしはら やまと)が選んだ相手である。
何人ものマネージャーをクビにしてきた彼が指名したのだから、余程彼女のことを気に入ったに違いない。
有名女優やタレントを使うよりもずっと話題性があるし、未来をこのまま埋もれさせてしまうのはもったいないと思っていた米澤にしてみれば、大和の目の確かさに逆に驚かされたほど。
「私は、マネージャーなんです。表舞台には絶対に立たない」
この仕事に誇りを持っているつもりだった。
SCOOPというアイドルグループを担当して、もちろん売ることが第一だから、それこそ初めの頃はわけもわからず使ってもらうために無我夢中で頭を下げまくったこともある。
それが理不尽だと思った時期がなかったとは言わないけれど、彼女達だって事務所にいいように操られるマリオネットじゃない。
自分の夢を叶えるために頑張っていたことをちゃんと知っている。
その力に少しでもなれたなら…。
大和の担当に変わった今もその気持ちに変わりはないし、影で支えるのが自分の使命だと。
決して、彼と同じラインに立つことなどありはしない、あってはならないのだ。
「吉原 大和のマネージャーなら尚更、引き受けなさい」
「えっ」
―――どうして…。
未来には、米澤の言わんとしていることがよく理解できない。
なぜ、吉原 大和のマネージャーなら、引き受けなければならないのか。
「私も、遊びで言っているわけじゃないのよ?あなたの考えるマネージャー像もわからないでもないんだけど、私達は商品をどう売り込み、彼らのことを商品という言い方はよくないかな。どれだけ利益を上げられるか、それは未来ちゃんにもわかっているはずよね」
「確信があるから言ってるの」と続ける米澤だって、おもしろがって未来にさせようとしているわけではない。
頂点に君臨する大和ですら、いつどうなるかなんて誰にもわからないからこそ、常に注目を浴びるような話題性が重要なのだ。
「彼を売るためなら何だってやるの、いい?」
「でも…私、演技なんて小学校の学芸会以来だし…」
顔は映らないまでも、それなりには演技というものもしなければならないだろう。
ただ、車のシートに座っているというだけでは済まされないのだから。
「そこは、練習すれば何とかなるでしょ。どうせ彼と一緒にいることが多いんだから、付き合ってもらえば?キスシーンの」
「きっ、キスシーン!?」
これに関しては冗談で言ったつもりの米澤だったが、妙にリアクションが大きくなってしまった未来。
ついさっき、大和にキスされたばかり、思い出して頬が急に熱を帯びてくるのがわかる。
『彼を売るためなら何だってやるの、いい?』と言われてしまえば、今の未来に反論できるはずがなく…。
しかし、本当にキスシーンを撮るつもりなのだろうか?
こればかりは米澤がOKしても、最終的には監督と会ってみなければわからない。
こんな下手クソな!!とか言われて、おろされるかもしれないし。
最後の綱は、監督にかかっているといっても過言ではない。
―――あぁ〜監督、どうか私じゃダメだと言ってぇ。
◇
数日後、緊張の面持ちで未来は監督と会うことになった。
マネージャーの立場で挨拶することはあっても、今日はいつもと勝手が違う。
「大丈夫かよ、未来」
「大丈夫なわけ、ないでしょ?」
「そう、カリカリすんなって。ほら肩の力抜いて、リラックスリラックス」と大和は未来をなだめるように肩もみを始める。
今や押しも押されもしない売れっ子俳優の吉原 大和に肩をもませる人物は恐らく、ここにいる未来以外にいないだろう。
―――これじゃあ、どっちがマネージャーだかわからないじゃない…。
あぁ〜。
こんな姿を誰かに見られたりしたら、彼のイメージが思いっきり崩れてしまうかもしれない。
いや、既に未来の中では吉原 大和のイメージは崩壊していて、こうじゃなかったはず。
彼と初めて顔を合わせたあの日、未来を嘗め回すように見つめた時の彼の鋭い視線。
自分に心を許すだろうか?
『あの子、人見知りが激しくて、本当に心を許した人間にしか自分を見せないの』
こんなふうに話していた米澤。
未来がそういう人間でなかったら、一生あのまま。
そう思ったのが嘘のように、彼は未来に接してくる。
あの、キスも。
まるで、恋人と一緒にいるみたいに―――。
結局、ことごとく未来の願いは打ち砕かれて、とうとう本当にCM出演することが決定してしまった。
「監督も褒めてたじゃん。未来、女優の才能あるな」
「もうっ、吉原(よしはら)君までそういうこと言って、私をおダテないで」
「おダテてなんてないけどー」と、おチャらけたように言う大和。
確かに監督は褒めていた、あれはきっと社交辞令なのだと思いたいが、真剣勝負の世界に社交辞令なんてことがあるはずもなく…ということは、半分くらいはそういう才能もあったりする?
―――こらっ、未来。自惚れるのも、いい加減にしなさいっ!!
たまたまよ、たまたま。
成り行きでCMに出ることになったからといって、調子に乗っている場合じゃない。
「じゃあ、一杯やる?未来の女優デビューに乾杯ってさ。焼肉も食いにいけなかったし」
「吉原君、呑気なこと言ってないの。あなたはみんなから注目されている人なんだから、もっと行動を謹んでちょうだい。この前みたいなことになったら、大変でしょ?」
ゲーセンに行って女子高生達に追い掛けられたことは一応、米澤の耳に入れていたが、遠回しに慎むようにと注意された。
芸能人にとって、スキャンダルは命取りになりかねない。
俳優とマネージャーという関係であっても傍から見れば男と女、誰がどこで見ていてそういうゴシップ記事を書くかわからないのだ。
「そうだけどさ。俺達、まだ一度も一緒に飯も食ったことないんだぜ?」
「なら聞くけど、前のマネージャーさんとは一緒にご飯を食べに行ったりしたわけ?」
「うぅ…」
未来の鋭いツッコミに、返事に詰まってしまう大和。
ことごとくマネージャーを辞めさせておきながら、食事に行ったりするはずがないことくらい未来でなくてもわかるだろう。
「おとなしく、家に帰りなさい」
「えぇ〜」
「えぇ〜じゃないでしょ?」
大ブーイングの大和。
―――もう、吉原君ったら…。
辞めさせられたマネージャー達には非常に申し訳ないが、誘ってもらえるのは嬉しいに決まってる。
自分は続けられるかどうか、『大和君を任せられるのはもう未来ちゃんしかいないのよ』と米澤に頼み込まれて嫌と言えなかっただけなのにこんなふうに言われたら…。
「俺の知り合いの店なら、いいだろ?秘密は守る人達だしさ」
「ヒミツねぇ」
今までの担当は同性同士の関係だったから、こんなことは考えもしなかった。
友達とでも異性になれば有名人は大変なのね、なんてまるで他人事のように感じてしまう。
「わかったわ」
「事務所の交際費ってことでヨロシク」
「は?」
ちゃっかりしてるわねと思いつつ、「はいはい」と言ってしまうあたりは甘やかしているかな。
CM撮影は憂鬱の種だけど、彼といるだけでどんどん変わっていく何かに戸惑わずにはいられなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.