「景ちゃん、これ…」
大和(やまと)がCMで使う衣装を景のデザインするK’s-1に依頼したのだが、未来(みく)の衣装も彼がデザインを手掛けて、それが今出来上がってきたのだが…。
「未来のためだけにデザインしたんだ」
「俺はメンズONLYだから、レディスはこれっきりだけどさ」と話す景がデザインした服は、大和にデザインした物とどこか似通ったそれでいて女性らしいラインが魅力的なカットワークが美しいワンピース。
常に地味なパンツスーツしか身に付けていなかった未来にしてみれば、ワンピースを着ること自体いつのことかすら思い出せないというのにこのスカート丈はどうなのか…。
「デザインはすっごく素敵だと思うんだけど、ちょっと短くない?このスカート丈」
「監督の要望なんだから、しょうがないだろう?それに未来はスタイルいいんだしさ、これくらいの長さが一番綺麗に見えるんだよ。まぁ、俺はメンズものしかデザインしないから、イマイチ説得力がないんだけど」
恥ずかしかったけど、景に細かく採寸されてサイズが全部バレてしまった…。
だけど、監督の要望って…。
スカート丈が気になるのは、ミニとはいわないまでも膝小僧が見えるくらいの未来にとってはかなり勇気のいるものだったから。
―――あぁ…本当にCMなんかに私が出るの?
今になってもまだ信じられないというか、これは夢であって欲しいと願う自分がいるのも確か。
「取り敢えず、着てみてくれよ」
「うん…」
景に促されて仕方なくワンピースを身に纏う未来だったが、鏡の前に立つ人は一体誰なのか―――。
「やっぱり、俺の思った通りだったな」
「どういうこと?」
「大和君が未来を選んだ理由が、俺にはわかるよ。後はヘアスタイルとか、メイクでもっと変わるさ」
「ほんと、未来さん、素敵ですぅ。それにすっごいスタイルいいんですね。足首なんかキュッと絞まってて」
「麗ちゃんまで…」
今は開店前で、店内には景と麗以外は誰もいなかった。
姿が見えないいつも一緒の大和はというと今日は珍しくオフの日で、まだ寝ている時間ではないだろうか?
それを見計らってここへ来たのだったが、彼がこの姿を見たら一体、どういう反応を示すだろうか…。
―――いなくて良かったわね、きっと。
馬子にも衣装とか何とか言われたかもしれないけど、せっかく景がデザインしたレディス物の服なのに私が着たりして、今後の活動に影響が出ないかしら?
もし、有名女優やタレント・モデルが着ることで注目を浴びて、彼がレディス物のデザインをすることになるかもしれないのだから、未来にとってはそれだけが心配だった。
「取り敢えず、サイズはいいと思う。大和君が見たら、惚れ直すなきっと」
「もうっ、景ちゃんったら。そんなわけないでしょ」
横で首を大きく上下に動かしている麗ちゃんにはこの際気付かなかったことにして、それにしても先が思いやられる…。
しかし、遊びではないから失敗は許されない。
重圧が未来を押し潰しそうになっていたことを、ここにいる二人は気付いていなかった。
+++
CM撮影は天気が一番のネックになっていて、とにかく快晴の空の下でなければ意味がない。
かといって、撮影の許可を得たり、大和のスケジュール調整もあるために晴れるのを待っているわけにはいかず、ただ祈るより他はない。
とにかく、時間は限られている。
「明日は、晴れるかしらね?天気予報ではそう言ってるけど、できれば雲ひとつないくらいカラッと晴れて欲しいわよね」
「そうですね…」
聞いているのか、いないのか、未来は米澤の話も上の空で全く耳に入っていない。
それもそのはず、CMの台本を何度も何度も見返しては溜め息ばかり吐いているのだから。
台詞はというと彼役の大和にドライブに誘われた彼女役の未来が『海が見たい』と言うのと、海辺で戯れるシーンで『どっちが早いか競争しよっか』と言い出した彼に『いいわよ、負けないんだから』というこの2つ。
もちろん、大和がメインのCMではあったが、彼の台詞がたくさんあるわけでもなく、未来の存在も重要なものとなっていたのだ。
だからこそ、憂鬱になってしまう。
―――できれば、台詞なんてなしにして欲しいわよ。
そして、肝心のキスシーンは、未来は大和の影になって見えないようにする方向で実際にはしないで済みそうだった。
これに関しては、心底良かったと思う。
「ちょっと、未来ちゃん。今から、そんなことでどうするのよ。撮影は明日なんだから、覚悟を決めなさい」
「他人事だから、米澤さんはそんなことが言えるんです」
こう言われてしまえば、米澤だって何も言えなくなってしまう。
確かにそうだ。
好きで自分の意思でやるならともかく、本人の中ではそういった気持ちはまるでないに等しい。
仕事だからというには、彼女にとってあまりに大き過ぎることかもしれなかった。
「大丈夫よ。大和君が、付いてるんだから」
「そうですけど…」
―――どうして、吉原(よしはら)君は私を選んだりしたの?
あのキスだって…。
全然、わからない。
大雨でも降って、撮影が中止になればいいんだわ。
◇
「おはようございます」
「おはよう。未来、すっげぇいい天気だな」
「そう…みたいですね」
いつものように大和を迎えに来た未来だったが、今日の天気とは裏腹に心はどんどん曇っていく一方だった。
「何だよ、未来そんな暗い顔して。元気出していくぞ、ほら」
それに対して、大和はどうしてこんなに嬉しそうなのか。
彼に背中をポンッと叩かれて、未来は思う。
久し振りのCM撮影だからなのか、それとも…。
「えぇ、そうね。今更、足掻いても仕方ないものね」
ここまで来たら、覚悟を決めるしかないのだから。
そして、いつもはマネージャーの未来も、たった一日だけの女優に変身する。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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