Actor
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「今日の大和(やまと)君は、演技に力が入ってるな。何かいいことでもあったのか?未来(みく)」
「えっ…そっ、そう?ほっ、ほら、最終話の撮影だし、力も入るんじゃない?」

二人のことを知らない景は別に意味もなく未来に聞いてきたのだが、変に反応して声が上ずってしまった。
それもそのはず、彼の気持ちを受け入れた未来とついさっきまでベッドの中で一緒に過ごしていたのだ。
幸せを手に入れた大和の演技に力が入っても、それは当然のことなのかもしれない。

「怪しいな」
「なっ、何がっ」

―――怪しいって、何が?!
不適な笑みを浮かべて未来をジーっと見つめる景。
心の奥底まで見透かされてしまいそうで、思わず視線を逸らして別の話題を考えるが、こういう時に限って何も頭に浮かんでこない。
従弟で多少血が繋がっているからとか、そういうことではないけれど、多少なりともどこか感じるものが彼にはあったのだろう。
まぁ、ここのところ常に一緒に仕事をしているのだから、少しの変化も気付かない方がおかしいか。

「そう言えば、昨日はどこ行ってたんだよ。撮影が終わったっていうのにどっかいなくなっちゃってさ、大和君は追い掛けて行ったきりで―――未来の変身といい―――」

そこまで言い掛けて景は、二人の間に起きたであろう変化に気付いてしまう。
…そっか、そういうことか。

初めて大和に会った時に恋人同士かと錯覚したくらいだったし、こうなることは時間の問題と思っていたが、ここでとは。
彼には後で突っ込んでおこうとは思うが、今は余計なことを言わず、そっと見守ることにしょう。

「昨日は、ごめんなさい」
「あ?あぁ、それより。大和君に言っとけよ、そんな目立つ場所にキスマーク付けるなって」
「えぇっ」

慌てて首元に手を当てて隠す未来だったが、そんな彼女をおもしろがって「冗談に決まってんじゃん」と言いながらクスクスと笑う景。
―――もうっ、ハメられた?

「ちょっと、景ちゃんったらっ」
「未来、顔真っ赤だぞ?」
「景ちゃんが変なことを言うからでしょ!」

未来の平手をサラリとかわして、尚もクスクスと笑い続ける景を呆れ顔で見ながらもバレてしまったものは仕方がないと覚悟を決める。
―――米澤さんにも、きちんと報告しなきゃ。大和君とのこと。
そんなことより、ファンが知ったら、どう思うのだろうか…。
美人女優ならまだしも、4歳も年上の地味なマネージャーなんて、夢もあったもんじゃない。
せめて、もう少し若かったら…。
相手役のちひろを見る度に落ち込むが、『愛してる』という彼の言葉を信じるしかないのだ。

+++

「以上を持ちまして、吉原 大和さんの撮影はオールアップです」

「お疲れ様でした」という言葉と共にこれで全ての撮影が無事に終了し、周りからは大きな拍手が鳴り響いて彼に花束が渡される。
3ヶ月間という長いようで短いような撮影期間だったが、ドラマ初出演のちひろもかなり頑張った演技を見せていたし、ラブコメ風味のこのドラマは大和の違った一面がファン層をグッと広めたものとなった。
残るは最終回の視聴率がどこまで伸びるかというところだが、それは誰もが予想するものに、いやそれ以上のものになるのは間違いないだろう。
そして、彼自身にとっても忘れることのできないものになったはずで、もちろん未来も同じ。

「長い間、お疲れ様でした」

少し落ち着いたところで、未来は彼のために用意した花束を贈る。
誰にもらうよりも嬉しいそれを大事に抱える大和だったが、元気そうに振舞ってはいるものの、ちょっと頬の辺りがシャープになったような気もするし、並々ならぬ期待と重圧が彼の肩に圧し掛かっていたことだろう。
体を休めてゆっくり充電して欲しい、それだけが未来の願いだったのだが…。

「ありがとう。これでやっと、未来との時間が持てるな」
「やっ、大和君!!こんなところで、そういうことは言わないの」

「誰が聞いてるかわからないのに」と目をキョロキョロさせて、口を尖らせる未来。
こんな顔も見てみたくてワザと言ったのに想像通りの反応で、大和は疲れなどどこかに吹っ飛んでしまったよう。

「あれからキスの一つもしてないなんてさ、未来欠乏症で倒れるかと思った」
「全く、大げさな」
「マジな話だって。やっと恋人同士になれたのにな」

恋人同士という響きが妙に恥ずかしいけれど、彼の素直な気持ちに未来だって本当はそう思ってる。
それでも、以前のように想うだけじゃない、想われているのだという安心感が支えだったと言っていいだろう。
大っぴらに出掛けることも会うことすらままならない関係でも、お互いを選んでしまったのだから。

「これから、打ち上げでしょ?」
「そんな気になれないんだけどな」

…こんな日こそ、早く帰って未来との時間を過ごしたいと思っているのは俺だけなのかよ、空回りしてるのは。
抱きしめてキスしたい、目の前にいるのにそれができないなんて。

「何言ってるの、共演者のみなさんと積もる話もあるでしょ。だからって、あんまり飲み過ぎないようにね」
「はいはい」

マネージャーには逆らえないとばかりに言うことをきく大和が、可愛らしく見えるかも。

最後までブツブツ言っていた大和と別れた後、未来はドラマが無事クランクアップした報告を兼ねて事務所に寄ることにする。
それとは別に米澤にも話しておかなければならないことがあるから。

「お疲れ様」

「未来ちゃんと飲むなんて、久し振りよね」と、米澤行きつけという雰囲気のいいお店でワインのグラスを傾ける。
話したいことがあると未来に言われて、じゃあ飲みにでもと誘ったのは米澤の方だったが、あの日以来、ちょっぴり変身した未来に米澤もその理由は既にお見通し。

「ほんと、お久し振りですね」
「相手が私より、彼だったらもっと良かったのにねぇ」
「え…彼?」

「惚けてもダメよ?ちゃあんとわかってるんだから。何年、この業界にいると思ってるの?」と米澤はヒラメのカルパッチョにフォークをつける。
…さぁ、何から聞こうかしら?
あんないい男をゲットしたんだものね。
まるで、小姑のようだが、立場的にもまぁ似たようなものと言っていいだろう。

「話って、そのことなんでしょ?」
「あの…私、大和君とお付き合いすることになりました」
「やっと、未来ちゃんも彼の想いを受け入れたのね。事務所のこととか考えて、自分の気持ちを押し殺しちゃうんじゃないかと心配してたんだけど」

二人の恋が公になれば、人気俳優と事務所のマネージャーという関係に周りはおもしろおかしく騒ぎ立てるのは確実。
一番それを肌で感じているはずの未来が、リスクを背負いながらも彼の想いを受け入れて、こうやって報告してきたことに関して、米澤は逆に嬉しくさえ思えた。
彼女のことだから気持ちを押し殺して自ら身を引いてしまうのでは、その心配の方が強かったから。

「反対しないんですか?」

『二人が恋に堕ちても、別れろとは言わないつもりよ?』と以前彼女は言っていたけれど、実際そうなってみたらなんてわからない。
反対されるのは覚悟していたが、心配されていたなんて…。

「しないわよ。未来ちゃんだって、承知の上でしょ?」
「負けました。彼の一途な想いには。今でも、どうして私なのかなって思いますけど」
「未来ちゃんだからよ。他にないじゃない」
「そこがわからないんです」
「彼の言葉が全てよ」

他に理由なんてない。
恋とはそういものなんだと思うから。

「取り敢えず、お祝いしなきゃ。ドラマも無事クランクアップしたし、最終話の視聴率も気になるけど、これは記録更新も夢じゃない。暫くの間、週刊誌に撮られたりしないようにはしてもらわないとならないかな」

このことをきっかけにあのCMの女性は誰なのかと蒸し返されることもあるだろう。
芸能人の大和はまだしも、一般人である未来にまで取材が及ぶのは避けたいところ。
その時は、事務所側が彼らをバックアップしていかなければならない。

「見つかったら見つかったで、私は堂々としていればいいと思う。別に悪いことをしているわけじゃないんだもの。事務所としては公認してますって答えるわよ。だから、安心して」

何と心強い言葉なんだろう。
彼女の言葉を胸に噛み締めながら、周りの人達の協力なしには成り立たない恋もあるのだということ。
だからこそ、この先何があっても彼を愛していくことを誓おう。

「今夜は、つぶれるまで飲むわよ」
「でも、明日も仕事が」

ドラマの撮影は終わったが、次のアルバム発売に向けての打ち合わせがあったはず。

「あれ、言ってなかったかしら。未来ちゃんと大和君には明日から一週間オフよ?」
「えっ、一週間ですか?」

―――聞いてないわよ、そんなこと。

「だから、二人でバカンスを楽しむなり、なんなりして」
「それじゃ、週刊誌に撮られちゃいます」
「あら、そう。じゃあ、景さんとか誘ったら?グループなら、怪しまれることもないでしょ」
「急過ぎますって」
「いいから、乾杯」

未来の言葉なんて無視して勝手にグラスをカチンとぶつけ、一人で乾杯している米澤。
一週間の休みなど今までもらったことがないから、彼に言ったらどういう反応を示すだろう。
―――二人っきりでバカンス…。
彼なら、実行しそうで怖いのよ。
やっぱり、内緒にしておこうかしら。



『つぶれるまで飲むわよ』と言っていた米澤は呆気なくつぶれてしまい、旦那様に連絡してタクシーの中に押し込んだが、未来はというとなぜか自分の家には帰らず、ある場所へ足が向いていた。

―――まだ、帰ってないみたい。
腕時計を見ながら、フッと溜め息を吐く。
我ながらこんなところまで来てしまうあたり、無謀だと思いつつも、どうしても彼の顔が見たいから。

『あと10分待って帰って来なかったら、諦めよう』

そう決めると、エントランスの外の石垣に腰を下ろして暫し時計と睨めっこ。
電話の一本、メールの一通でも入れればいいのに、わかっていても驚かせたいと思ってしまう。

―――あぁ、あと一分。
40秒―――30秒―――10秒―――。

立ち上がろうとした瞬間、一台の車のライトが見えて前に止まる。
ルームランプに愛しい人の姿が浮かぶ。

「お帰りなさい」
「え?未来、どうしたんだよ。こんなところで」

タクシーから降り立った誰もが知っている背の高い若者は、未来を見るなり驚いた表情で駆け寄って来た。

「うん、大和君の顔が見たくて待ってたの。10分待って来なかったら帰ろうって決めてたんだけど、ちょうど立ち上がろうとしたら車のライトが見えて」
「電話とか、メールでもくれればよかったのに」
「言うと思った。でも、驚かせたかったから」
「十分驚いたって。だけど、めちゃめちゃ嬉しい。未来から、顔が見たかったなんて言われて」

有無も言わせず腕の中に細い体を封じ込めると、大和はそこが外だなんてことも忘れて唇を合わせる。
思ったよりアルコールの匂いがしないのは、彼女のことばかり考えて飲む気になれなかったから。

「大和君、だめっ。こんなところで」
「わかってる。でも、我慢できなかった」

二つの影は、ゆっくりとマンションの中へ消えて行く。
それは、恋のバカンスの始まりだった。


END


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

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