大和(やまと)はくちづけながら、ブラウスのボタンを一つずつ器用に外していく。
彼の唇が肌に触れる度に全身が熱を帯びていくのがわかるが、ふと思い出すのはついさっきまで行われていたドラマの撮影風景。
たまたま見ていた雑誌の特集に肌の新陳代謝が最も活発なピークは二十歳だと書いてあったが、正にちひろは女性として今が最も美しい時期に達しているのに対し、未来(みく)は既に下降の一途をたどっている。
「未来?」
未来は、無意識に大和の手を遮ってしまう。
―――大和君の気持ちは嬉しいけど、やっぱり自信ない…。
どうしたって、比べるなという方が無理な話だろう。
「水川さん」
「ん?彼女がどうしたんだ?」
大和の問い掛けにも、未来は目を瞑って押し黙ったまま。
…一体、どうしたというのだろう。
未来は間違いなく、大和のことを好きだと言った。
なのにこの微妙な拒絶と、水川ちひろとの関係は何なんだ?
ふと、大和の頭を過ぎったのは、あのシーン。
もしかして―――。
「なぁ。あれはドラマなんだし、仕事なんだから、しょうがないだろう?演技なんだって」
「そんなんじゃ」
―――そんなんじゃないの…。
未来は大和の視線を避けるようにして、体を横に背けてしまう。
「じゃあ、何なんだよ。ちゃんと言ってくれないと、わからないだろ?」
きっとこの先、彼はたくさんの女優と共演していくはずで、その度に自分と比較して凹んで…。
『役に成り切ってますから、彼女がいたとしても演じている間は重ねてみることはないですね』
そして、ほんの一瞬でも未来以外の別の女性を愛するのだ。
それが、例え演技だったとしても…。
「水川さんみたいに若くて綺麗じゃないし…」
「そんなことない。未来は、すっげぇ綺麗だよ」
「演じている時は、私のことなんて―――」
―――忘れてるんだわ。
大人ぶったフリしてるけど、私だけを見て欲しい、愛して欲しいと思ってる。
本当は嫉妬深くて、すごく嫌な女なの…。
「やめっ…」
肩に背中にチュって音を立てながら、大和の唇が触れる。
「やめない。だって、それってさぁ―――」
「やっぱり、ヤキモチ妬いてくれたんだろう?」と嬉しそうに耳元で囁く大和がちょっぴり憎らしい気もしたけれど、もう自分の気持ちに嘘は付けなかった。
「そうよ。ヤキモチ妬いたの、嫌な女でしょ、私って」
また、子供っぽいとか馬鹿にされるに決まってる。
それでも、理屈ではわかっていても、どうにもならないことだってあるのだ。
「あのさぁ。そういう可愛いこと、言わないで欲しいんだけど」
再び、強い力で組み敷かれて、唇を塞がれる。
どちらかといえば、大和の想いの方が上回っているように思えたが、そうではなかったのだ。
役になり切ってしまえば、彼女と重ね合わせてみることはないと言ったのは嘘じゃないが、今は違う。
演じている間はちひろを本当の恋人として見なければならなかったはずなのに、心の中では未来を抱いていたのだから。
「…待っ…て…大和…く…」
「待たないって言っただろ」
「でも…」
「どうしたら、信じてもらえる?俺の頭の中も心の中も全部、未来のことでいっぱいなんだって。他の誰も入り込める余地なんかない、愛してるのは未来だけなんだと」
頬に触れる大和の手が、微かに震えていた。
どんなに言葉にしても、この不安を取り除いてあげることはできないかもしれない。
それでも、「愛してる」と言い続けるしかないんだ。
「大和君、私―――」
「もう、おしゃべりはなし」
「信じていいの?」と続けようとして、唇で塞がれた。
熱と一緒に彼の想いも伝わってくる。
そう、理屈なんか入らない。
これが、全てなんだと…。
「…ぁっ…あんまり…見ないで…恥ずかしいから…」
「どうして?綺麗だって言ってるのに」
「綺麗なんかじゃ…」
膨らみに触れる大きくてちょっとゴツゴツとした手。
大き過ぎないそれは程よい張りと柔らかさで、大和は別に胸フェチとかそういうわけではなかったが、いつまででも触れていたいと思ってしまう。
「未来の胸って、ふわふわしてて柔らかくて、気持ちいい」
「そっ、そういうこと、イチイチ言わないでっ」
蕾と同じ、頬をピンク色に染めながらムキになって言い返してくる、こんな反応も大和には可愛くて仕方がない。
だから、大事にしたいのに彼女をめちゃくちゃに壊してしまいたい衝動に駆られてしまう。
「…んっ…だ…めっ…そ…っ…」
今まで見てきたどの女性よりも美しく、繊細で…そんな彼女の体中に自分のモノだという印を刻み込みたい。
「…あっ…んぁ…っ…」
「…っだめ…ぁっ…」と今にも消え入りそうな声、大和は未来をきつく抱き寄せて、自らを彼女の奥深い場所へ。
一つになる喜び、どれだけこうなることを願っていたか。
「…んっぁ…や…まと…く…っ…ぁ…」
「未来。俺のこと、俺をもっと感じて」
「…ぁっ…大和君…っ…」
未来の額に薄っすらと滲んだ汗に張り付いた前髪を指でよけると、「愛してる」の言葉と共にほんのちょっと触れるだけのキスを落とす。
繋がったところから、どんどん熱を帯びてくる。
「私も…愛してる」
大和の首に両腕を絡ませて引き寄せ、お返しとばかりに未来からのくちづけ。
こんなことをしたら、彼がどうなるかなんて…。
「…っあぁっ…ちょっ…っ…」
「未来が悪い!!」
―――悪いってっ。
そんなにしたら、壊れちゃう…。
「…っだめぇ…ぁ…っ…イっちゃ…ぅ…」
『一緒に』二人だけの夢の世界へ…。
◇
「もう、起きるの?」
ベッドから出ようとした未来の腕を引っ張って、自分の胸に抱き寄せる大和。
―――やだ、起きてたの?だって、さっきまで寝息立ててたじゃない。
「ちょっ、今日も朝早くから撮影でしょ。そろそろ、起きないと」
「まだ、平気だって。初めての朝なんだからさ」
「もうちょっとロマンティックに」と言われても、困るのだ。
ただでさえ、こんなこと…。
お互い好きでこうなったことは否定しないけれど、彼の家に泊まるとは…俳優、吉原大和のマネージャーとしてどうなのか。
もし、撮られたりしたら…。
「先に帰って着替えてからもう一度、迎えに来るわ」
「何でだよ、一緒に出ればいいじゃん」
「だから、もうちょっと」と、抱きしめられると何も言えなくなってしまう。
―――我が侭なんだから…。
「少しだけよ?朝帰りがバレたら大変」
「大丈夫だよ」
「勝手なこと」
安易に彼の言葉を信じたのがいけなかったのかも…。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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