Actor
28


「このまま、帰るとか言わないだろうな」

あのままテレビ局の駐車場から車を走らせ、いつものように彼を自宅マンションまで送り届けた未来(みく)の手をしっかり握ったまま離さない大和(やまと)。
念を押すような言葉と手を握ったままなのは、彼女のことだから、このまま帰ってしまうのではないかと思ったからに他ならない。

「帰るわよ」
「はぁ?」

予想通りの返答とはいえ、「あのなぁ」と呆れ顔の大和だったが…。
―――当たり前じゃない。
そんなことを言われても、大和君がマンションに入るのを確認したら真っ直ぐ自分の家に帰るのが私の役目。
それで、マネージャーとしての一日の仕事が無事終了するのだから。

「当たり前でしょ?何もないんだもの」
「何もないって、俺達にはこれから愛を確かめ合うって大事なことがあるだろ?」
「…あっ、愛っ…確かめ合うって…」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く入ったら?」と、玄関のドアを開けた大和に未来は背中を押し込まれた。
ここには何度か足を踏み入れたことがあったが、そのどれとも違う気持ちなのは彼への想いとさっきのひと言のせいかもしれない。

観念したかのように大人しく大和に手を引かれてリビングに入る未来。

「俺達は今、お互いの気持ちを確かめないと、きっと後悔する」

軽々と抱き上げた未来が「きゃっ…」と声を上げたが、大和はリビングに隣接するドアへ足を向ける。
その先は、どうやら彼の寝室になっているようだった。

『きっと後悔する』

―――本当にそうかしら…。
このドアを超えてしまったら、もう後には戻れなくなる。

「大和君、待って…」
「待たない。こんな綺麗な未来を前にして、待てるわけないだろ」

大和はドアを開けると室内灯を落として点ける。
インテリアはシンプルだけど、とても心地いい眠りにつけそう…などと思っている場合ではなくて、今ならまだ間に合うはず。

「ダメっ、こんなの」

足をバタバタさせて未来は大和の腕から降りようとするが、そこは体の大きな彼にガッシリと抱えられて思うように身動きが取れない。

「ほら、大人しくして。何をそんなに躊躇う必要があるんだよ」
「だって…」

焦らないように未来を膝の上に抱いたまま、大和はベッドの端に腰掛ける。
―――こんな格好、子供じゃないんだから本当ならものすごく恥ずかしいのに…。
彼より4歳も年上で、おまけに地味で平凡なマネージャーの未来が、夢に描くことはあっても現実にはあり得ないと思っていたし、その相手があろうことか人気俳優だったなんて…。

「すっげぇ、ソソラレル。その顔」
「もうっ、人がいっぱいいっぱいなのにぃ!!どうして、そういうことが言えるの?」

上目遣いにちょっぴり睨みを利かせながら口を尖らせる彼女は、誰が見たって色っぽいに決まってる。

「本当のことを言っただけじゃん」
「だから、そういうこと」

―――言わないで…。
まるで、私が誘惑してるみたいな言い方。
そんな、魅力的な女なんかじゃ全然ないんだけど…。

ジッと見つめる大和の視線に耐え切れなくなって未来は思わず顔を俯かせると、静かに頬に副えられた彼の大きな手によって元に戻されてしまう。
ただでさえ、熱を帯びているのが気付かれそうで怖い。

「ちゃんと俺の目を見て」

『吉原 大和という一人の男として』『俺の目を見て言って欲しいんだ』
あの時の彼と同じ眼差し。

『だから―――逃げるな』

―――思い切って、胸に飛び込んでもいいの?
誰か、教えて…。

「ドラマの撮影が終わってからと思ってたんだけど、もう一度言うよ。未来が好きだ。俺の彼女になって欲しい」

「言っとくけど、未来の返事は「はい」しか受け付けないから、そのつもりで」と付け加えれて、未来はその時点で何も言えなくなってしまう。
こんなふうに想いをストレートにぶつけてくる彼が、羨ましくさえ感じられる。

「大和君、私は―――」
「さっき言ったこと、聞いてなかった?俺は、「はい」って返事しか受け付けないって言っただろ」
「でも…」
「大っぴらにデートもできないし、辛い想いをさせるかもしれない。未来にとってはいい相手とは言えないけど、それでも―――俺には未来でなきゃ、ダメなんだ」

ここまで想われている自分は幸せ者だ。
しかし、そのうちのどれだけを彼に返してあげられるのだろう…。

「私は側にいるだけで、他に何もしてあげられない」
「それ以上、俺が望むものなんてないんだ。っていうか。なぁ、そろそろ、いいだろう?観念してさぁ、「はい」って言ってくれよ」

「俺のココ、かなり待ちくたびれてんだよ」と回されていた腕で腰をグイっと引き寄せられたが、同時に彼に起こっている状況が鮮明に頭に浮かび…。

「大和君のえっち!!スケベっ!!」

―――そういうことを口に出して言わないでよぉ。

「だから、早くって言ってんじゃん。若いんだからさぁ」
「うぅっ」

「早く」と急かされると余計に言葉に詰まってしまうが、それでも彼が好きだという気持ちには変わりない。

「ねぇ。もう一度、好きと言って?」
「何度でも言うよ。好きだよ、未来」
「私も大和君が、好き」

言い終わるか終わらないか、いきなりベッドに沈められて未来の上に馬乗りになった大和。

「一応、確認しておくけど。今度は大事なとこ、蹴ったりしないよな?」
「あっ…」

思い出しただけで、顔から火が出そうになる。
男性の大事なところにお見舞いしたのは、後にも先にも大和だけ。
それにしても、相当あの一撃は堪えたたのだろう、この場でご丁寧に確認してくるなんて…。
―――いくら何でも、この場でしないわよねぇ。

「痛っ〜い」
「こらっ、笑うな」

つい、クスクスと笑い出してしまった未来は大和にデコピンされて大げさに痛がって見せたが、アソコの痛みはこんなものとは比べ物にならないことをわかっているのだろうか?

「ごめんね」
「責任取ってもらわないとな。覚悟しろよ」

―――覚悟って…。

口では意地悪なことを言ってるけど、どこまでも甘く溶けていってしまいそうなくちづけに彼の想いの深さを感じずにはいられなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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